不確実性とグローバルな変動の時代に対応するSRIのイノベーション-日本の新しい可能性-(2)

Youssef Iguider
SRIインターナショナル日本支社

SRIのイノベーションに対するアプローチ

「発明・Invention」は「イノベーション・Innovation」ではないということを最初に明記しておこう。発明とは天才的なアイデアであったり、優れた科学論文であったり、確固たる特許であったりするかもしれない。だが、残念なことにあまりにも多くの発明が市場化までに至らず、市場の人々に価値を提供するイノベーションになり得ていないのが現状である。SRIは発明をイノベーションに変えることができるが、それは対象となる顧客にとって重要かつ深刻な問題を解決するとともに、ニーズを満たしつつ、各状況に応じた高い価値を伴うソリューションを顧客に提供できた時のみである。対象となる顧客は(市場内の)社外である場合もあれば、社内(自組織内の他チームやマネジメント)の場合もある。

ニーズや課題は千差万別である。その多くは技術的な観点から見ると「興味深い」課題だが、そのすべてが「重要な課題」として認められるわけではない。「興味深い課題」と「重要な課題」の違いは、「興味深い課題」に対する解決策は「あってもかまわない」が、「重要な課題」は解決策が「必須である」ということである。市場においては、「重要である」課題に焦点をあて、誰かが「必須である」とする解決策を導いて初めてイノベーションが達成される。

SRIでは技術的な話や技術開発に深く踏み込んでいく前に、いくつかの戦略的な質問に対する回答を顧客と共に考え、評価するようにしている。この目的は、SRIの顧客やその顧客自身の顧客に対する真の価値を見出し、それを提供することである。質問の中には、「どのような重要課題を解決しようとしているのか」「なぜ特定の課題を解決する必要があるのか」「この課題を解決することで、誰が利益を得るのか」「一定状況下における外部顧客、もしくは内部顧客は誰か」「特定の課題を解決した場合に与える顧客への影響はどの程度なのか」などがある。また、最初は顧客から何か特定のテクノロジーを開発「したい」と声をかけられることもよくある。その開発「したい」という思いから真の「ニーズ」を抽出し、特定する時にもこれらの質問は役立つ。SRIではこの「なぜ(Why?)」「なぜそれをしたいのか」という一連の問いを繰り返すというシンプルなことを実践しているのだ。

SRIではこの段階を「ディスカバリー・フェーズ」と呼んでおり、顧客の重要な「ニーズ」を的確かつ明確に定義することを目標としている。「良好に定義できた課題は、半分解決できたも同然だ」とも言われているくらいである。

顧客の重要課題を明確に定義し、顧客のニーズを十分に判別した後には、SRIの研究者チームと顧客のチームが同席する「アイディエーションワークショップ(Ideation Workshop)」を開催する。このワークショップでは双方の集合知とSRIのイノベーションに関する手法を活用し、特定した課題を解決できる革新的なソリューションのコンセプトを共同で作り上げる。実のところ、MOTOBOTのようなSRIの著名なテクノロジー・ソリューションのコンセプトは、このようなアイディエーションワークショップ(Ideation Workshop)から生まれたものである。

ソリューションのコンセプトを形成して顧客の承認を得た後は、技術ソリューションの開発を実際に進めていき、設計したコンセプトに基づくコンセプトの証明(Proof of Concept:POC)を顧客に提出する。POCはコンセプトの実現可能性(フィージビリティ)を検証・実証し、その実用可能性を証明することを目的としている。この段階では顧客企業のエンジニアをSRIのラボに常駐させ、SRIの科学者とともに作業を行うこともある。その後はSRIのラボが顧客のプロトタイプ開発を支援し、SRIの技術ソリューションに基づいた製品(プロダクト)を顧客が開発できるように技術を移転させる。

SRIが日本のイノベーターに力を与える

SRIが日本にオフィスを構えたのは1963年である。当時の目的は、野村総合研究所(NRI)の設立を支援することであった。SRIの日本オフィスは、米国外におけるSRIの唯一の拠点である。この約60年にわたり、SRIはさまざまな分野や産業において日本を支援し、商業界や学術界、政府機関で日本のイノベーターを支援してきた。

近年、自動車産業や建設業、重工業、化粧品など各業界の重要なニーズに応える新たな技術ソリューションの開発において、日本の大手企業がSRI日本支社に大いに注目している。

野村SRIイノベーション・センター(NSIC)

SRIは日本のイノベーターに先進的な技術ソリューションを提供するだけでなく、野村證券株式会社と提携してシリコンバレーに野村SRIイノベーション・センター(NSIC)を設立した。NSICの拠点はカリフォルニア州メンロパークのSRIのメインキャンパス内にあり、日本企業のみを対象にしてサービスを提供している。

NSICはすでにその運営を開始しており、現在はさまざまな業種の大手日本企業を受け入れている。NSICのプログラムはメンバー企業が新技術を判別し、評価できるようにするための最良慣行(ベストプラクティス)を習得・育成できるように設計されており、次世代イノベーションの採用を促進するとともに、テクノロジーへの投資価値を最適化することを目的としている。

NSICでは2022年の新規メンバー企業募集を検討している。メンバーの日本企業がシリコンバレーで開催されるNSICのプログラムに現地参加できるようになる可能性もあるが、リモートで参加できるようにもしており、メンバー企業の日本にある組織もオンラインにて参加できるように整えている。

日本の課題と可能性

新型コロナウイルス感染症のパンデミックは日本や世界に多くの新しい課題を突き付けた。また、地域的・世界的な競争の激化に加え、高齢化や労働力の減少、イノベーションの実践の衰退、インフラの老朽化など日本が近年直面している多くの課題も浮き彫りにしている。

しかし、日本が何度も不況から迅速に回復したことを歴史は示している。また、日本は常に新しい発明を取り入れ、それを適応させ、重要なニーズに応える価値あるイノベーションに発展させることに長けていたことも、歴史が証明している。例えば、5世紀に起源を元とする日本の文字の発展から、近代戦後の自動車生産、造船、半導体産業、TQM(Total Quality Management:総合的な品質管理)プロセスなど、幅広い例を数多く上げることができるのだ。

このように、日本は現在、上記にあげたような課題に直面しているが、まさに今は世界のその他地域のイノベーションに関する成功事例を学んで採用し、これをさらに発展させることによって、現在日本が抱えるイノベーションの課題に対応できる時でもある。

幸いなことに、技術や研究開発における最新の進歩やトレンドを礎にして、スマートかつカスタマイズした革新的なソリューションを採用すれば、これらの課題の大半には対応可能である。さらに言えば、技術革新をうまく適用できれば、日本が抱える課題をさらなる経済成長につなげる新たなチャンスに変換することができるのかもしれない。

「未来」を考える

今、世界はこれまでとは比べられないほど繋がっている。また、現在の世界のバランスは、かつてないほど速い変化を遂げている。イノベーションのエコシステム、グローバル市場、地域市場、競争の性質(今や地域横断的だけでなく産業横断的にも)、そしてモダン・イノベーションの世界的な台頭も同様に言える。しかし、このような前例のない不確実な変化の時代は、企業や国にとって新たなチャンスをふんだんに与える時でもある。だがその反面、それはイノベーションの課題を正しく、かつ的確に捉え、成功させることができれば、に限る。


【著者紹介】
Youssef Iguider(イギデル ユセフ)
SRIインターナショナル 日本代表 兼
ビジネス デベロップメント担当バイスプレジデント

■略歴
約30年にわたりITC業界の日米トップ企業にて勤務し、技術革新のさまざまな分野で、シリコンバレーと日本の架け橋として25年以上の経験を有す。現在はSRIインターナショナルの日本代表として、日本の産学官協力を通して大型のグローバルパートナーシップを組み、SRIのイノベーションを事業化することを主な責任としている。
2007年SRIインターナショナル入社。前職ではDatacraft Japan ソリューションセールスディレクター、Cisco Systemsプロダクトマーケティングマネージャー、Panasonicでは多様なエンジニア職を歴任。オデッサ州立工科大学 情報工学修士号取得。国立大学法人電気通信大学 情報工学 博士課程修了。英語、日本語、フランス語、ロシア語、アラビア語が堪能。