3.<pHの可視化>
実際の医療の現場で用いられているMRIに代表されるように、物理量をその位置情報と同時に可視化する技術は有用である。微小空間中のpHにおいても、その変化と位置を同時に可視化することで、細胞生物学において重要な知見が得られると考えられる。我々のグループでは、これまでに開発したFNDを用いたpHセンシング技術を応用することで、微小空間のpH情報と位置情報を同時に可視化する方法を開発した3)。まず、カルボキシ化したFNDを用いて、種々のpH条件下で蛍光画像を取得した。そしてピクセル毎のT1に対して重み付けを行うことで、T1強調画像を作成した。カルボキシ化したFNDのT1はpHを反映するため、T1強調画像はpH依存的に変化した(図4)。したがって、今回開発した微小なpHセンサを用いることで、微小空間のpHとその位置を同時にモニターすることが可能である。
4.<pH感受領域の制御>
これまでに示した通り、FNDをカルボキシ化することで、pH3から9の範囲でpH変化をセンシング可能であることを示した。しかしながら、一般的な状況では、測定したいpHの範囲が3から9であるとは限らない。したがって、測定可能なpHの範囲を制御する必要がある。この目的のために、FNDをカルボキシ基と異なるチオール基で修飾する方法を考案した。チオール基はpH10から11以下では電荷を持たない状態(-SH)であるが、それ以上の塩基性条件下で負電荷状態(-S-)に変化する。それに対応して、チオール基を修飾したFNDは、pH10から11付近でそのT1が大きく変化した(図5b)。また、pHを7と11で交互に変化させたところ、T1が交互に変化したことから、可逆的にpHをセンシング可能であることが示された。したがって、修飾する官能基を変化させることで、測定可能なpHの範囲を制御できることが示された。この手法は、より汎用的な場面で、FNDを用いたpHセンシングを可能にすると考えられる。
<終わりに>
本項ではFNDを用いた微小空間のpHセンシング技術についてまとめた。この技術は、たとえば、細胞内に存在している局所的なpH分布が、実際にどのように生命現象に関連しているのかを明らかにすることに役立つと期待される。それによって、がんや心不全、脳卒中をはじめとする様々な病気の詳細なpHの特異性が明らかになり、これら病気の早期診断につながると考えられる。
また、今回開発したFNDによるpHセンシング手法は、従来の方法と比較してセンサの小ささや空間分解能の点で優位性があるが、感度の面では未だに改善の余地があると考えている。その上、FNDのT1はpH以外の物理量からも干渉を受けることが知られているため、今後選択性の強化も重要であると考えられる。このような改善を一つずつ加えていくことで、FNDを用いたpHセンシングが、より汎用的な場面で使用可能な技術に成熟していくことを期待している。
参考文献
[3] Fujisaku,T.et al.,Nanometre-Scale Visualization of Chemical Parameter Changes by T1-Weighted ODMR Imaging Using a Fluorescent Nanodiamond. Chemosensors,8, 68(2020).
【著者紹介】
藤咲 貴大(ふじさく たかひろ)
京都大学 大学院工学研究科 分子工学専攻
■略歴
2016年京都大学工学部工業科学科卒業。2018年京都大学大学院工学研究科分子工学専攻修士課程卒業。2018年から現在まで同博士課程に在籍。
これまで、NVCを用いた新規pHセンシング手法の開発に取り組んできた。今後は、pH以外の物理量の測定方法の開発や生体への応用など、NVCを用いた量子センシング技術の汎用化に挑戦していきたい。