屋内測位技術とその利活用(2)

名古屋大学
未来社会創造機構
教授 河口 信夫

2.2 その他のメディアを利用する屋内測位技術

無線を用いず、その他のメディアを利用する屋内測位技術も様々な手法が提案されている。表2に特徴を示し、以下では個々の特徴を示す。

表2 その他のメディアを利用する屋内測位技術
利用するメディア 位置決定手法 精度 環境側機材 端末側機材 応用事例
非可聴音
(超音波)
TOA,
TDOA
数cm~30cm程度 音波ビーコン/マイク マイク/スピーカー ActiveBat
可聴音 近接情報 ID登録位置の近傍 音波ビーコン/マイク マイク/スピーカー  
画像/レーザー/距離画像センサ 画像マップ/VSLAM/点群地図マッチング 数cm 広角カメラ/LIDAR ARKit(iOS), ARCore(Android)
画像/レーザー オブジェクト認識 数cm~数m カメラ/LIDAR 人流センサ
可視光
(輝度変化)
RSSI,
AOA
数mm~数cm*2 LED照明 専用端末 LinkRay,
Picalico
磁気 磁気マップ 数m 磁気センサ Indoor Atlas
気圧 基準位置との比較 数m(高度) 気圧センサ  
加速度・角速度 PDR 数m 加速度・角速度センサ  

・音
音を用いる屋内測位技術には、大きく非可聴音と可聴音を使う手法が存在する。非可聴音としては超音波が用いられ、複数のマイク・ビーコン間の音波の到達時間を比較して距離を計測する。また同時にIDを送信して、固有の位置を判定する。測位精度としては、数cmから30㎝程度が主流である。また、音波を発信するのが環境側、端末側のそれぞれの手法が存在する。端末側が送信する場合は、複数の端末の同時利用が困難であるため、ある程度の規模で同時利用される場合は環境側にビーコンが置かれる手法が用いられている。また、指向性があるビーコンを用いて、受信エリア毎のIDを用いて位置を測定する手法も存在する。可聴音を使う場合は、音波ビーコンとマイクが近接した状況で音を出して来店通知やポイント登録などを行う手法が利用されている。

・光
光を用いる屋内測位技術には、可視光を用いる手法や赤外線レーザーを用いる手法、距離画像センサを用いる手法があり、さらに可視光においては、画像を用いる手法と輝度変化を用いる手法がある。画像を用いる手法では、端末側のカメラから環境を撮影し、VSLAM(Visual Simultaneous Localization And Mapping)と呼ばれる手法を用いて、画像特徴量から自分の相対移動を取得する手法が広く使われており、iPhoneやAndroidなどのスマートフォンにもARKitやARCoreとしてライブラリが搭載されており、対応アプリケーションで活用が可能になっている。iPhone12以降では、LIDARも搭載され、より詳細な情報が取得できる。また、自律移動ロボットなどでは、LIDARを用いて事前に取得した点群地図とのマッチングを用いる手法が広く使われている。同様に、事前に環境を画像マップとして取得しておき、特徴量の比較によりマッチングを行い端末の現在位置を取得する手法も存在する。一方、環境側にカメラやLIDARを設置し、撮影対象のオブジェクト認識などに基づいて位置を推定する手法も存在する。可視光では、設置された発光デバイスのIDを光の明滅や強度などに埋め込み、位置を推定する手法が存在しており、実用化も進んでいる。

・磁気
屋内環境では、地磁気に加え、建物や建具などに存在する磁場によって生じる環境磁場が存在する。これは、建物内の鉄骨などの鉄材が、製造時や溶接時に大きな磁場にさらされて磁化されていることが原因である。磁気による屋内測位はこの環境磁場を活用しており、事前に学習した環境磁場とのマッチングにより測位を行う。しかしながら、環境磁場が同じ条件の場所も存在するため、一定の経路上やWiFi測位などの他の手段との統合測位によって実際の位置を推定している手法が多い。

・気圧
気圧を利用した測位手法は、高さの違いにより気圧が異なることを利用して、高度を推定する手法であり、平面的な位置を推定する他の手法との組み合わせが必要である。また、気圧は天候や環境条件(空気の吹込み、吸出し)などによって変化するため、既知の場所における基準となる気圧が必要となる。

・加速度・角速度
高精度な光ファイバージャイロなどを用いれば、加速度の積分処理などを用いて極めて高い精度で自律航法(Dead Reckoning)が実現できる。初期位置・方向が与えられれば絶対的な測位も可能となる。一方、スマートフォンなどに搭載された加速度・角速度センサには、完全な自律を行うための精度が不足している。そのため、歩数などを用いた歩行者自律測位(PDR: Pedestrian Dead Reckoning)などの技術が利用されている。PDRは、単独では相対的な位置測位しかできず、さらに相対的な誤差が累積されていくため、実用上はWiFiやBluetoothなどの他の技術との組み合わせが必要になる。

3 屋内位置情報の利活用

屋内における位置が取得できると様々な応用が可能になる。以下では、すでに実用化されている例も含めて説明する。

3.1 ナビゲーション

屋内外を含めて位置情報を用いる大きな目的は人のナビゲーションであろう。自分自身の位置や、目的とする店舗やエリアの位置を確認することが可能になる。また、目的地に到着するためにどのような経路を通るのかも含めて、屋内位置が把握できれば、巨大なショッピングモールや地下街においても迷子になる心配がない。また、空港や病院といった場所でも様々な利用者の利便性を向上できる。一方、ナビゲーションのためには、経路が計算できる屋内の地図が必要になる。屋内は、屋外の地図と異なり、フロアという概念やドアやシャッター、エレベータ、エスカレータといった複雑な要素が存在しているため、標準的な屋内地図フォーマットが2021年時点では登場していない。ナビゲーションなどを対象としたIndoorGMLは、GMLをベースに経路情報や部屋の接続情報などを記述可能なフォーマットでありOGC (Open Geospatial Consortium)で標準化が進められている。屋内構造を記述するフォーマットとしては、他にCityGMLやBIM(Building Information Modeling)で用いられるIFC(Industry Foundation Classes)などが存在するが、これは主に景観や構造を記述するためのものであり、ナビゲーションには向いていない。IndoorGMLはこれらの補完的な役割を果たしている。

3.2 ナビゲーション用屋内地図の原状

Apple社ではApple Indoor Mapsとして屋内地図のフォーマットであるIMDF(Indoor Mapping Data Format) を定義し、ショッピングモールや地下街のオーナーが自身が所有するエリアを登録できるようになっている。さらに、WiFiのサイトサーベイ(環境調査)用のアプリを提供しており、Indoor Maps Programを通じた屋内測位が可能になっている。

<以下のビデオなどが参考>
https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2019/245/
Google社も、Google MapやAndorid上のMapでIndoor Mapを提供しており,WiFiを用いた屋内測位を実現している。この地図はGoogle社とエリアオーナーとのパートナーシップで実現されている。

3.3 屋内動線管理・物品管理・資産管理

屋内位置情報の活用法として、工場や倉庫などにおいて従業員の動線を取得し、効率化を目的とした分析や動線の改善などが行われている。詳細な位置情報の取得により、工場や倉庫での作業や稼働状況のデータ化(数値化)が可能となるため、これまで把握できなかった情報が得られ、様々な改善の効果を数値として示すことが可能になる。従業員だけでなく、台車や計測器などの機器・資産の位置を把握できるため、物品を探す手間を削減できるだけでなく、利用状況の確認などが確認できる。また、会議室などの運用状況やオフィスの着席状況などの把握も可能になる。

3.4 人流・混雑推定

展示会やスーパーマーケットなどにおいて、顧客がどのような経路で移動し、どこに滞在しているか、といった情報はマーケティング上重要な情報である。顧客やショッピングカートなどへのビーコンの設置や、スマートフォンアプリの活用により屋内位置推定を行えば、これらの人流解析が可能になる。また、ユーザ属性などと共に滞在時間などを測定できれば、店舗内の商材の種類や配置を最適化できる。また、人の動線を用いて、広告などの効果を検証することが可能になる。また、最近では店舗や公共施設などのCOVID-19の感染対策のための混雑度情報を取得するために、WiFiやBluetoothを用いた技術が用いられている。これらの電波を用いる手法は、そのエリアの滞在人数の推定にも利用可能である。

4 まとめ

様々な技術の登場により、屋内でも位置が取得できるようになりつつある。しかしながら、屋内測位においては屋外におけるGNSS技術のように、特定の技術をどこでも利用することが困難であるため、利用目的によって適切な手法の選択や複数の手法の融合が必要となる。また、屋内の地図表現や、位置そのものの記述方法についても十分な標準化が進んでいるとは言えないため、異なるシステム間での連携が十分とは言えない。屋内においては、緯度・経度・高度といった情報で十分であったが、屋内においては、どの部屋にいるのか、どのフロアにいるのか、といった情報がより重要であるが、このような情報をどのように記述するか、について十分な議論ができているとは言えない。今後、より広く屋内位置情報を活用するためにも、適切な情報レベルを設定して活用することが望まれる。特に最近では、LIDARが安価になり、スマートフォンに搭載されるようになっており、またAR(Augmented Reality)技術などの高まりにより、VSLAMに代表される屋内の相対的な測位技術も広く利用されるようになりつつある。今後は、異種システム間やインフラとスマートフォン間などでの屋内位置情報やマップの共有が進むことが期待される。

参考文献

1) Faheem Zafari, et.al, “A Survey of Indoor Localization Systems and Technologies”, IEEE Communications Surveys and Tutorial, Vol.21, No. 3, pp.2568—2599(2019).

2) Hakan Koyuncu, Shuang-Hua H Yang, “A Survey of Indoor Positioning and Object Locating Systems”, International Journal of Computer Science and Network Security, Vol. 10, No. 5, pp.121-128(2010).

3) Ali Yassin, et.al. , “Recent Advances in Indoor Localization: A Survey on Theoretical Approaches and Applications, IEEE Communications Surveys and Tutorial, Vol.19, No. 2, pp.1327—1346(2017).

4) German Martin Mendoza-Silva, et.al. , “A Meta Review of Indoor Positioning Systems”, Sensors, Vol.19, 4507(2019).

5) IndoorGML : https://www.ogc.org/standards/indoorgml

6) IMDF Specification : https://register.apple.com/resources/imdf/



【著者紹介】
河口 信夫(かわぐち のぶお)
名古屋大学 未来社会創造機構 教授・博士(工学)

■略歴
岐阜県生まれ。名古屋大学工学研究科博士課程後期課程情報工学専攻満了。名古屋大学工学研究科助手、講師、助教授等を経て、2009年より名古屋大学大学院工学研究科 教授。2014年より現職。
専門は、ユビキタスコンピューティング、位置情報システム、スマートシティ基盤、移動イノベーションなど。
著書に、「情報処理大辞典」(分担、オーム社)、「つながるクルマ(モビリティイノベーションシリーズ)」(コロナ社)など。
NPO法人位置情報サービス研究機構(Lisra)に加え、自動運転ベンチャー株式会社ティアフォーを設立。