屋内Wi-Fi 測位の基本と最前線(2)

九州大学大学院
システム情報科学研究院
石田 繁巳

3.多辺・多角測位に関する最新技術

2.1では多辺測位、多角測位の基本として、複数のAPを用いて測位を行う方式を説明した。多辺測位、多角測位は原理こそ単純であるものの、距離・角度の推定に誤差が生じることから測位精度に課題があり、精度向上に関して多くの研究が行われている。
ArrayTrack1)は、Wi-Fi端末がAPから見通しがきかない場合があることを想定した到来波方向推定技術である。ユーザが持つスマートフォンなどを測位する場合、スマートフォンとAPの間に人体が入り、Wi-Fi端末からの電波を遮蔽して電波がAPに到達しない状況が想定される。このような場合にも壁や床、天井などで反射した電波によって通信は可能であるが、電波の到来波方向を推定すると反射波の方向を推定してしまう結果となる。ArrayTrackでは、スマートフォンを保持しているユーザが動くことによって遮蔽状況が時々刻々と変化することに着目し、比較的長い時間で見たときの到来波方向ごとの信号強度に基づいて「見通しがきく状況であるか」を推定して高精度な到来波方向推定を実現している。

ToneTrack2)は、Wi-Fiの複数チャネルを結合することで高精度化を図った多辺測位技術である。APとWi-Fi端末の距離を測る方式としては2.1で述べたような減衰量からの推定以外にも電波伝搬時間を測定する方式が存在する。電波伝搬時間の測定には、電波の位相差を利用しているため、分解能を上げるために広い帯域幅で通信を行う必要がある。帯域幅は通信信号の周波数であり、Wi-Fiの場合はIEEE 802.11acで最大160MHzである。
この場合には1.9m程度の分解能しか得られないことから、ToneTrackではWi-Fiチャンネルを切り替えながら通信した結果をつなぎ合わせて擬似的に広帯域の信号を作り出し、1m未満の誤差での測位を実現している。
また、位置が既知である複数台のAPを用いることは実用上大きな課題となることから、1台のAPを用いて測位を行う方式が提案されている。Chronos3)は、市販のWi-Fi APを用いて単一のAPのみで多辺測位を実現する技術である。昨今のWi-Fi APやWi-Fi端末が複数のアンテナを有することに着目し、ToneTrackと同様に複数チャンネルの情報を結合して高い精度でアンテナ間の距離を全アンテナの組み合わせで推定する。その上で、AP・Wi-Fi端末上のアンテナ間距離を既知の情報としてAP・Wi-Fi端末間の距離を推定することで、見通し環境(AP・Wi-Fi端末間に遮蔽物がない状況)で65cm、見通しがきかない環境で98cmの測位精度を実現している。

4.位置指紋測位に関する最新技術

多辺測位、多角測位に比べて高精度を実現しやすいことから位置指紋測位に関しては多くの研究が報告されている。特に、位置指紋測位に必須であるトレーニングの手間を削減するための技術が多く報告されている。
スマートフォンを持ち歩くユーザの力を借りてトレーニングに必要な信号強度情報を収集するクラウドソーシング手法は古くから研究が行われている4)-6)。このような技術を用いれば、ユーザがスマートフォンを所持して移動するだけで信号強度情報を収集できるため、ユーザに意識させることなくトレーニングを完了できる。
Wi-Fiを用いた位置指紋測位では、信号強度ではなくCSI(Channel State Information: チャネル伝搬情報)を利用する手法が報告されている。 Wi-Fiは「サブキャリア」と呼ばれる周波数のわずかに異なる複数の搬送波を束ねて送信するOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing: 直交周波数分割多重方式)を用いている。送信機から送信された電波は直接受信機に到達するものもあれば、床や壁、天井などに反射してから受信機に到達するものも存在し、これらが混ざり合って合成された結果が受信機で観測される。反射の仕方は電波の周波数によってわずかに異なるため、周波数の異なるサブキャリアは異なる反射の影響を受け、送受信機の場所によってサブキャリアごとに位相や振幅の変化の仕方が異なる。そこで、サブキャリアごとの位相、振幅の変化を場所を表す特徴、すなわち位置指紋として測位を行う方式が提案されている。
CSIは位置依存性が高いものの、近接する場所でも似たような特徴となるとは限らない。このため、深層学習を用いて位置指紋測位を行うBiLoc7)、DeepFi8)DNNFi9)、DelFin10)、E-Loc11)などが提案されている。例えば、E-Loc11)は、CSIを用いてCNN(Convolutional Neural Network: 畳み込みニューラルネットワーク)により位置指紋測位を行う技術である。

5.デバイスフリー測位

これまでに紹介した技術はすべてスマートフォンなどのWi-Fi端末を測位する技術である。これに対し、Wi-Fi端末を持たない人間の位置を推定するデバイスフリー測位技術が存在する。4.で述べたCSIを用いれば反射して受信機に到達した電波の変化を取得することができるため、CSIを解析することで反射を起こした物体をセンシングできる。実際、筆者らもスマートフォンなどのWi-Fi端末を持たない人の位置を推定する技術を報告している12),13)
CSIを用いる場合には場所の依存性が高くなることから、トレーニング時にはさらに大量のデータが必要となる。このため、LiFS14)では比較的安定性の高いCSIとなるサブキャリアを特定し、そのサブキャリアの情報のみを用いて位置指紋測位を行うことで学習コストを削減する技術を提案している。
CSIと深層学習を組み合わせるデバイスフリー測位技術は多く提案されており、測位だけではなく呼吸のセンシング15)や行動認識技術16),17)などが提案されている。CSIを用いたセンシング技術は、既設のWi-Fi APを用いて高度なセンシングを可能とすることから今後も普及していくと筆者は見込んでいる。

6.おわりに

本稿では、Wi-Fiを用いた測位の基礎について説明した後、最新研究の動向を多辺・多角測位、位置指紋測位、デバイスフリー測位の3つに分けて概説した。特にCSIと呼ばれる伝搬路情報を用いた測位・センシング技術に関して多くの研究が行われており、本稿ではごく一部すら紹介できていない。興味がある方はその他の技術もぜひ調べていただきたい。

参考文献

1) J. Xiong and K. Jamieson, “ArrayTrack: A fine-grained indoor location system,” In Proc. USENIX NSDI, pp.71–84,April 2013.

2) J. Xiong, K. Sundaresan, and K. Jamieson, “ToneTrack: Leveraging frequency-agile radios for time-based indoor wireless localization,” In Proc. ACM MobiCom, pp.537–549, Sept. 2015.

3) D. Vasisht, S. Kumar, and D. Katabi, “Decimeter-level localization with a single WiFi access point,” In Proc. USENIX NSDI, pp.165–178, March 2016.

4) A. Rai, K.K. Chintalapudi, V.N. Padmanabhan, and R. Sen, “Zee: Zero-effort crowdsourcing for indoor localization,” In Proc. ACM MobiCom, pp.293–304, Aug. 2012.

5) H. Wang, S. Sen, A. Elgohary, M. Farid, M. Youssef, and R.R. Choudhury, “No need to war-drive: Unsupervised indoor localization,” In Proc. ACM MobiSys, pp.197–210, June 2012.

6) C. Wu, Z. Yang, Y. Liu, and W. Xi, “WILL: Wireless indoor localization without site survey,” IEEE Transactions on Parallel and Distributed Systems, textbf24(4), pp.839–848, April 2013.

7) X. Wang, L. Gao, and S. Mao, “BiLoc: Bi-modal deep learning for indoor localization with commodity 5GHz WiFi,” IEEE Access, 5, pp.4209–4220, 2017.

8) X. Wang, L. Gao, S. Mao, and S. Pandey, “CSI-based Fingerprinting for Indoor Localization: A Deep Learning Approach,”IEEE Transactions on Vehicular Technology, 66(1), pp.763–776, Jan. 2017.

9) G.-S. Wu and P.-H. Tseng, “A deep neural network-based indoor positioning method using Channel State Information,” In Proc. IEEE ICNC, pp.290–294, Maui, HI, March 2018.

10) B. Berruet, O. Baala, A. Caminada, and V. Guillet, “DelFin: A deep learning based CSI fingerprinting indoor localization in IoT Context,” In Proc. IEEE IPIN, pp.1–8, Nantes, France, Sept. 2018.

11) B. Berruet, O. Baala, A. Caminada, and V. Guillet, “E-Loc: Enhanced CSI fingerprinting localization for massive machine-type communications in Wi-Fi Ambient Connectivity,” In Proc. IEEE IPIN, pp.1–8, Pisa, Italy, Sept.2019.

12) R. Takahashi, S. Ishida, A. Fukuda, T. Murakami, and S. Otsuki, “DNN-based outdoor NLOS human detection using IEEE 802.11ac WLAN signal,” In Proc. IEEE SENSORS, pp.1–4, Montr´eal, QC, Canada, Oct. 2019.

13) S. Ishida, R. Takahashi, T. Murakami, and S. Otsuki, “IEEE 802.11ac-based outdoor device-free human localization,” Sensors and Materials, 33(1), pp.53–68, Jan. 2021.

14) J. Wang, J. Xiong, H. Jiang, K. Jamieson, X. Chen, D. Fang, and C. Wang, “Low Human-Effort, Device-Free Localization with Fine-Grained Subcarrier Information,” IEEE Transactions on Mobile Computing, 17(11), pp.2550–2563,Nov. 2018.

15) D. Zhang, Y. Hu, Y. Chen, and B. Zeng, “BreathTrack: Tracking Indoor Human Breath Status via Commodity WiFi,” IEEE Internet of Things Journal, 6(2), pp.3899–3911, April 2019.

16) F. Wang, J. Feng, Y. Zhao, X. Zhang, S. Zhang, and J. Han, “Joint Activity Recognition and Indoor Localization With WiFi Fingerprints,” IEEE Access, 7, pp.80058–80068, 2019.

17) H. Yan, Y. Zhang, Y. Wang, and K. Xu, “WiAct: A Passive WiFi-Based Human Activity Recognition System,” IEEE SENSORS JOURNAL, 20(1), pp.296–305, Jan. 2020.5



【著者紹介】
石田 繁巳(いしだ しげみ)
九州大学 システム情報科学研究院 情報知能工学部門
先端情報・通信機構学講座 助教

■略歴
2006年 芝浦工業大学工学部卒業。
2008年 東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了。
2012年 同大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。
2008年 (株)アクティス入社。
2013年 米国ミネソタ大学客員研究員。
2013年より九州大学システム情報科学研究院助教。
無線通信、センサネットワークなどに関する研究に従事。
ICMU Best Paper(2016年)、山下記念研究賞(2016年度)、
電子情報通信学会通信ソサイエティ活動功労賞(2019年)など受賞。