持続可能な社会インフラを支える分布型光ファイバ歪みセンサ(2)

沖電気工業株式会社
小泉 健吾
(村井 仁、山口 徳郎)

4.IoT化に求められる分布型光ファイバセンサ

冒頭でも述べたように、持続可能な「長く使える社会インフラ」を実現するために、IoT×光ファイバセンサがその一助となることが期待されている。社会インフラに適用するセンサには、(1)長距離区間の連続的な計測、(2)大空間の3次元計測、(3)長期間のメンテナンスフリー、(4)過酷な条件下での耐環境性が求められる。これらの要件を全て満たすセンサとして、以前より光ファイバが有用であると考えられているが、より高度な管理体制を実現するためには、リアルタイム性と高分解能化の両方が求められていると言える。
しかしながら、前節で述べたようにブリルアン散乱光の計測方式には一長一短があり、リアルタイム性と高分解能を両立することは難しい。特に、測定時間はブリルアン散乱光を用いた測定では共通の課題だと言える。その理由は、ブリルアン散乱光が非常に微弱であるために平均化処理が必須であることと、BGSを測定するために周波数掃引の時間を要することが挙げられる。もちろん、複雑な計測方式を組み合わせ実現することは可能であるが、装置コストが増加するため、社会インフラを管理する立場からすると当然ながら好ましくない。
我々は、このリアルタイム性と高分解能を両立するために、自己遅延ヘテロダイン(ホモダイン)検波を採用した新方式のBOTDR装置を開発した4,5)。図4(a)に我々が開発したSDH-BOTDR(Self-delayed Heterodyne(Homodyne) BOTDR)の基本構成を示す。本方式の特長は、FUTからのブリルアン散乱光自身を自己遅延検波するという受信方法である。通常のBOTDRでは、BGSを測定する必要があるため、その測定時間は光パルスの繰り返し周波数、平均化回数、および周波数掃引回数によって決定される。これに対して本方式では、FUTからのブリルアン散乱光自身を自己遅延検波することよって周波数掃引時間を省略することに成功した。図5にSDH-BOTDRの測定イメージを示す。SDH-BOTDRでは、ブリルアン散乱光自身を2分岐して遅延検波することにより、ブリルアン散乱光の周波数変化がビート信号中の位相変化として観測される。この位相変化は位相比較により直接抽出できるため、周波数掃引を必要とせずにBFSを直接算出することが可能である。また、検波方法にはヘテロダイン型(図4(b))と、ホモダイン型(図4(c))の両方が適用可能である。
さらに、本方式は送信光パルスを狭窄化することで高分解能化にも寄与する。一般に、BOTDRでは空間分解能がパルス幅に依存しており、高分解能化にはパルス幅の狭窄化が最もシンプルな手法となる。しかし、通常のBOTDRではパルス幅の狭窄化に伴いBGSのスペクトル線幅が増大するため、ピーク値の判別が困難になり、測定精度の著しい劣化につながる。これに対して、本方式ではブリルアン散乱光自身を2分岐して干渉させることにより、パルス幅に依存しない位相情報の取得ができる。つまり、本方式では自己遅延検波を用いて高速化と高分解能化の両方を実現することが可能となる。

図4 自己遅延検波によるBOTDR
図5 SDH-BOTDRの測定イメージ

5.分布型光ファイバセンサのインフラモニタリング適用事例について

現在、我々はモニタリングシステム技術研究組合(RAIMS: Research Association for Infrastructure Monitoring System)に参画しており、最先端のモニタリングシステムの早期実用化を目指している。本研究は、内閣府のSIP/インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」の一環として国土交通省が実施する「社会インフラへのモニタリング技術の活用推進に関する技術研究開発」委託事業研究の成果である。RAIMSでは、インフラ管理の現状とモニタンリグ技術とを融合させるために、要求性能把握、システム化、劣化機構との対応検証、現場実証、基準化・標準化の提案などを行っている。本節では、RAIMSの実施している現場実証実験の一つである橋梁モニタリングについて紹介する6)
橋梁における分布計測では、歪み分布からひび割れの進行や橋梁全体のたわみを診ることができる。これらは橋梁の健全度を表す重要な指標であり、定期的にモニタリングを実施することで橋梁の健全度を定量的に評価することが可能となる。現在実施している橋梁モニタリングの計測対象は、既設の連続鋼鈑桁橋のプレキャストPC 床版の継目部である。このPC床版と継目部に対して図6に示すように光ファイバを敷設して、定期的に歪み量を測定しデータベース化するとともに、高速測定による動的評価も行っている。図7(a)は2019年11月から2020年8月までに測定した分布歪み波形を示している。グラフ中の矢印が継目部の位置であり、この位置での変化が重要となる。このような計測結果を収集し、データベース化することで、橋梁の劣化具合を把握し、診断への判断材料としている。また、図7(b)は歪み空間分布の変動履歴を表している。カラーバーは歪み量に対応しており、大型車両通過時に大きな歪みが生じた場合、継目部の歪み量が変化する。これにより動的な継目部の挙動を把握することができる。

図6 PC床版への光ファイバ敷設の模式図
図7 PC床版の分布光ファイバ歪み測定結果

6.おわりに

近年では、光ファイバセンサから取得される大量のデータを使ったAIの活用事例も増えてきており、社会インフラのIoT化が徐々に現実化してきている。しかしながら、社会インフラの状態を診断するために必要となるデータはまだまだ不足している。そのため、分布型光ファイバ歪みセンサによる大量のデータを蓄積し評価指標として精緻化していくことにより、劣化の原因や過程のより詳細な解析、さらには寿命予測の精度向上等、高度な管理体制に資するものと期待する。

参考文献

4) K. Koizumi et al., “High-speed distributed strain measurement using Brillouin optical time-domain reflectometry based-on self-delayed heterodyne detection,” ECOC2015, P.1.7 (2015).

5) K. Koizumi et al., “High-speed and high-spatial resolution BOTDR based-on self-delayed detection technique,” OFS-26, TuE17 (2018).

6) 岩村英志 他,“実橋梁における高速光ファイバーセンサーを用いたモニタリング技術活用の検討”土木学会第73回年次学術講演会,CS9-012 (2018).



【著者紹介】
小泉 健吾(こいずみ けんご)
沖電気工業株式会社 イノベーション推進センター センシング技術研究開発部

■略歴
2013年 東北大学大学院工学研究通信工学専攻 博士課程修了
2014年 沖電気工業㈱ 入社