インキャビン生体レーダー検出と脈拍数推定(1)

日本電産モビリティ(株)
ボディシステム事業部
三谷 重知

1.はじめに

近年、多くの人が自動車を便利な、或いは、日常生活に不可欠な移動手段として利用している。移動の自由が得られることは、生活の質を向上させる上でも重要な役割を果たしている。しかし、一方で、不適切な利用の仕方やミスによって、不幸な事故へ繋がる要素を含んでいる。そのため事故を防止するための適切な予防安全システムが必要とされている。その対象は、走行中の事故のみではなく、搭乗して目的地に到達するまでの過程や駐車中の車室内への滞在も含まれる。例えば、後席に子供を置き去りにしてしまい、閉め切った車室内で熱中症になり死亡する事故が報告されている。また、子供によるドアの開閉による事故なども多く報告されている。更に、運転ストレスによる体調悪化によるものも考えられる。そこで、我々は、車室内の生体を検出し、生体情報を利用することで、これらの事故防止につなげる生体センサの開発を行っている。

我々が開発している生体センサは、車室内にいる生体の位置や大きさ(大人/子供)を判別し、呼吸数や脈拍数といった生体情報を抽出することを目標としている。例えば、図1に示すような車室内に子供だけが取り残されている状態を判別したり、子供が座っている側のドアのチャイルドロック機能を有効化したり、衝突事故発生時にエアバック展開を着座姿勢に応じて制御したりするなど、車室内での生体の情報が活用できる。また、呼吸数や脈拍数などの生体情報は、大人か子供かの判別に利用できるとともに、乗員のストレス状態を判断して空調システムを制御するなどの活用にも期待できる。

図1 車室内の様子(※写真の赤ん坊は人形)

2.生体レーダー検出

昨今CMOSベースのミリ波レーダーデバイスが安価に入手できるようになった。マイコン内蔵のミリ波モジュールを利用すれば、図2に示すように、電源、アンテナ、通信回路を構成することで、生体レーダー検出システムを構築することができる。今回開発したシステムでは、アンテナは送信2チャンネル、受信4チャンネルで構成し生体の方位を判別している。このシステムに生体検出アルゴリズムを実装することで要求されるアプリケーションへ対応する。

図2 インキャビン生体レーダーシステム

図3の(a)にセンサとシートに座った人の位置関係を側面から見た状態を示す。実際には、送信波は、身体だけでなく、他のシートや床面にも到達し、その反射波をセンサで受けることになる。このように、ミリ波レーダーデバイスを車室内で使うと、電波を強く反射する金属物の影響で幾つかの問題が生じる。また、それらの金属物は、走行時やアイドリング時などに振動するため、移動物体の検出に優れたドップラー式レーダーにおいては、非常に大きな外乱の中に埋もれた状態から生体固有の信号を抽出するという信号処理手法を駆使しなければならない。我々は、独自の生体検出アルゴリズムの開発を行ってこれらの課題を解決している。

図3 ミリ波を使った生体検出の様子

今回構成したミリ波レーダーでは、FMCW方式のビート周波数により対象物までの距離を知ることができる。また、複数の受信アンテナ間の位相差から検出物の方向を知ることができる。図3の(b)に、座標軸X-Yの対応付けが分かりやすいように上面図を示し、ミリ波レーダーから得られる情報の解析画面を図3の(c)に示している。ミリ波レーダーから得られる信号は、各受信アンテナで得られる信号をミリ波モジュールでミキシング処理された後のI,Q信号である。FMCW方式では、これをフーリエ変換することで距離指標毎に分離して取得する。解析画面の左上部のグラフは、受信アンテナ1チャンネル分のデータをアンテナからの距離0~155cmの範囲で示している。橙色はI,Q信号の大きさ、黄色は、その変動成分の大きさを示している。この変動成分の抽出には、呼吸成分の利得が高くなるようバンドパスフィルターの設計を行っている。電波を反射する物体が存在する距離でI,Q信号の大きさは大きくなる。また、生体の呼吸等により動きが大きい距離でI,Q信号の変動成分の大きさは大きくなる。更に、解析画面の右上部のグラフは、各受信アンテナ間の位相差から求めた方位プロファイルである。横軸は角度で-90~90degの範囲で、検出物体が存在する距離70cmからの到来波の状態が分かるように表示を合わせている。検出物体が存在する方位で、強度が強くなるように信号を合成している。解析画面の右下部は、検出物体の位置をX-Y座標のレーダーマップ上に三角印で示している。このマップの生成処理では、I,Q信号の距離と方位の強度情報を使って、生体が存在する位置の強度が高くなるように信号合成を行っている。そして、そのピーク位置を生体として検出する。

生体の位置が特定できれば、その位置に対応したI,Q信号から生体情報を抽出する。解析画面の左下部には、抽出した生体情報を数値パラメータとして示し、更に、大人/子供の判別結果を人型の模擬灯で示している。本稿では、抽出する生体情報のうち脈拍数の推定方法について説明する。

次回に続く-

【著者紹介】
三谷 重知(みたに しげとも)
日本電産モビリティ株式会社 ボディシステム事業部 技術専門職

■略歴
2004年 オムロン株式会社へ入社
2011年 オムロンオートモーティブエレクトロニクス株式会社へ転籍
2019年 日本電産モビリティ株式会社へ社名変更
     デジタル信号処理技術を駆使したアルゴリズム開発に従事