IoT時代の光ファイバセンサー(4)

梶岡 博
((株)グローバルファイバオプティックス 代表取締役)

4.3 FOG応用グルコースセンサー

本節では筆者が現在開発中のFOGを応用したグルコース濃度センサーの開発経緯について紹介する。読者が新たな光ファイバセンサーを開発する際の参考となれば幸いである。
グルコースなどの糖は旋光能がある。すなわちグルコース液に直線偏光を入射すると伝搬後に偏光面が濃度に比例して回転(旋光)する。筆者はFOGを応用して旋光度からグルコース濃度を測定することを以下のように考えた。

直線偏光は左右円偏光に分解できる。
左右円偏光にθの位相差があればその合成は方位がθ/2回転した直線偏光となる。
FOGは左右両回りの光の位相差を測定するセンサーである。
FOGを伝送する偏光モードは2つの固有偏光モードの一つの直線偏光である。
FOGループの中に検体のグルコースを設置し、グルコースを伝搬する左右両回り光をそれぞれ左右円偏光とし、かつFOGを構成するPMFには一つの直線偏光を伝搬させる。

図4.5 光旋光計のセンサー部の偏光展開

もし(5)を実現する光学系が実現できれば旋光度をFOGで計測できる。上に述べた(1)、(2)は光学の基礎事項である。やはり何事にも基礎の勉強は大切である。
図4.5に上記の(5)を実現する光学系と偏光展開を示す。以下簡単にこの光学系の動作を説明する。
図面の左方向から入射した縦方向の直線偏光の偏光方位は45度回転ファラデー素子によって45度回転する。従って検体には右円偏光が入射する。検体の両側にあるλ/4板のF(進行軸),S(遅相軸)は一致しているのでλ/2板として作用する。従って45度ファラデー素子によって回転した偏光方位は180度回転し、その後段に設置されたもう一つの45度ファラデー素子によって縦方向の直線偏光となって対向するPMFに入射される。反対方向から出射した直線偏光も同様に検体に左円偏光として入射されその後対向するPMFに縦方向の直線偏光として入射する。以上により上記(5)が実現する。

このようにファラデー素子のような非相反な光学素子を使うことで(5)を実現することができた。このように考案した旋光計のブロック図および実験系の写真をそれぞれ図4.6と図4.7に示す。また図4.8および図4.9に測定結果を示す。図4.8、図4.9はそれぞれ検体長10cm、2mmの場合のグルコースやフルクトースの濃度を測定したものであり、測定結果は基準濃度とよく一致した。

図4.6 FOG方式旋光計の測定系のブロック図
図4.7 旋光計測定系の写真
図4.8 グルコースとフルクトースの濃度の測定例
図4.9 検体長2mmの場合のグルコース濃度の測定結果

4.4 FOG応用旋光計の応用

弊社は呼気中のグルコース濃度を測り血糖値を捉える血糖測定法を開発中である。人の呼気中のグルコース濃度に関しては、海外の研究により血糖値と強い相関関係があることが判明している。呼気中のグルコース濃度は血中に比べるとかなり低く他の旋光物質の影響の除去など課題は多いがFOGとして高精度型を用いれば十分測定可能なレベルである。FOG方式旋光計のもう一つの応用例はSMFの偏波分散(PMD)の測定である。PMDは図4.5でλ/4板を省略すれば測定できる。前述したように当初PMFはコヒーレント光通信用に開発が開始された。しかし現状はSMFが使用されている。現状のコヒーレント光通信においては受信部のデジタル信号処理(DSP)で電気的に偏波補償をしている。現状の光ケーブルのPMDは0.2ps/√km以下と規定されている。もしPMDがほぼ0のSMFが実現できたら現状のコヒーレント光通信の受信部のDSPにどのような効果を及ぼすであろうか?現状問題視されている電力消費量など軽減できないであろうか?筆者は丁度30年前のOFC1988で”Analysis of Drawing-induced Stress and Loss Mechanism in Dispersion-Shifted Single-mode Fibers” (論文番号WI3)と題した論文を発表した。SMFのビート長(偏波分散と逆数の関係)と内部応力の関係を実験的に検討したもので偏波分散が小さいほど構造欠陥損失が小さいことを明らかにした。今回開発したFOG方式PMD測定方法では10cm程度の長さのSMFでアト秒オーダーのPMDまで測定できる。将来PMD~0のSMFを開発する際の評価用ツールとして役に立つかも知れない。

おわりに

「IoT時代の光ファイバセンサー」というタイトルで原稿をお引き受けしたがビッグデータの解析やAIの専門家でない筆者としてはタイトルに即した内容になったかどうか自信がない。光ファイバセンサーが今後IoT時代で普及するには、センサーの低コスト化と高精度化のみならずモノがヒトの場合の高度なセンシングシステムを手本としてビッグデータ化とAIの適用方法をさらに高めていくことが必要である。
センサーは文字通り千差万別であり、すべての光ファイバセンサーについて言及することは不可能なので本稿では基本的なことがらだけを紹介させていただいた。ところでIoTはあらゆるモノにセンサーが付くのでセンサーに強い日本にとってはチャンスという意見がある。しかしいつの時代も技術開発競争は厳しいので油断は禁物である。IoT時代ではセンサーの開発のみならず、ビッグデータやAIを使いこなすことが重要であることを見てきた。IoTの神髄はやはり生産性向上と効率化であろう。AIが進歩すると人の仕事はますます減って暇になると思われる。しかし考え方を変えれば我々には非効率なことをする時間が増えるともいえる。新しい光ファイバセンサーを開発することはかなり非効率である。何度も試作を繰り返し無駄な時間を費やすからである。本稿では筆者の発明したFOG方式旋光計の開発経緯と今後期待される応用について紹介させていただいた。その際光学の基本的な知識は大いに役に立った。新規な光ファイバセンサーを武器にIoT時代を生き抜くためにはやはり人材が鍵だと思う。若い技術者の皆さんにはどうか基礎をしっかり勉強され所属する機関の先端レベルまで早く追いつきそこから先の未踏分野を体力で開拓していただきたい。技術の伝承と発展は企業の存続の鍵である。本稿が読者の皆様にIoT時代の光ファイバセンサーを開発する一助となれば幸いである。

(完)