アナログ・デバイセズ(株) デジタルインフラストラクチャー ビジネスグループ 井口 璃音
3.心拍抽出精度を向上させるアルゴリズム
PPG信号に基づく脈拍数算出アルゴリズムの性能が、血液還流の低下、周囲光、MAによって低下する可能性があることは前述の通りであるが、この中で最も重要なのがMAである10) 。これは、体動による圧力が生じると動脈や静脈の幅が変化する為、身体が静止しているときと比べて吸収量や反射量が変化することによる。この課題に対して、PPGセンサの近くに3軸加速度センサを配置しMAノイズを除去する信号処理手法が、弊社アナログ・デバイセズのモーション除去および周波数トラッキング・アルゴリズムを含め、様々に提案されている。
以下では、心拍抽出精度を向上させるアルゴリズムの実装例として、弊社アナログ・デバイセズのバイタル・サイン・モニタリング向けリファレンス・デザイン、「EVAL-HCRWATCH4Z」を用いた測定データを紹介する。
3.1 MAノイズの影響がみられる測定例
まず、MAノイズの影響がみられる測定例として、EVAL-HCRWATCH4Zとは異なる手首装着式のウェアラブル機器で取得されたデータを紹介する。図5に示すグラフは、手首装着式のウェアラブル機器で得られたPPG信号、及びそれに基づき算出された心拍数、同機器に配置された3軸加速度センサの出力と、リファレンスとして、スポーツ医学などの研究分野でベンチマークとして用いられる胸ストラップ心拍センサPolar H10 (ポーラル社製)の出力をプロットしたものである。
測定対象者の状態として、約270秒時点まで歩行しその後走行を開始している。図5左に示すヒートマップは、取得されたPPG信号を高速フーリエ変換(FFT)により解析した結果であり、その上にPPG信号に基づき算出された心拍数とリファレンスの心拍数[bpm]を周波数[Hz]に換算した値をプロットしている。一方、図5右に示すヒートマップは、上から順番に、X軸、Y軸、Z軸方向の3軸加速度センサ出力をFFTにより解析した結果である。
特に走行開始後、PPG信号に3軸加速度センサから得られた体動と関連性の見られる周波数成分が現われていることがわかる。強度の高い運動による心拍数の上昇と、それに近い周波数成分を持つ体動が同時に生じることで、心拍抽出精度が悪化している。
このようなMAノイズによる影響に対して、フィルタを用いてノイズが含まれる周波数を除去することが対策として挙げられる。しかし、MAの周波数範囲には脈拍の基本周波数も含まれることから、シンプルなバンドパス・フィルタではその影響を十分に除去することはできない。よって、MAノイズによる影響を高い精度でPPG信号から除去するためには、適応型のフィルタ実装とそれに対して高精度の体動データを供給する加速度センサの搭載が必要になる。
図5 MAノイズの影響がみられる測定例(横軸は時間[sec])
3.2 MAノイズの影響が除去された測定例
次に、EVAL-HCRWATCH4Zを用いた測定データを紹介する。
このリファレンス・デザインには、PPGをはじめとする複数のバイタル・サイン・センサ・フロントエンドである「ADPD4100」と、低消費電力の3軸加速度センサ「ADXL362」、Arm® Cortex® -M4 ライブラリとしてプリビルドされた状態のアルゴリズムがそれぞれ搭載されている。弊社アナログ・デバイセズのアルゴリズムは、MAノイズの影響を信号から除去するための適応型フィルタなどを実装し、高い精度で脈拍や心拍変動を算出する。
図6に示すグラフでは、前項と同様に、リファレンスとしてPolar H10を用いている。
測定対象者の状態として、約160秒時点まで歩行しその後走行を開始している。前項と同様に、未処理のPPG信号には体動と関連性の見られる周波数成分が強く現われることがわかる。ただし、こちらの測定結果では、PPG信号に基づく心拍数がリファレンスに比較的よく追従しており、MAノイズの影響が適切に除去されていることがわかる。
図6 EVAL-HCRWATCH4Zの測定例(横軸は時間[sec])
4. バイタル・サイン・モニタリングの開発における課題
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック以降、健康に対する人々の関心はより急速に高まっており、日常的な使用が可能な簡便さと高い精度を両立するバイタル・サイン・モニタリングの実現が望まれている。しかし、一般的なバイタル・サイン・モニタリングを行うウェアラブル機器を用いる場合、未処理のデータをそのまま得ることができない為、新しいシステムの開発や研究を行うことは困難である。また、機器を独自に設計する場合も、センサや信号処理回路などのハードウェアから、高精度に解析を行うアルゴリズムなどのソフトウェアの設計まで必要である為、多大な時間とコストかかる。
弊社アナログ・デバイセズは、そのようなバイタル・サイン・センシング・システムの研究開発における課題に対して、集積化され、精度・特性が規定された信号処理回路や、筐体設計から解析アルゴリズムを含む評価環境までがまとめられたリファレンス・デザインを提供する。
前項のデータ測定に用いられたリファレンス・デザイン、EVAL-HCRWATCH4Zは、前述したPPG向けアナログ・フロントエンドと3軸加速度センサの他、心電に基づく心拍数モニタ用アナログ・フロントエンド「AD8233」、高精度な電気化学用フロントエンド「AD5940」、容量デジタル・コンバータ「AD7156」で構成される。その筐体はIP68の防水・防塵に対応する。
ユーザーは、これら高性能のセンサとセンシング・フロントエンドから得られた、完全に未処理の光学センサや電気センサのデータを取得できる。さらに、プリビルドされた脈拍や心拍変動を算出するアルゴリズムも提供される為、未処理信号を用いた新規アルゴリズムの開発から、心拍数など基礎的なバイタル・サインを用いたより高次の解析を目的とする研究まで、ユーザーの幅広い要求に応えることができる。また、リアルタイム・モニタリングや測定パラメータの詳細設定が可能な専用評価環境が、Windows及びAndroid、iOSの各OSに対応している。
より詳細に関しては、弊社アナログ・デバイセズが掲載する技術記事も参照されたい11)12)13) 。
図7 EVAL-HCRWATCH4Zの外観(左)とその構成(右)
5. まとめ
本稿では、バイタル・サイン・モニタリングの一例としてPPGに基づく脈拍のモニタリングを取り上げ、その基本的な信号処理の流れと課題について説明した。本稿の測定例で用いられたリファレンス・デザインをはじめとする弊社アナログ・デバイセズの技術が、多くの人々の健康で持続可能な生活を支えるバイタル・サイン・モニタリングの実現に向けた研究や開発を促進することができれば幸いである。
【著者紹介】
井口 璃音(いぐち りおん)
アナログ・デバイセズ株式会社
デジタルインフラストラクチャー ビジネスグループ
ヘルスケア
フィールドアプリケーションエンジニア
■略歴
2020年3月 北海道大学工学部 卒業
2020年4月 アナログ・デバイセズ(株)(米国Analog Devices, Inc. 日本法人)入社
以降フィールドアプリケーションエンジニアとして、主に医療機器向け各種ICのアプリケーションサポートに従事。
アナログ・デバイセズ(株) インダストリアルビジネスグループ 渡邉 慶太郎
4. インピーダンス測定/センシング向けの各種ソリューションと活用事例
DUTの種類やアプリケーションによって、インピーダンス測定/センシングには多様な性能要求が存在する。また、いずれのアプリケーションにおいても多チャンネル化や低コスト化を背景とした小型化要求や、技術革新を背景とした開発の迅速化要求が強く存在する。他方で、いずれの測定手法は複雑な回路によって実現されるため、多くの場合で据え置き型の計測器を必要としていたことがインピーダンス・センシングの用途を制約してきた。
これらの要求に応えるため、アナログ・デバイセズでは、ワンチップのICからボード・レベルのリファレンス・デザインまで幅広いソリューションを提供している。
図4 インピーダンス・センシング向け半導体ソリューションの例
4.1. ワンチップAFE及び高精度マイクロコントローラ(MCU)
アナログ・デバイセズは、BIA及びEISに適した周波数範囲でのインピーダンス計測を可能にする、DFTエンジンを搭載したワンチップ・アナログ・フロント・エンド(Analog Front End; AFE)製品及びMCU製品を提供している。
具体的なアプリケーションの例として、センサの診断機能付きガス測定システムⅳ 及びバッテリ向けEISのリファレンス・デザインⅴ を提供している。また燃料電池の電極劣化を検知できるシステムを開発し、パートナーの燃料電池ベンダとともに有用性の検証を行っているⅵ 。
4.2. 高精度インピーダンス・アナライザ・モジュール リファレンス・デザイン
比較的低周波数において高確度のインピーダンス計測を行う手法として自動平衡ブリッジ法があるが、その回路構成は複雑である。アナログ・デバイセズでは高精度回路設計のための各種IC(OPAMP, ADC, 電圧リファレンスなど)を提供しているが、併せて開発の迅速化のために自動平衡ブリッジ方式のインピーダンス・アナライザのリファレンス・デザイン ADMX2001を提供している。
本モジュールは広いレンジのインピーダンスを測定可能であり、様々なDUTに対するEISや電子部品検査に利用可能であるとともに、小型モジュールであり既存の計測器への組み込みも容易である。さらにユーザーが設計する外付けのドライバ回路を接続することで、大電流を要求する用途にも対応可能である。
4.3. ベクトル・ネットワーク解析用AFE IC及びVNAリファレンス・デザイン
高周波回路は、一般に特性インピーダンスを50 ohmに整合させて設計される。回路と回路を接続するとき、インピーダンスが整合していれば反射が生じないが、整合していなければ反射が生じる。すなわち、反射波の存在からインピーダンスの不整合を検知することが可能であり、入射波/反射波の大きさと位相の情報を得ることができれば、インピーダンスを算出することが可能である。
アナログ・デバイセズは、反射波を検知するワンチップICとして双方向のゲイン及びVSWR測定が可能なADL5920、簡易的なインピーダンスを算出する用途にはログアンプでの電力検知並びに位相検知が可能なAD8302を提供している。また具体的なアプリケーションとして、ADL5920を用いた水位計の提案を行ったⅶ 。
しかし、高周波数においてより正確にインピーダンスを測定するためには、各種誤差項を校正可能なベクトル・ネットワーク解析システムが必要である。
本年リリース予定のADL5960はフルn-ポート校正が可能なVNAシステムを構築できる世界初のベクトル・ネットワーク解析向けAFE ICであり、現在リファレンス・デザインとして現在8-ポート VNAを開発中である。このような省サイズかつ経済的なネットワーク解析システムの実現により、高周波数帯における電子部品や基板検査、またインピーダンスを用いたCbMの利用拡大が期待される。
図5 開発中の8-ポート VNAリファレンス・デザイン 試作基板
5. おわりに
本稿では、インピーダンス測定/センシングの主要用途と、最新の半導体技術がどのように測定/センシング・システムの小型化や迅速な開発に貢献するかを示した。
インピーダンスはDUTの物性を反映するが、その電気的モデルは複雑でときに理論付けが難しく、また変化量がわずかである場合も多い。インピーダンスを精度良く測定し、価値ある情報を抽出するためには、高精度アナログ回路と並びプロセッサや各種アルゴリズムも重要である。
アナログ・デバイセズは、アナログ半導体の集積技術・パッケージ技術を用いてインピーダンス測定/センシングを高精度かつ小型に実現できるICを提供するとともに、デジタルICやソフトウェアにも注力し、データのセンシングから分析までのセンシング・シグナル・チェーンを包括的にサポートする。
【著者紹介】
渡邉 慶太郎(わたなべ けいたろう)
アナログ・デバイセズ株式会社
インダストリアルビジネスグループ インスツルメンツ
シニアフィールドアプリケーションエンジニア
■略歴
2015年3月 東北大学理学部 卒業
2017年3月 東北大学大学院理学研究科 博士前期課程修了(修士(理学))
2017年4月 アナログ・デバイセズ(株)(米国Analog Devices, Inc. 日本法人)入社
以降フィールドアプリケーションエンジニアとして、主に電子計測器市場向け各種ミックスド・シグナルIC及びモノリシック・マイクロ波IC(MMIC)のアプリケーションサポートに従事。
2020年より、マイクロウェーブ展(MWE)実行委員会展示委員。
アナログ・デバイセズ(株) リージョナル・ビジネス・グループ 永井 郁
2.2.1-Wireメモリ/認証デバイス製品
電源や電気回路が搭載されていないメカ部品や周辺機器、消耗品に1-Wireメモリ製品を追加し正規品認証、使用回数管理、製造情報管理、校正データの保存などを行う事で、製品の安全性や信頼性および機能の向上をはかることができる。図3に1-Wireメモリ製品の一例として112バイトのユーザーEEPROMを持つDS28E055) のブロック図を示す。
図3.1-Wireメモリ製品の内部ブロック図
なお、NFCなどの無線タグ技術を使うことで電源の無い部品や機器の認証を非接触で行う事もできるが、1-Wire製品は物理的接続を必要とすることにより確実に接続されたかどうかの確認を行う事ができ、図3に示すような産業用の電源コネクタや医療機器のカートリッジなど、確実な接続が確認できない場合に本体機器の動作を禁止したい用途に有効である。1-Wireメモリ製品は図4に示すSFN3), 4) (Single、Flat、No contact) パッケージに対応し、機器の接続面に直接取り付けて直接パッケージ端子で電気的接合をとり、コネクタやPCB基板を不要とする簡易で経済的な設計を実現する。パッケージは3.5mm x 5mm x 0.35mm、3.5mm x 6.5mm x 0.75mm、6mm x 6mm x 0.9mmの3種類がある。
図4.1-Wireメモリ製品の用途例とSFNパッケージ (上:用途例、左下:SFNパッケージ写真、右下:SFNパッケージを樹脂筐体に組み込んだ例)
なお、1-Wireメモリ製品として様々なメモリ容量の製品があるほか、医療機器などで求められるガンマ線耐性を保持する製品がある。更にECDSAやSHAなどの暗号化技術を搭載し、1-Wireコントローラとの間で暗号認証を行う1-Wire認証デバイスもあり、用途で求められるセキュリティ・レベルに応じて使い分けることができる。
2.3.温度センサ/iButton®
図5に1-Wire温度センサの例としてMAX31820PAR6) の外形とコントローラとの結線図を示す。MAX31820PARは-55~125℃の測定範囲、10~45℃の範囲で+/-0.5℃の精度を保証する環境温度センサであり、1-Wireバスの少ピン数の特徴を生かし3ピンのTO92パッケージで提供する。温度センサの精度としては一般的な精度ではあるが、1-Wireバスからの給電で駆動できるため、電源や電気回路が搭載されていないメカ部品や周辺機器、消耗品などの周辺温度の容易かつ経済的な測定を実現する。
図5.1-Wire温度センサの外形と結線図
1-Wireバスのセンサとして、iButton® 7)8) と呼ばれる図6に示すようなボタン電池状の缶パッケージに収められた温湿度データロガーもある。iButton製品は内部に電池、温度センサ、基準クロック、1-WireインターフェースICを内蔵し、事前に専用のソケットに接続してPC経由で測定間隔などの設定を行った後にタイムスタンプ付の温度データの取得を開始する。図5の例にあるDS19239) の場合は-20~85℃の温度測定範囲で測定可能で、-10~65℃で0.5℃精度、0~100%RHの湿度測定範囲で0.04%RHの分解能でデータ記録し、1分間隔のデータ記録頻度で2~3ヵ月以上の動作が可能である。記録されたデータは再び専用のソケットに接続してPC経由で取得する。センサ精度のトレーサビリティ証明として、パッケージおよび内部メモリに記載/記憶された固有のIDに紐づいたNIST証明書が提供される。DS1923のパッケージはIP56相当の封止レベルであり、医薬品や食品などの輸送履歴管理が必要な物資に同梱して使用される実績がある。
図6.iButtonの構造と外形 (左上:構造図、右上:外観、下:外形サイズ)
3.まとめ
本稿では、電源や電気回路が搭載されていないメカ部品などのモニタリングや管理を簡易かつ経済的に行える1-Wire技術およびそれを利用したセンサを紹介した。本稿で紹介した技術がセンシング応用を広げユーザーの利便性向上を進めるうえでの一助となれば幸いである。
【著者紹介】
永井 郁(ながい いく)
アナログ・デバイセズ株式会社 リージョナル・ビジネス・グループ
■略歴
1999~2004年 電子部品メーカーで製品開発に従事
2004年~ アナログ・デバイセズ社 MEMSセンサのビジネス開拓と技術サポート、産業分野のビジネス等に従事
ifm efector(株)は、過酷な環境でも精密な物体検出を実現した光電センサ”OMHシリーズ”を2023年5月に発売する。
OMHシリーズはアンプ内蔵ながら場所を取らないコンパクトな形状。これまでの光電センサでは難しかった微小部品の検出や高速移動するアプリケーションに使用できる。1200Hz・分解能0.01mmのスピードモードと、一般的な距離センサでは検出が難しい材質も検出することができるパワーモードをアプリケーションに合わせて切り替える事ができ、高い精度と正確な位置決めが要求されるプロセスでの品質向上が期待できるコストパフォーマンスの高い光電センサであるという。
◆主な特長◆
•mm未満の精密な距離測定
•高速アプリケーションに対応
•3つの動作モードと コンパクトなハウジングにより幅広いアプリケーションに適応
•IO-Linkによりパラメータ設定が簡単にでき、プロセス データをITレベルへ通信可能
•距離データをアナログ出力 (OMH551, OMH553, OMH555 アナログ出力/IO-Linkタイプ)
◆製品名・価格◆
・製品名:「光電センサ OMHシリーズ」
・標準価格: 87,500円~ 90,700円(税別)
・販売目標: 年間1200個
ニュースリリースサイト:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000122061.html