日常生活行動に関する感性工学的研究(1)

信州大学 繊維学部 教授
吉田 宏昭

1.感性工学とは?[1]

寝具の上で目覚め、朝食を摂り、着替えてから出勤する。毎日繰り返される出勤風景の中で、今日は良い朝だ、今日は寒いなど、色々なことを感じている。では、この思いは、何であり、どうやって生じているのだろうか?ヒトとモノ(環境)との関係の中で、ヒトという主体とモノ(環境)という対象との間でやりとりが行われ、そのやりとりから様々な思いが生じている。つまり、「やりとり」から始まっている。このやりとりの能力、あるいは、関係を作り出す能力を、感性と呼ぶ。

しかし、この感性は、個人個人によって感じ方や感じる程度が異なり、どうしても曖昧である。そこで登場するのが、感性工学である。感性工学では、この主観的な感性に対して工学的手法でアプローチし、客観的に評価しようとする。主観的で感覚的な側面と客観的で定量的な側面を結びつけるものが感性工学といえるだろう。少し大げさになるが、心に代表されるような無形なものを主に扱ってきた哲学や心理学などと、目に見える現象や物体を主に対象にしてきた自然科学とを包括できる学問であることが、感性工学の大きな魅力であると私は思っている。

このように感性は、日常生活の営みの中にいくらでも存在しているが、気づかない、あるいは、気づけないことが多い。昔あるテレビ番組で、ローソンの看板は何?という質問があり、おそらく何十回も見ているにもかかわらず、私は思い浮かべることができなかった。これではだめだと痛感し、それから日常生活におけるヒトの行動に対して関心を持ち、観察するようになった。これが私の研究の原点となっている。観察による気づきの中から仮説を立てて検証するというのが私の研究スタイルとなっている。本コラムでは、これまで行ってきた研究の中から、歩行と寝心地の2つの研究トピックスを紹介する。

2.女子大学生のグループ内における歩行はどのように同調しているのか?[2]

2.1 はじめに
歩行動作は人間にとって必要不可欠な生理的活動である。しかし、これまで歩行動作に関する研究は臨床やリハビリに関するものが多く、日常生活における歩行動作はほとんど研究されていない。そこで本研究では、日常生活における歩行に注目することにした。
これまで、女子大学生を被験者とし、歩行動作について研究してきた [3]。この研究を始めたきっかけは、卒業式での気づきであった。卒業式において女子大学生は袴を着用するが、とても凜々しい。そこで、何が違うのだろうかと思い、卒業記念に歩行を計測していた。何年か計測している中で、被験者の属性と歩行動作の関係について検討したところ、所属する学部や学科によって歩行動作が異なり、女子大学生の歩行動作は所属するグループによって影響されることが示唆された。確かに、大学構内を眺めてみると、行動を共にしている女子大学生のグループに属する人はどことなく服装や雰囲気が似ており、女子大学生グループの歩行動作に同調現象が見受けられ、歩行ペースも一致しているように感じられる。そこで、同一グループに属する人が同時に歩くと歩行動作に同調現象が見られるのではないかと予想し、歩行動作を調査した。

2.2 方法
所属するグループ内で歩行に同調現象がみられるかを検証するために、1名で歩行した際の個人歩行動作とグループ内の3名同時に歩行した際の同時歩行動作を比較した。被験者は日頃共に行動しているところをよく見かける本学に所属する女子大学生のグループの3名とした。
歩行動作を解析するために、加速度センサとして8ch小型無線モーションレコーダMVP-RF8(マイクロストーン株式会社)を用いた。第三腰椎付近に装着すると重心加速度に近似したデータが得られる。被験者の第三腰椎付近にゴムバンドを用いて加速度センサを装着し、実験当日に着用していた自由着の状態で本学建物内の廊下を自由速度で約20m歩行してもらい、歩行時の加速度波形を取得した。
まず、1名ずつの歩行を2回計測し、その後3名同時の歩行を2回計測した。同時歩行の計測の際はスタートのタイミングを3名揃えることのみ指示した。なお、履物は歩行動作に影響を与えるため、履物は同一のパンプスに統一した。任意の連続した10歩を抽出し、上下-左右と前後-左右方向の加速度をリサージュ図形にて可視化した。また、任意の連続した10歩を抽出し、5歩周期に要した歩行時間も算出した。

2.3 結果と考察 (3人同時歩行による歩行動作の特徴)
個人歩行した場合と3名同時歩行した場合のリサージュ図形を比較したところ、上下-左右方向、前後-左右方向どちらにおいても違いはほぼ見られなかった。つまり、同時歩行をしても個人個人の歩行動作自体はほとんど変化していなかった。
5歩周期にかかる時間の平均を図1に示す。個人歩行の場合は歩行ペースにばらつきがみられるが、同時歩行の場合は個人歩行と比較して歩行ペースのばらつきが少なくなっており、同時歩行をすると、同じような歩行ペースになっている。個人歩行にかかる時間の被験者3名の平均は約4.9秒であり、同時歩行にかかる歩行時間の値に近い値となっている。よって、グループ内で歩行が似ていると感じられる同調現象は、個人個人の歩行自体が変化するのではなく、歩行ペースがグループ内の平均値へ回帰していると考えられる。日常から多くの時間を共に過ごす3名は、お互いの歩行ペースを習得しているため、3人の中で平均値的な歩行ペースの人にペースを合わすことができたと推測される。共に過ごす時間の中で仲良くなり、ヒトとヒトとのつながりが強化され、無意識的にお互いの歩行動作も体得していったと考えられる。学生という期間は人生の中では非常に短い期間であるが、一緒に学び一緒に遊ぶということを通して、ヒトとヒトとのつながりを深め、感性を豊かにしていくと考えられる。

図1 5歩周期にかかる時間(歩行ペース)の結果

2.4 検証実験 (仲の良いグループに他人が入ると、歩行動作はどう変化するのか?)
では、その仲の良いグループに日頃属していない他人が入り、一緒に歩くとどうなるのだろうか?同じグループに所属していない人と同時に歩行すると、お互いに歩行ペースが分からないので、同調現象が見られないのではないかと予想される。本検証実験では、そのグループに所属しない人を入れた場合の同時歩行の変化について調査した。
被験者は、日頃共に行動しているところを見かける本学に所属する女子大学生のグループに所属する3名(被験者1、2、3)と、そのグループには所属していない1名(被験者4)とした。ただし、前節のグループをこの検証実験に用いると、実験の趣旨が分かってしまう可能性があったので、前節とは異なる女子大学生グループを選択した。実験方法は前節の2.2と同様とした。ただ、同時歩行の手順のみ変更した。まず、1名ずつ個人歩行を2回計測し、次に同一グループに所属する3名(被験者1、2、3)で同時歩行を2回計測した。その後、被験者3と被験者4を入れ替え、グループ内に他人を入れた状態の3名(被験者1、2、4)にし、2度同時歩行を計測した。
歩行動作を解析したところ、3名での同時歩行と他人を含めた3名の同時歩行どちらでもリサージュ図形はほとんど変化していなかった。これは前節の結果と同様であった。5歩周期にかかる時間の平均について、同一グループ内に属する3名の結果を図2、他人を交えた3名の結果を図3に示す。図2をみると、前節の同時歩行の結果と同様に、歩行ペースにまとまりが見られた。しかし、図3の他人を交えた同時歩行では、同じグループに所属していない被験者4のみ歩行ペースが他の2名と異なり、同時歩行にまとまりが見られなかった。同じグループでないために、お互いの歩行ペースが分からず、他の2名の歩行ペースに無理に合わせようとして歩行ペースが大きく変化し、ばらついたと推測される。やはり、予想通りの結果となった。

図2 同一グループに所属する3名の歩行ペース
図3 他人を交えた際の3名の歩行ペース

次回に続く-

参考文献
1) 吉田宏昭、「特集「感性工学のすすめ」に寄せて」、バイオメカニズム学会誌、Vol.40(1)、pp.3-4、2017
2) 吉田宏昭、上條正義、「女子大学生のグループ内における歩行はどのように同調しているのか?」、第21回日本感性工学会大会予稿集、東京、2019
3) 吉田宏昭、大皿知可子、上條正義、「衣服着用時の意識が歩行動作に与える影響」、日本感性工学会論文誌、Vol.16(5)、pp.457-463、2017

【著者略歴】
吉田 宏昭(よしだ ひろあき)
信州大学 繊維学部 先進繊維・感性工学科 教授

■略歴
1995年3月  京都大学工学部卒
1997年3月  京都大学大学院工学研究科修士課程修了
2000年3月  京都大学大学院工学研究科博士後期課程研究指導認定退学
2000年4月  京都大学再生医科学研究所研修員
2001年3月  京都大学 博士(工学)
2001年9月  京都大学再生医科学研究所研究機関研究員(講師)
2003年4月  Johns Hopkins University ポスドク
2005年1月  産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター研究員
2007年6月  信州大学繊維学部感性工学科助教
2010年12月 信州大学繊維学部先進繊維・感性工学科准教授
2019年4月  信州大学繊維学部先進繊維・感性工学科教授

■専門分野
感性工学、バイオメカニクス