進化するフラックスゲート磁界センサ(2)

笹田磁気計測研究所
笹田 一郎

3.基本波型直交フラックスゲート

図3は磁性ワイヤコアの一部を拡大したもので、基本波型直交フラックスゲートの動作に関する通電電流、それが作る直流バイアス磁界Hdc, 交流励磁磁界Hac、コア軸方向に印加される検出したい磁界Hex、ワイヤコアの飽和磁化Js、および磁気異方性Kuの関係を示す。磁気異方性とは、磁性体を磁化するときに方向によってその容易さが異なる性質である。磁性体の外形あるいは結晶質磁性体の場合は結晶軸を基準として最も磁化するのが容易な方向を磁化容易軸と呼ぶ。磁化(J)が容易軸方向にあるときが磁気異方性エネルギは最小になるので、Kuはエネルギ密度の次元を持ち、飽和磁化Jsをその容易軸方向に向けようとするトルクを与える。Kuが大きいと磁化方向は磁界の印加では変化しにくくなり感度低下に繋がる。直交FGのコアには磁気異方性の小さい高透磁率材料が適し、材料としてはパーマロイワイヤあるいはアモルファス磁性ワイヤがある。しかし、熱処理を施したパーマロイワイヤは弾力が無くなり取り扱いが難しいので、アモルファスワイヤが良く用いられる。またアモルファス磁性薄帯も用いられる。

図3 直流電流が重畳した交流励磁電流が通電されたワイヤコア外周部における飽和磁化Jsと磁化過程に関係する諸量

検出コイルはワイヤコアの周りに巻かれるので、ワイヤ軸方向の磁束の時間変化が検出コイルに誘起電圧を与える。軸方向の磁束の大きさは飽和磁化Jsの向きが決定するので、計測したい磁界Hexがどのように磁化方向の決定に関与するのか図4で説明しよう。

図4 飽和磁化の方向を決める諸因子の関係

図4は図3のワイヤ外周部での諸量の関係を平面的に描き直した図で。横軸が円周方向に対応する。ワイヤコアの半径をrとすると、直流電流成分idcによってワイヤコア表面付近で、Hdc≈idc/(2πr)の磁界が円周方向に生じる。例えば直径120µmのアモルファス磁性ワイヤを用いる場合は、idc=50 mAに対しHdc≈132 A/mとなりワイヤコアの外周部は至る所磁化飽和して単磁区状態となる。このJsに対する磁界の影響は地磁気中の方位磁針の振る舞いのように、その磁界方向に向けようとする。一方、磁気異方性Kuはその容易軸方向に留めておこうとする。したがって、飽和磁化Jsの方向はHdcとHexおよびKuによるトルク(引きつける力)のバランスで決まる。図4のように磁気異方性Kuの容易軸が水平方向から角αにあり、計りたい磁界HexおよびHdcとの3者からのトルクバランスで、Jsが角θにあるとき、交番するHacの作用はJsを角θの周りに小さな上下振動を引き起こす。Hdc+Hacとなる(1)のタイミングではJsは最も横軸に引き寄せられ、Hdc-Hacとなる(2)のタイミングではJsは最も横軸から遠くなる。Hacの一周期間に1度上下に振動するので検出コイルへの鎖交磁束も一周期で1度増減する。この結果誘起電圧の周期はHacの周期と同じになる。これが基本波型と呼ぶゆえんである。Hexの大小がどのように誘起電圧に効くかは詳細にはトルクバランスの式(sin(θ)の3次式になる(11))を数値的に解く必要があるが定性的には次のように考えれば良い。Hexが大きくなるとθ(<π/2)が増加する。HacによるJsの振動角はθがπ/2に近づくほど大きくなる。一方では鎖交磁束の変化はJssin(θ(t))の時間微分に比例するのでcos(θ(t))の因子が出てきてθがπ/2に近づくと磁束変化は逆に小さくなる。つまり、Hexのある範囲までは、鎖交磁束変化はHexと共に単調に増加し、あるところで飽和しその後減少する。以上が定性的な基本波型直交フラックスゲートにおける変調のメカニズムであるが、もう1つ重要な点を指摘しておきたい。上記の変調プロセスでは磁化の微少な回転のみが関与し磁化の反転(例えば第1象限から第2象限への反転、Hex<0の場合は第4象限から第3象限への反転)が一切起きないので、原理的に磁壁移動がなくバルクハウゼン雑音が生じないことである(7)。これが基本波型直交FGの低雑音性のゆえんである。
本基本波型直交フラックスゲートの磁界検出過程をブロック図で示したのが図5である。同図には低周波の入力磁界がセンサの出力までの各段階でどのような波形に変えられているかも示している。

図5 基本波型直交フラックスゲートにおける磁界検出の流れ

図5における波形の縦軸は増幅作用を表している。ワイヤ磁気コアではHex=1の入力磁界がコア内で濃縮され(多くの磁束線がコア内を通過するので濃縮される)濃縮率をaとしている。例えば直径100µmで長さが30mm程度のワイヤコアであればa=800程度になる。図4で説明したようにコア内の磁束はHacの作用によって周波数fで変化する。図5では簡単のために変調操作を搬送波との掛け算で示している。検出コイルの巻き数N、コアの実行断面積s、角周波数ω=2πfの係数で誘起電圧になり、Gvの増幅率で増幅され、同期検波においてもう一度搬送波と掛け算され、その低周波分がフィルタによって分離出力される。磁界センサの実際の構成ではこれに負帰還ループを加え、入出力の線形化と安定化を図っている。
写真1に無磁歪組成のアモルファス磁性薄帯から幅1mm長さ35mmを切り出し熱処理してコアとした実際のセンサヘッドを示す。その上段には用いる際にプラスティックのカバーとケーブルを付けたセンサヘッドの外観も示している。写真2に基本波型直交フラックスゲートの1チャンネル評価キット(笹田磁気計測研究所製)を示す。このキットは6V〜7.5 VのacアダプタあるいはUSBからの電源供給で動作する。消費電力はセンサヘッドが必要とする直流バイアス電流によって多少変わるが0.5~0.7Wである。このキットで得られる雑音スペクトルを図6に示す。

写真1 幅1mmのアモルファス磁性薄帯をコアとするセンサヘッド
写真2 基本波型直交フラックスゲート(FM-OFG)1チャンネル評価キット。前面のBNCコネクタは直流結合1倍出力、交流結合100, 1000倍出力。
図6 写真1に示したセンサヘッドを写真2の装置で駆動したときの雑音スペクトル密度。低域カットオフ周波数は0.3 Hz。高域カットオフ周波数は200 Hz。

直交FGはT. Palmerの原型のままでは、交流励磁電流の符号反転にもとなって磁化反転が生じるのでコアからの磁気雑音が大きくて平行FGに太刀打ちできずあまり使われなかったが、基本波型とすることによって雑音を大幅に抑制することができ、今では平行FGを凌駕している。

4.心臓磁界計測

著者が九州大学在職中にFGで32chの規模で心磁界を計測することに世界で初めて成功した(8-9)。これは、著者の研究室ではセンサと能動補償磁気シールドの両方を手がけていたことが大きいが、何よりも、基本波型直交FGは平行FGのような励磁磁界の大きな漏洩が無く、センサアレイにするときクロストークに対する対策がしやすかったことも重要な点である。心室が収縮する直前に発生する心磁界のR波は個人差はあるが100pT程度と一番大きいので、リアルタイムでこのピークを観測することができるが、胸壁面近傍の磁界分布の強度は1 pTに満たない所から100 pTを超える範囲にある。図6の雑音密度のセンサでは平均化が必要である。平均化は両腕から簡単に取れる心電波形のR波を同期のタイミングとして同期加算処理によって行った。同期加算処理の一例図7に示す。心磁図計測に用いたセンサはアモルファスワイヤ45 mmをコアとするもので図6の雑音スペクトルよりももう少し雑音は小さい。

図7 約120ビート心磁波形の同期加算。波形の1つ1つには不規則な雑音が含まれているが時間軸をそろえて全部加算して波形の数(N)で割ることで信号成分はそのままで雑音成分が1/√Nになる。

図8にTDKとの協力の下36ch(グリッド間隔4 cm)での基本波型直交フラックスゲートアレイで計測した心磁図を示す(10)。これは健常な被験者がセンサアレイの上にうつぶせになった状態で胸壁に垂直な磁界成分を約3分間計測して同期加算処理した結果である。図9に等磁界線図を示している。R波は中央の鋭い波形で、T波は右寄りのなだらかな波形である。明るい領域(右上)が磁界の沸きだし、青い色の領域(左下)が同吸い込みに対応する。更に詳細な情報および磁気シールドについては文献(11)を参照頂きたい。

図8 36チャンネル基本波型直交FGによる心磁界計測(3分間の同期加算)
図9 磁束密度の等高線図。左はR波ピーク時点、右はT波のピーク時点。
図の縦軸横軸の数値はセンサアレイのグリッド番号。

5.おわりに

基本波型直交FGの分解能は1 Hzにおいて、1 pT/√Hzに迫ろうとしている。現在実用化されている磁界センサの中で最も高分解能なのが液体ヘリウム温度(4.2K)で動作するSQUID磁界センサで、その分解能は数fT/√Hzにも到達するので、FGの雑音はざっとその数百倍にもなるが、この雑音の差が直ちにセンサの検出能力の差にはならない。強磁性異物検出のように磁界の信号源が小さい場合は磁界は距離の3乗で減衰するので、信号源にどれくらい接近できるかが重要なファクタになる。装置コストや運用コスト、使い勝手の良さも加味すると、FGが活躍する場は今後ますます広がっていくだろう。

参考文献
7) E. Paperno, Sens. Actuators, A 116, 405-409 (2004).
8) H. Karo, I. Sasada, J. Appl. Phys. 117, 17B322 (2015); doi: 10.1063/1.4918958
9) H. Karo, 九州大学学位論文 (2017) http://hdl.handle.net/2324/1807076 (open access)
10) 松田篤史、栗原弘, 笹田一郎 日本生体磁気学会誌, Vol.31, No.1、P04-002 (2018)
11) 笹田一郎、まぐね、Vol.14、No. 4 (2019)

【著者略歴】
笹田 一郎(ささだ いちろう)
笹田磁気計測研究所

■略歴
1974年九大工電子工学科卒、1976年同修士修了、
1986年 工学博士(九大)。日本電気(株)を経て1977年7月同上助手、1986年助教授、1997年教授。
1998年から大学院総合 理工学研究科(2000年改組により研究院へ名称変更)、2017年3月定年退職。
同年5月笹田磁気計測研究所(株)設立、この間、1988年8月から1年間MITにて、1995年10月から3ヶ月トロント大学にて在外研究。磁気応用の研究に従事し、主な仕事は磁歪効果を用いたトルクセンサ、磁気シールドのための磁気シェイキング、能動磁気シールド。基本波型直交フラックスゲートの研究。
1995年磁気シールドの研究で市村学術賞。
1993年および1996年IEEE Magnetics Society 主催国際会議IntermagのEditor、
2010年~2015年電気学会マグネティクス技術委員会委員長。九大名誉教授。