進化するフラックスゲート磁界センサ(1)

笹田磁気計測研究所
笹田 一郎

1. はじめに

フラックスゲート磁界センサ(フラックスゲート= Fluxgate, FG)は、静磁界(直流磁界)ないし低周波磁界を高感度に検出するが、その根本にあるのはファラデーの電磁誘導の法則である。磁界の時間変化が小さいものをコイルで検出できるようにするために、計測の対象とする低周波磁界を磁気コアを用いて高周波キャリア磁界(励磁磁界)で振幅変調する(1-2)。この変調過程がFGにおいては一番重要で、それが低雑音であればあるほど低雑音FGを実現できる。変調方法には信号磁界(計りたい低周波磁界)と高周波キャリア磁界の磁気コア内でのベクトル方向の違いから平行型と直交型がある。平行型は両者が平行方向にあり、直交型では両者は直交する。FGの雑音は磁気コアから発生する磁気雑音が主要因である。これまでは平行FGが直交FGよりも低雑音であったが、高透磁率アモルファス磁性材料の出現と、著者が2001年に発表した新しい駆動法(3-4)の導入によって直交FGが逆に平行FGを凌駕するまでになった。直交FGの構造は平行FGに比べシンプルであるので実用的にはこの発展には大きな意味がある、本稿では直交FGの新しい駆動法である基本波型直交FG(Fundamental Mode Orthogonal Fluxgate=FM-OFG)と、30チャンネルを越える規模のFGアレイで世界で初めて心磁計測に成功した結果を紹介する。

2.フラックスゲートとは

最初のFGは1936年、ミュンヘン工科大学で電離層を研究する物理学者であったAschenbrennerとGoubauによる(5)。彼らはパーマロイのリングコアを用い、入力磁界に対する応答として、誘起電圧の中に励磁周波数の偶数調波が現れるものを考案した。本稿は直交FGについて述べるが、比較の意味から倍周波型平行FGと呼ばれるこの歴史的なFGの原理について、図1に示すリングコアを上下から押しつぶしたレーストラック型磁気コアを用いて概説する。図から分かるように、平行FGのセンサヘッドには磁気コアと励磁コイルおよび検出コイルの3点が必須である。

図1 レーストラック型コアを持つ平行フラックスゲート

レーストラック型磁気コアには励磁コイルが巻かれ、磁気コア内を時計回り、反時計回りに循環する磁界(励磁磁界)を発生し、コアを周期的に磁化反転する。検出コイルは磁気コアを取り囲むように巻かれる。外部からの磁界印加が無い場合は、検出コイルに鎖交する磁束はコアの上下の長辺を左右逆方向に通過するので互いに打ち消しあい、誘起電圧は0である。図のように磁界Hexがコアの長手方向に印加されると、その強さに比例して一周期に2度鎖交磁束が発生して、偶数調波の誘起電圧を検出コイルに与える。(励磁磁界と印加磁界Hexの方向はコアの上下の長辺のいずれかで加算的になり他方では減算的になる。加算的になる長辺では時間的に早く磁化飽和し磁束がほとんど変化しなくなる。他方ではまだ磁化が変化するので平衡が破れ検出コイルに鎖交磁束を与える。)これを2fの周波数で同期検波して出力を得る。やや手が込んでいるがこれが変調のメカニズムである。磁気コアを磁化反転させるのでバルクハウゼン雑音は存在する。

直交FGにおいてはもっと単純な仕組みで振幅変調される。図2の左の図が最も構造が簡単な直交FGの基本部分で、構成要素は磁性ワイヤコアと検出コイルの2点である。この構造は1953年にT. Palmerによって発表された(6)。交流励磁電流はコアである磁性ワイヤに直接通電され、検出コイルはワイヤコアの周囲に巻かれる。このFGの定性的な動作原理は簡単に説明できる。電流が0をクロスする前後では円周方向の磁界は小さくHexによる磁束はワイヤコアに引き寄せられ磁束がコア内で濃縮される。一方、通電電流の正のピーク近傍と負のピーク近傍ではワイヤコアの外周部の磁化は円周方向に強制的に向けられ、Hexに基づく磁束はワイヤ外に押し出される。このように、励磁電流の一周期間でHexによる磁束がコア内で、濃縮→疎→濃縮→疎という変化(変調)を受ける。一周期間で2サイクルの変化が起きるので、誘起電圧は励磁周波数の偶数調波となる。このため図1の平行FGと同じく倍周波型となる。励磁磁界は円周方向にあり原理的に直接検出コイルに鎖交しないのでコアは1つで良いのである。

図2 直交FG。左は従来の倍周波型、右は基本波型。

本稿で述べる基本波型直交フラックスゲートの動作はこのPalmerの直交FGにおいて、交流励磁電流にそれより大きい直流電流を重畳することで現れる。ほんのわずかな変更で大きな違いを生み出すのであるが、その詳細を次節で述べる。

次回に続く-

参考文献
1) F. Prindahl, IEEE Trans. Magn., Vol.MAG-6, No.2, pp.376-383 (1970)
2) D. I. Gordon and R. E. Brown, IEEE Trans. Magn., Vol.MAG-8, No.1, pp.76-82 (1972)
3) Ichiro Sasada, Japanese Patent No.4565072
4) 笹田一郎, 日本応用磁気学会学術講演会,26pD-3 (2001)
5) H. Aschenbrenner and G. Goubau, Hochfrequenrtecnik und Elektroakustik, Band 47, Heft 6, pp.177-181 (1936)
6) T. M. Palmer, Proc. IEE (London), Vol.100, pt.B, pp.545-550 (1953)

【著者略歴】
笹田 一郎(ささだ いちろう)
笹田磁気計測研究所

■略歴
1974年九大工電子工学科卒、1976年同修士修了、
1986年 工学博士(九大)。日本電気(株)を経て1977年7月同上助手、1986年助教授、1997年教授。
1998年から大学院総合 理工学研究科(2000年改組により研究院へ名称変更)、2017年3月定年退職。
同年5月笹田磁気計測研究所(株)設立、この間、1988年8月から1年間MITにて、1995年10月から3ヶ月トロント大学にて在外研究。磁気応用の研究に従事し、主な仕事は磁歪効果を用いたトルクセンサ、磁気シールドのための磁気シェイキング、能動磁気シールド。基本波型直交フラックスゲートの研究。
1995年磁気シールドの研究で市村学術賞。
1993年および1996年IEEE Magnetics Society 主催国際会議IntermagのEditor、
2010年~2015年電気学会マグネティクス技術委員会委員長。九大名誉教授。