「センサイト」創刊に寄せて

Webジャーナル「センサイト」創刊によせて

木股 雅章 (立命館大学 教授)

赤外線イメージセンサの研究開発に携わってきた技術者によく知られた1枚の絵がある。例えば、M. A. Kinch著「State-of-the-art Infrared Detector Technology」(SPIE)の247ページに掲載されているが、作者不詳である。この絵は、1959年に量子型赤外線センサ材料として提案され、その後、赤外線イメージセンサの分野で主流の地位を維持し続けてきている水銀カドミウムテルル赤外線センサを中世風の城になぞらえ、IV-VI族化合物赤外線センサ、インジウムアンチモン外線センサ、量子井戸赤外線センサ、歪超格子赤外線センサ、非冷却赤外線センサが攻撃している絵である。残念ながら1980〜1990年代に私が関わった白金シリサイド赤外線センサは含まれていないが、この絵を見る限り水銀カドミウムテルル赤外線センサは難攻不落であるという印象を受ける。

作者不詳のこの絵は、赤外線イメージセンサ分野の状況を的確に捉えていると感心する。論文ベースではなく、こうした状況を技術者が感覚的に捉えることができることも、最先端の技術開発に従事する技術者とって重要な能力になる。残念ながら、日本は赤外線ビジネスの規模が小さく、国内で世界の赤外線イメージセンサに関する生きた情報を得ることは不可能に近い。幸運なことに、私は1992年から26年間SPIEのConference on Infrared Technology and Applicationsのプログラム委員を務めており、このConferenceに毎年参加することができ、研究開発を進める上で大変役立った。

このConferenceでの報告をもとに赤外線イメージセンサの歴史を振り返ると、1980年代終盤から1990年代初頭に白金シリサイド赤外線センサに注目が集まったこと、1990年代終盤から2000年代にかけて量子井戸赤外線センサの開発が活発になったこと、1992年に米国2社から非冷却赤外赤外線センサで量子型並みの高性能が得られることが示され衝撃を与えたこと、などが思い出される。最近では、QSIP (Quantum Structure Infrared Photodetector)と呼ばれる歪超格子赤外線センサを含む技術や高温動作の水銀カドミウムテルル赤外線センサが注目を集めているが、日本国内のこうした分野でのアクティビティーは限られている。

赤外線イメージセンサは防衛技術として開発されてきた歴史があり、現在でも防衛分野が先端の研究開発を牽引している。そのため、日本の赤外線イメージセンサ技術は、欧米に対して遅れをとっているのが実情である。しかし、航空機、半導体、コンピュータ、インターネットなど民生分野の多くの技術も初期は防衛分野が主要なユーザであったり、研究開発主体であったりした。また、非冷却赤外線イメージセンサに見られるように、最近では、防衛用として開発された技術が急速に民生分野に展開される状況がある。

「センサイト」は、情報入力のキーとなるセンサの市場が今後数十兆個規模に急成長することを踏まえて、長年セミナーや展示会を通じて赤外線分野の発展に尽力されてきた株式会社オプトロ二クス社が事務局となり、センサビジネスに携わる人々に情報と交流の場の提供するために設立されたものである。赤外線イメージセンサの市場は、2025年時点でも数百万個と予想されており、センサ全体の規模に対して極めて小規模な市場であるが、「センサイト」が赤外線イメージセンサの分野でも果たす役割は大きいと考えている。発展を期待している。