触覚センサの研究開発動向とこれからの展開(4)

電気通信大学 名誉教授
下条 誠

5. 触覚センサに望まれる機能 24)

(1)高速応答性が重要である。
ロボット制御での制御サイクルは通常1ms程度のため、センサは1ms以下の応答性が必要となる。例えば、非接触から接触への状態遷移では、位置制御から力制御に切替わるため、接触検出は高速応答かつ高感度なセンサが望まれる。特に触覚制御では、微小な動作変化で接触状態の破綻が起きやすく高速応答が重要となる。また人間は触覚の応答性が高く、わずかの時間遅れでも違和感を生ずるため、ヒューマンインターフェースにおいても瞬間的応答性は必要である。

(2)伸び縮み可能で広い面を覆える。
自由曲面への実装の問題がある。ロボット等の各種機械システムには自由曲面が多く存在し、従来のシート状センサでは展開面が平面となる物体しか覆えない。
特に、ロボットの肘, 膝などでの接触状態の計測が重要であるにも係わらず、その部位表面が動作によって伸縮するため、センサの設置が困難な部分がある。また柔軟な部位にセンサを装着した場合、荷重によって表面が変形する部分でも同様な問題がある。このため近年、伸縮可能なセンサへ要求がある。

(3)耐久性がある
視・聴覚は非接触で情報取得が可能だが触覚は接触が不可欠である。このため、(a)伸び、縮み、擦り、打撃などに対する物理的耐久性、(b)水、油や浸透する湿気、酸素などの化学的汚染に対する化学的耐久性が重要である。

(4)近接情報が大切である。
ロボット作業での安全性確保のため、触覚が利用されている。但し、触覚は接触の検出であり、すでに衝突が発生している。特に高速な動作では衝突発生後の対応は困難である。しかし、近接覚は物体近傍情報を検出するため、視覚でのオクルージョンや誤差の欠点を補い、物体の距離と方向を高速に精度よく検出できる。このためロボットなどが物体の衝突する以前に対応可能であり、より安全性が高い。 また近接覚を用いて、衝突回避、ソフトな接触、非接触インターフェースなどが可能になる。

図10 物体までの距離と方向を検出する近接覚センサ。接近検知などへの利用

視覚は物体近傍ではオクルージョンがあり、触覚は離れると検出できない。これは把持や操りでは大きな欠点であり、接触が離れても計測できる近接覚を利用する方が合理的と思える。なお、触・近接覚センサは近接覚と弾性体を組合わせることで構成できる。すなわち、弾性体に接触した後の距離変化から接触力が計測できる。このため、触・近接覚センサは、比較的簡単に構成でき、かつ有用性が高いと思われる。

6. まとめ

(1)WearableセンサやIoT機器への応用を目指し、薄く柔軟性があり、大面積化が可能で伸縮性を備えた、印刷技術や繊維・織物技術を用いて製造した安価なセンサの利用が進むと思われる。またロボット、人体などの3次元構造物に直接印刷して触覚センサを作成することも可能となる。
ただし、触覚は接触により情報収集を行う。このため物理的耐久性や、化学的安定性などが重要となる。

(2)カメラモジュールを用いた高空間分解能型の触覚センサは、視覚情報処理技術との相性もよく、ロボットハンドなどへの利用が進むと思われる。

(3)近接覚を基礎とした、触近接覚センサは、空間拡張型触覚センサとして、一つの発展の方向性を示す。また近接覚は、視覚と触覚をシームレスにつなぐセンサとして、ロボット分野での安全性の確保や高速性の向上のため利用が進むと考える。

(4)ロボットの制御では、視覚と触覚の協調により、ロバストな、より高性能な操りが可能となる。操りが可能から、より巧みにできるためには視覚、触覚など多角的情報による制御が必要になるだろう。特にロボットによる巧緻な作業での制御アルゴリズムの構築では機械学習が新たなフレームワークとツール提供するであろう。

24) 下条誠、これからの触覚技術、日本ロボット学会誌、37(5), pp.385-390, 2019

【著者略歴】
下条 誠(しもじょう まこと)
1976年 東京工業大学 総合理工学研究科 精密機械システム専攻修了
1976年 通商産業省工業技術院 製品科学研究所
1985年 – 1986年 スタンフォード大学 客員研究員
1993年 通商産業省工業技術院 生命工学工業技術研究所
1997年 茨城大学工学部情報工学科 教授
2001年 電気通信大学 知能機械工学専攻 教授
2016年 東京大学 大学院情報理工学系研究科 特任研究員
現在に至る



専門分野
ロボティクス・メカトロニクス研究、特にロボットハンドと触覚センシングの研究を行っている。具体的には、視覚と触覚情報を補完する近接覚センシング、薄く柔軟なすべり覚センサの研究、これらセンサを取付けたロボットハンドの研究開発など。