センサを利用したスマート農業の現状と今後の動向(1)

三重大学
大学院生物資源学研究科
教授 亀岡 孝治

1.はじめに

データ駆動型アナログ社会(デジタル社会)が深化する中で,地域振興の核となる「スマート農業(デジタル農業)」を起点とする「食・農エコシステム」の構築が求められている。弱者のツールとして情報通信技術(ICT)をとらえ,「儲かる農業」を起点とする,美味しい食を消費者まで繋ぐ理想の「食・農エコシステム」を実現させたいものである。ここでは,圃場ベースの「スマート農業」を中心にその過去・未来について概説した。

2.精密農業からスマート農業へ

2.1 農業における計測と制御

農作物の生育環境計測は可能であるが,制御は不可能である。一方,対象農作物の荒っぽい制御は可能であるが,草丈などの簡単な計測を除けば植物生理・機能などの複雑な計測は極めて難しい。そこで,生育環境制御が可能な施設栽培(植物工場)が登場する。
植物工場は,「完全人工光型」と「太陽光利用型」に大別される。「完全人工光型植物工場」では,太陽光に比べて遙かに小さい人工光量の制約から,栽培農作物はほとんど葉菜類に限定されているが,栽培法の工夫により野菜中のミネラル成分(例えばK)の制御などが可能となる。植物工場では培地・養液栽培,EC(電気伝導度)センサとpHセンサによる生育環境制御で,最適生育環境制御に加え農作物の糖度の制御などが容易になっている。
生育環境制御が必須の植物工場ではセンサが多用されるが,露地栽培でも,近年,生育環境計測に同様のセンサが用いられる。

2.2 精密農業(PA:Precision Agriculture)1)

欧米の大規模圃場を対象に,圃場環境(土壌,雑草など)をトラクター,GPS,衛星リモートセンシングなどを用いて精密に地図情報化し,最終的に農作物の最大収量を実現する農業システムとして1980年代にPAが登場した。現在のEUのPAは「環境への影響を潜在的に削減する一方で,技術投入に対するリターンを最適化する」という目標を達成するために,すべての圃場を対象に,現在の栽培体系のなかで量よりも質の改善を可能にする「センサなどを通して収集された生産に関するデータを基に効率的な生産を目指す」農業システムと定義される。

2.3 スマート農業 1)

日本では,圃場への様々なセンサ導入を目的とする研究開発プロジェクトが世界に先駆けて1997年から2005年まで実施された。この中で,2001年に世界初の農業用センサネットワークであるフィールドサーバ(FS)が開発されるなど,世界をリードする形で「スマート農業」の要素技術が開発された。
EUでは2011年から5年計画の農業分野を含むFI-PPP(Future Internet Public-Private Partnership)プログラムが実施された。その特徴は,「スマート農業」などの実証に必要な,次世代インターネット技術のアプリケーション開発/普及を支えるソフトウェアモジュールの集合体(データ管理,IoTデバイス管理,ビッグデータ分析機能などの基盤ソフトウェア)の分野共通の研究開発を行うFIWAREにある。FI-PPPでは,EUのPAは,「ICTを核とし消費者起点(マーケットイン)で,生産だけでなく経営や市況などあらゆるデータを基に,農業全体(生産・輸送・販売)の効率化を目指す農業でPAもその一部に含まれる」と定義される「スマート農業」に発展的に移行している。さらに現在は,2017年に開始されたIoF(Internet of Food and Farm)2020によるスマート農業起点のフードシステムの実証実験が始まっている。
日本では,2006年以降,前プロジェクトを引き継ぐ農業ICTプロジェクトはしばらく実施されず,2014年のSIPプロジェクトでようやく大規模稲作圃場を主たる対象とする本格的な「スマート農業」プロジェクトが開始され,2019年現在では,SIPの第2フェースとして,EUを後追いする形で「スマート農業」を起点とするフードシステムを対象とするプロジェクトが開始されている。

次週に続く-

参考文献

1) 農業情報学会編(2019):新スマート農業 -進化する農業情報利用-,農林統計出版

【著者略歴】
亀岡 孝治(かめおか たかはる)
1978年,東京大学農学部農業工学科卒業
1980年,同大学院農学系研究科修士課程(農業工学専門課程)修了
1984年,同大学院農学系研究科博士課程修了(農学博士)
1984年,カナダ国サスカチュワン大学工学部農業工学科博士研究員を経て,
1985年,三重大学農学部助手
1988年,三重大学生物資源学部助教授,1998年,教授
研究テーマは、農業ITと農作物・農産物の品質同定のための色彩画像処理とFTIR/ATR法による分光解析
2001年 3月 スウェーデン王国ルンド大学 ケミカルセンター客員教授(10ヶ月)
2004年から2007年まで,理事・副学長(情報・国際交流担当)図書館長、国際交流センター長
2007年から現在,三重大学大学院生物資源学研究科教授
現在の研究テーマは、圃場における農業IoT、農産物・食品・調理におけるマルチ分光センシングの応用。デジタル農業を起点とする食・農エコシステムなど
現在、農業情報学会副会長、一般社団法人ALFAE代表理事
2005年に「農業情報学会顕彰学術賞」、2015年に「農業情報学会功績賞」
2018年に「農作物・農産物のマルチ分光計測」の功績に対して日本農業工学会賞