においセンシングの現状とこれからの展開(2)

(株)島津製作所 分析機器事業部
喜多 純一

2.複合臭とはどういうものか?

複合臭の特徴として、1項ではマスキングを挙げたが、それ以外に、全体のにおい質が、各成分のにおい質からは判定できないという現象がある。その事例として、例えば、レモン、シナモン、ライムの香りを合わせるとコーラの香りになることや、靴下の蒸れた臭いとして有名なイソ吉草酸に、バニラの香りであるバニリンを加えるとチョコレートの香りになるなどがある。

さらに、長谷川ら1)は、図1に示すように、乳香の香りをヘキサン抽出して、それに対してクーゲルロール蒸留を行い、沸点により香気成分を粗く3つのグループに分けると、一番高沸点のグループCについてのみ、乳香の香りであるが、グループAとグループBは乳香とは全く異なるにおいであったと報告している。

図1.乳香の香り

また、グループCについては、そこに含まれるどの成分も乳香のにおいではなく、どちらかというと悪臭の脂肪臭であったということであり、脂肪臭の成分が合わさって、乳香の香りを作り出していることになる。

以上、コーラ、チョコレート、乳香と、どの香りにおいても、におい嗅ぎGCを行ってにおいを嗅いでも、コーラの香りやチョコレートの香り、また乳香の香りは最後まで出てこないということになる。さらに、どのケースにおいても、その香りを作るのに、すべての香気成分が必要なのか、その一部でよいのかについてもにおい嗅ぎGCのみではわからないことになる。

3.複合臭の特徴がみられる要因

複合臭の特徴がなぜ起こるのかについては、まだ明確には解明されていないが、その要因を推測するいくつかの事例がある。
その一つが、Kobi Snitzらの論文2)である。彼らは、二つの複合臭それぞれに含まれる成分の、沸点や分子量などの物理化学的物性値から、計算により二つの複合臭のにおい質の近さ度合いを推定するという試みを行っている。方法としては二つの仮定について比較検討を行っており、その一つの仮定とは、それぞれの複合臭に含まれる1個ずつの2つの成分間の物理化学的パラメータの近さ度合いをすべて加算平均するというものであり、もう一つは、例えばそのパラメータとして3種の物理化学的パラメータを選択した場合には、それぞれのパラメータでできる3種の軸空間を考え、それぞれの複合臭に含まれる各成分の3種のパラメータからベクトルを作成し、それぞれの複合臭でベクトルを全成分で合成し、そのベクトル間の角度から、2種の複合臭のにおい質の近さ度合いを推定している。
結果として、後者の仮定の方が、実際の官能に近かったということである。

もう一つは、香料メーカー等では、複合臭の香りについて、どの成分が全体の匂いに寄与しているかを求めるために、オミッション法というものを昔から利用してきたという事実である。オミッション法とは、その複合臭の成分から1成分ずつ除去していき、除去したことにより、全体のにおい質が変われば、その成分が全体のにおいに寄与していると考え、除去しても、全体のにおい質が変わらなければ、その成分は全体の匂いに寄与していないとする方法である。

先の文献と、このオミッション法が複合臭には使われてきたことから、一つの可能性として、図2に示すように、複合臭の場合には、嗅覚レセプターにそれぞれの成分が個々に応答しているのではなく、複合臭としてにおいを形成している成分群がある程度弱いインターラクションをもって作用しているのではないかと考えられる。

図2.複合臭と嗅覚レセプター

もしそうであれば、複合臭の情報としては、成分に分けた成分分析の情報以外に、嗅覚と同様に、電子鼻の結果のように、成分に分けずに得られる情報も必要になると考えている。

次週に続く-

参考文献

(1)長谷川登志夫:ファインケミカル, vol.43 no.7 (2014) 14

(2)Kobi Snitz etal, PLOS computational Biology 9(9)1 (2013

【著者略歴】
喜多 純一(きた じゅんいち)
(株)島津製作所 分析機器事業部

1.最終学歴
1981年3月 京都大学 工学部 化学工学科卒業
2014年3月 九州大学大学院システム情報科学府電気電子工学専攻博士課程卒業

2.受賞歴、表彰歴
平成13年 におい識別装置FF-1 第4回日食優秀食品機械資材賞受賞
平成19年 におい識別装置FF-2A (社)においかおり環境協会 平成18年度 技術賞
平成23年 電気学会進歩賞受賞
平成26年 希釈混合装置FDL-1を用いた簡易官能評価装置
(社)においかおり環境協会 平成26年度 技術賞
同年 長年におけるにおい識別装置の開発研究
(社)においかおり環境協会 平成26年度 学術賞

○主な研究論文及び著書(レビュー)
J.Kita, etal :Quantification of the MOS sensor based Electronic nose utilizing trap tube,
Technical Digest of the 17th Sensor Symposium,m301 (2000)
島津評論第59巻第1・2号 p.77~85 (2002)
島津評論第64巻第1・2号 p.63~79 (2007)
アロマサイエンスシリーズ21〔6〕におい物質の特性と分析・評価 5章3 半導体センサ(2)
におい香り情報通信 第3章 12.におい測定装置 p.177~p.187
超五感センサの開発最前線 2.3.7 におい識別装置の開発 p.197~p.205
Sensor and Materials vol.26 no.3 2014 149-161
味嗅覚の化学 においセンサおよびにおい識別装置を用いた臭気対策 p.207。
※現在ゴルフにはまってます。