次世代ウエアラブルIoTのための非侵襲バイオセンシング(3)

三林 浩二
東京医科歯科大学
生体材料工学研究所
センサ医工学分野

3.生体ガス成分の高感度バイオセンシング

生体には食物を消化・代謝するだけではなく、その臭気成分を代謝分解する機能が備わっている。この代謝機能を利用することで、嗅覚メカニズムとは異なる「生体機能を利用したガスセンサ」を構築できる。また生体からは疾病や代謝異常に基づき揮発性成分が放出されることから、そのメカニズムに基づきガス成分を測定することで身体の状態やその異常を検知できる。筆者らはこれまでに代謝障害に着目した高感度なガスセンサを開発してきた。例えば、魚臭症候群と呼ばれる遺伝的疾患において、その遺伝的な欠損酵素である代謝酵素を逆に利用することで、魚臭成分であるトリメチルアミンを高感度に計測する「生化学式ガスセンサ(バイオスニファ)」を開発した[4]。また同様に、他の薬物代謝酵素を用いることで、口臭成分:メチルメルカプタンを計測するセンサを開発した[5]。以下に、脂質代謝にかかわるアセトンを計測するバイオスニファと、生体ガスをイメージングできる「可視化計測システム:探嗅カメラ」を解説する。

3.1 脂質代謝評価のための呼気アセトン用バイオスニファ

呼気アセトンガスは、糖尿病患者では健常者より高濃度で、健常者においても空腹や運動において濃度が増加する[6]。例えば、空腹時や有酸素運動では、体内の糖質が不足することで、脂肪組織から血液中に遊離脂肪酸が放出され、β酸化によりアセチルCoAが産生される。そしてアセチルCoAは肝細胞に取り込まれ、ケトン体であるアセトンやアセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸が産生され、ATP生成の経路に向う。生成されたアセトンは揮発性が高く、血液を介して呼気や尿として体外へ排泄されることから、呼気濃度を測定することで、脂質代謝などを非侵襲に評価できる。他方、糖尿病においてもインスリンが機能せず、エネルギー源として脂肪酸を優先的に用いることでアセトン濃度が上昇する。つまり脂質代謝の指標として呼気中アセトン濃度を測定することにより、糖尿病の進行度合や脂肪燃焼状況の評価が可能である[7]
 二級アルコール脱水素酵素(secondary alcohol dehydrogenase, S-ADH) はアセトンの還元反応を行なうことで、電子供与体である還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(reduced nicotinamide adenine dinucleotide, NADH)を酸化し消費する。このNADHは自家蛍光(ex.340nm,fl.491nm) を有することから、その蛍光減少を捉えることでバイオ蛍光法によるアセトン用バイオスニファを開発した。本センサでは、紫外発光ダイオード(UV-LED,λ=335nm)と光電子増倍管(PMT)からなるNADH蛍光検出系に、S-ADH酵素膜を組込み作製した(図4)。酵素膜は、多孔質の親水性膜に生体適合膜ポリマーを用いてS-ADHを包括固定化し作製した後、気液隔膜フローセルの隔膜として取り付け、アセトンガス用バイオスニファとした[8]

図4 アセトンガス用バイオスニファの実験系(左)と
標準アセトンガスに対するS-ADH固定化バイオスニファの出力応答(右)

S-ADH固定化バイオセンサに標準アセトンガスを負荷したところ、図4に示すようにNADHの蛍光出力の減少(図中は差分増加)と濃度に応じた安定値が得られた。定量特性を調べたところ、健常者(200–900 ppb)及び糖尿病患者(>900 ppb)の呼気濃度を含む、20–5300 ppbの濃度範囲でアセトンガスを定量可能であった。次に各種呼気成分を用いて、センサ出力への影響を調べたところ、酵素の基質特異性を基づく、アセトンに対する高い選択性が確認された。
次に開発したセンサにて、呼気中アセトン濃度の計測を行った。上述のように、糖尿病においては呼気中アセトン濃度が増加する[9]。そこで健常者と糖尿病患者を被験者として実験を行った。予め実験の趣旨を説明し同意を得た被験者において、本学医学部・歯学部との共同研究にて実施した(東京医科歯科大学・倫理委員会承認)。図5に、糖尿病患者(加療中)と健常者の呼気中アセトンガスの結果を示す。実験の結果、健常者の呼気アセトンの平均濃度は750ppbで、既報値に準ずる値を示し、年齢ならびに男女での有意差は確認されなかった[10]。一方、患者では1型糖尿病では1641ppb、2型糖尿病では1121ppbでそれぞれ有意差を以って高く、特に1型糖尿病においては健常者の2倍以上の濃度を示した。糖尿病患者ではエネルギー源として脂肪酸を利用することから、呼気中アセトン濃度が増加し、特に1型糖尿病において極めて高い値を示したと考察された。なお未治療の糖尿病患者においては更に高いアセトン濃度に達していると考えられ、また健常者においても、空腹時や有酸素運動時にはアセトン濃度が増加することが報告されおり、呼気アセトン計測は「非侵襲による糖尿病の早期診断」「健常者の脂肪代謝評価」などに幅広く有効であると考えられる。

図5 健常者と糖尿病患者(1型、2型)の各被験者における呼気アセトンの濃度比較

次週に続く-

参考文献

[4] K. Mitsubayashi, Y. Hashimoto; Bioelectronic Sniffer Device for Trimethylamine Vapor Using Flavin Containing Monooxygenase, IEEE SENSORS JOURNAL, 2(3), 133-138, 2002.

[5] K. Mitsubayashi, T. Minamide, K. Otsuka, H. Kudo, H. Saito; Optical bio-sniffer for methyl mercaptan in halitosis, Analytica Chimica Acta 573–574, 75–80, 2006.

[6] Blaikie TP1, Edge JA, Hancock G, Lunn D, Megson C, Peverall R, Richmond G, Ritchie GA, Taylor D., Comparison of breath gases, including acetone, with blood glucose and blood ketones in children and adolescents with type 1 diabetes, J Breath Res. 8(4) 046010, (2014).

[7] Z. Wang, C. Wang, Is breath acetone a biomarker of diabetes? A historical review on breath acetone measurements, J Breath Res. 7(3), 037109 (2013)

[8] Ye M, Chien PJ, Toma K, Arakawa T, Mitsubayashi K, An acetone bio-sniffer (gas phase biosensor) enabling assessment of lipid metabolism from exhaled breath, Biosensors and Bioelectronics, 73, 208-213, 2015.

[9] Li, W.; Liu, Y.; Liu, Y.; Cheng, S.; Duan, Y., Exhaled isopropanol: new potential biomarker in diabetic breathomics and its metabolic correlations with acetone, RSC Adv. 2017, 7, 17480−17488.

[10] Po-Jen Chien, Takuma Suzuki, Masato Tsujii, Ming Ye, Isao Minami, Kanako Toda, Hiromi Otsuka, Koji Toma, Takahiro Arakawa, Kouji Araki, Yasuhiko Iwasaki, Kayoko Shinada, Yoshihiro Ogawa, Kohji Mitsubayashi, Biochemical Gas Sensors (Biosniffers) Using Forward and Reverse Reactions of Secondary Alcohol Dehydrogenase for Breath Isopropanol and Acetone as Potential Volatile Biomarkers of Diabetes Mellitus, Anal. Chem. 2017, 89, 12261-12268.

[11] Wang, X., Ando, E., Takahashi, D., Arakawa, T., Kudo, H., Saito, H., Mitsubayashi, K.: 2D spatiotemporal visualization system of expired gaseous ethanol after oral administration for real-time illustrated analysis of alcohol metabolism, Talanta, 82, 892–898, (2010).


著者紹介
氏名:三林 浩二(みつばやし こうじ)
所属:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 センサ医工学分野

■略歴
1985年3月  豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 修士課程 エネルギー工学専攻 修了
1994年9月  東京大学大学院 工学系研究科 博士課程 先端学際工学専攻 修了(博士[工学])
1998年4月  東海大学 工学部電気工学科 助教授
2003年9月  東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 計測分野(現:センサ医工学分野)教授
2011年    仏国ペルピニアン大学 IMAGES研究所 客員教授
(2008年4月~2011年3月 東京医科歯科大学 評議員)
(2011年8月~2014年3月 同大学 学長特別補佐[評価担当])
(2014年4月~2017年3月  同大学 副理事[企画・大学改革担当])
現在に至る
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学会役員など
2013/1-現在  化学センサ研究会  役員
2016/5-現在  次世代センサ協議会 理事
2012/1-現在  Biosensors and Bioelectronics (@Elsevier) 編集委員
2015/1-現在  Sensors and Materials (@MYU) 編集委員、2017/4-現在 Associate Editor
2017/4-現在  センサ&IoTコンソーシアム会長
など
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2006年  日本機械学会「講演論文賞」
2006年  IEEE Sensors 2006, Best Presentation Award
2011年  電気学会「優秀技術論文賞」
2015年  Runner Up Award、4th International Conference on Bio-Sensing Technology, Lisbon on 10-14 May 2015.
他、多数

■専門分野・研究テーマ
センサ医工学、医療用バイオデバイス、生体情報計測、ユビキタス情報通信、生体応用工学 など