次世代ウエアラブルIoTのための非侵襲バイオセンシング(1)

三林 浩二
東京医科歯科大学
生体材料工学研究所
センサ医工学分野

1. はじめに

医療や健康科学の領域においてウエアラブルデバイス、センサネットワーク、IoT、医療クラウドなどが活性化している。生体情報をリアルタイムで計測するデバイスやセンサ技術が求められているが、今後は生体の化学/生化学情報を捉え、情報化するかが大きな課題である。特に採血などを行なわず、身体を傷つけない「非侵襲的な計測」が有効であり、涙液や唾液、生体ガスなどに含まれる生体情報が注目されている。さらに無意識での生化学モニタリングを実現にするには、身体への装着性や生体親和性に優れたデバイスの開発、そして非接触にて生体情報をイメージングする技術も重要である。もちろん、これらデバイス開発や計測技術には、MEMSやバイオセンサ技術を融合した高機能なバイオデバイスを構築する必要がある。
本稿では涙液や唾液を測定対象として、涙液嚢や口腔などの「窩腔」に装着できる「キャビタス(体腔)センサ」(Cavitas sensors)について解説する。また疾病や代謝由来の生体ガスの高感度計測を目的とし、代謝酵素を利用した生化学式ガスセンサ(バイオスニファ)と生体ガスのイメージングシステム(探嗅カメラ)を紹介し、非侵襲バイオセンシングの可能性を示す。

2. 生体の窩腔に装着するキャビタスセンサ

身体には口腔や鼻腔、咽頭腔、結膜嚢などの窩腔(キャビタス)が多数あり、その窩腔鵜を利用したコンタクトレンズやマウスガードなどすでに広く社会に普及している。これらにセンサ機能を付加することで、涙液や唾液に含まれる生化学的・化学的・生物学的な情報を計測し、健康管理や疾病予防、疾病モニタリングなどの日常医療に応用が可能となる。以下に、結膜嚢に装着可能な「ソフトコンタクトレンズ型グルコースセンサ」と、口腔に装着する「マウスガード型センサ」について詳解する。

2.1 ソフトコンタクトレンズ型グルコースセンサ

糖尿病は罹患者数が年々増加しており、先進国のみならず途上国においても大きな社会問題となっている。血糖値測定では、簡易測定器を用いる自己血糖評価法が一般的であるが、採血は大きな負担であり、感染症などの危険性もある。現在、多様な計測法が検討されているが、血糖値と相関する各種体液(涙液、唾液など)を利用する方法も検討されている。そこで柔軟性に優れたコンタクトレンズ(SCL)形状のバイオセンサを開発し、涙液グルコースの変化をリアルタイム計測し、血糖値評価の可能性を調べた。
SCL型バイオセンサの開発では、眼部に装着して涙液モニタリングを行うことから、医療機器に使われるポリジメチルシロキサン(PDMS)を母材として作製した。次にポリマーレンズに薄膜電極を形成し、電極感応部にグルコース酸化酵素(GOD)を固定化し、グルコースセンサとした[1,2]。電極膜は、コンタクトレンズの凸面に薄膜ステンシルを介して、PtおよびAgをイオンビームスパッタ法にてパターン成膜し、Pt作用電極とAg電極を形成した。酵素の固定化では、生体適合性MPCポリマー(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine polymer)を用いて、GODを電極感応部に固定化し、柔軟なSCL型グルコースセンサとした(図1)。作製したSCL型センサは、コンタクトレンズのみならず電極部も高い柔軟性を有し、曲げ応力に対しても電極が剥離したり、クラックが発生することはなく、コンタクトレンズに高い密着性を維持しており、電気化学計測に用いることができる。本センサの特性を調べたところ、涙液糖濃度(0.05~0.36mmol/L)を含む、0.03~5.0mmol/Lの間でグルコースの定量が可能であった。

図1 ソフトコンタクトレンズ型グルコースセンサの概観写真(右:折り曲げ状態)
 

次に電極、リード線、端子部をPDMSにて一体化したSCL型センサを作製し、感応部を日本白色種家兎の眼部に装着し、涙液グルコースの連続計測を行った。実験では無麻酔の家兎眼部にSCL型センサを装着し、グルコース(1g/体重1kg)を経口投与した後、涙液糖の濃度変化を調べた。なお比較のため耳介静脈より採血し、市販の自己血糖評価キットにて血糖値変化を計測した。図2に家兎での涙液計測の結果を示す。この図からからわかるように、グルコースの経口投与後、血糖値は直ちに上昇を始め、投与後45分頃にピーク値を示したのに対し、SCL型センサでの出力は数分の時間遅れにて血糖値に追従し、ピークに達した後に低下した。本結果より、SCL型センサは涙液糖の濃度モニタリングが可能で、時間的な遅れがあるものの、涙液糖による血糖値評価の可能性が示唆された。今後、薄膜の通信機器やエネルギーシステムの開発などが必要である。なお、開発した技術は生体適合性を要するあらゆる形状のデバイス開発に展開でき、眼部のみならず、皮膚表面や口腔内、さらには体内埋め込み用のデバイスへも展開できる。次節では本技術を発展し、通信回路とバッテリーを組み込んだ無線通信機能付きのマウスガード型センサについて解説する。

図2 OGTT(経口ブドウ糖負荷試験)での家兎涙液グルコース(実線)と血糖値(破線)の変化

次週に続く-

参考文献

[1] M.X. Chu, K. Miyajima, D. Takahashi, T. Arakawa, K. Sano, S. Sawada, H. Kudo, Y. Iwasaki, K. Akiyoshi, M. Mochizuki, K. Mitsubayashi; Soft contact lens biosensor for in situ monitoring of tear glucose as non-invasive blood sugar assessment, Talanta, 83, 960–965, 2011

[2] M.X. Chu, T. Shirai, D. Takahashi, T. Arakawa, H. Kudo, K. Sano, S. Sawada, K. Yano, Y. Iwasaki, K. Akiyoshi, M. Mochizuki, K. Mitsubayashi; Biomedical soft contact-lens sensor for in situ ocular biomonitoring of tear contents, Biomed Microdevices, 13, 603–611, 2011.


著者紹介
氏名:三林 浩二(みつばやし こうじ)
所属:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 センサ医工学分野

■略歴
1985年3月  豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 修士課程 エネルギー工学専攻 修了
1994年9月  東京大学大学院 工学系研究科 博士課程 先端学際工学専攻 修了(博士[工学])
1998年4月  東海大学 工学部電気工学科 助教授
2003年9月  東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 計測分野(現:センサ医工学分野)教授
2011年    仏国ペルピニアン大学 IMAGES研究所 客員教授
(2008年4月~2011年3月 東京医科歯科大学 評議員)
(2011年8月~2014年3月 同大学 学長特別補佐[評価担当])
(2014年4月~2017年3月  同大学 副理事[企画・大学改革担当])
現在に至る
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学会役員など
2013/1-現在  化学センサ研究会  役員
2016/5-現在  次世代センサ協議会 理事
2012/1-現在  Biosensors and Bioelectronics (@Elsevier) 編集委員
2015/1-現在  Sensors and Materials (@MYU) 編集委員、2017/4-現在 Associate Editor
2017/4-現在  センサ&IoTコンソーシアム会長
など
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2006年  日本機械学会「講演論文賞」
2006年  IEEE Sensors 2006, Best Presentation Award
2011年  電気学会「優秀技術論文賞」
2015年  Runner Up Award、4th International Conference on Bio-Sensing Technology, Lisbon on 10-14 May 2015.
他、多数

■専門分野・研究テーマ
センサ医工学、医療用バイオデバイス、生体情報計測、ユビキタス情報通信、生体応用工学 など