インフラ保守におけるレーザーの役割とは(4)

上半文昭
(ウエハン フミアキ)

◆上半文昭(ウエハン フミアキ)
鉄道総合技術研究所 鉄道力学研究部 構造力学研究室 研究室長
東京大学生産技術研究所および鉄道総合技術研究所ユレダス開発推進部地震防災研究室で、鉄道の早期地震検知警報システム、災害予測・復旧支援システムの研究を担当の後、平成13年より鉄道力学研究部構造力学研究室で、鉄道構造物の災害対策、維持管理、鉄道車両の走行安全性向上などに関わる研究開発に従事。 本記事で紹介した「構造物検査用遠隔非接触振動計測システムの開発」で平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(開発部門)等を受賞。博士(工学)。

─実際にはどれくらいの距離を測れるのでしょうか

普及機である「UドップラーⅡ」のレーザー出力は0.6 mWで、市販されているレーザーポインターと同じクラス(クラス2)です。長距離測定を行なう場合は、測定対象に反射材料を取り付けて行なっています。反射材を用いない場合は、きれいなコンクリート面にレーザーをほぼ垂直に照射する場合で測定距離は20~50 mくらいです。普及機なので価格の安い赤色のHe-Neレーザーを用いています。

先ほど長大橋などの検査装置として説明した新しい長距離型のUドップラーは、反射材を使わなくても数百mの長距離測定を行なえる性能があるので、我々は実際に測定距離300 m程度の常時微動測定などに活用しています。赤色レーザーと比べて現状高価な不可視光レーザーを光源として使っており、レーザー出力は10 mWに高まりましたが、不可視光とすることでクラス2を確保しています。

─ドローンを使った研究もされています

ラジコンヘリを活用した岩の非接触振動測定
提供:鉄道総研

そうですね。実は先ほどのレーザーによる非接触測定距離の話題が、我々がドローンを用いた研究を行なうようになったきっかけと大きく関係しています。我々は約10年前からレーザー振動計測で落石発生の危険箇所を見つける検討を行なってきました。鉄道沿線の岩盤斜面からの落石で鉄道に大きな被害が発生することがあり、崩落の危険がある岩塊を見つけることは重要な課題です。

安定した岩塊は殆ど揺れないのですが、不安定化すると常時微動でその固有振動を検出できるようになるので、振動数などから安定性を評価することができます。当時既に振動を測って危険な岩塊を探す研究がなされていましたが、岩に振動計を付けるには急で危険な岩盤斜面に人が登って作業をする必要がありました。そこで、我々の非接触振動測定システムで岩の振動測定作業を安全化する研究に着手しました。

我々のセンサーは岩塊の微小な振動も測れる精度を持っていましたが、岩の表面はレーザーの反射に適しておらず、当時の「UドップラーI」では遠方に位置する岩塊の振動をそのままでは測定できませんでした。そこで岩の表面のレーザー反射性を向上するために、再帰性反射塗料を岩の表面に塗布して測定することにしました。

再帰性反射塗料は、透明な液体に直径数十μm程度のガラスのビーズがたくさん混ざり合った塗料です。ガラスビーズは半球部分にだけアルミを蒸着してあり、レーザーがガラス面からビーズに入射するとガラス面での屈折と、アルミ蒸着面での反射によってレーザーが入射方向に再帰的に反射されるよう物性が与えられたものです。我々は岩に適した再帰性反射塗料を開発して、棒状の治具の先端にスプレー缶を取り付けた装置などを用いて比較的近傍にある岩塊の反射性向上に成功しました。しかし、人が立ち入れる位置から数十m、数百m離れた位置にある岩塊を調査しなければならない場合もあります。

そこで、我々はラジコンヘリコプターで反射塗料を岩に噴き付ける研究を始めました。ヘリコプターの機体前方の映像を操縦者に無線送信して、その映像を見ながらヘリコプターを岩盤斜面に接近させ、目標の岩に再帰性反射塗料を噴射する装置を開発しました。さらに、ラジコンヘリコプターに搭載したステレオカメラで岩の外観情報や形状・寸法を捉える検討もはじめました。周辺の亀裂の分布や、形状・寸法が岩塊の振動に影響しますので、それらの情報も加味することで落石危険度の評価精度の向上を図りました。

岩塊の測量にはステレオ相関法という平行ステレオカメラの視差を利用した手法を用いましたが、ラジコンヘリコプターはドローンのように安定しておらず機体の振動も大きかったので、カメラの防振技術も自分たちで検討しました。

このようにFPVカメラ(一人称視点)を用いた遠隔操縦で空撮や何らかの検査作業を行なうという、昨今、多くの方々がドローンで研究開発を行なっているようなことに、我々は約10年前から取り組んでいた訳です。

その後に登場したマルチコプタードローンはより簡単に操縦でき、より安定して飛行するので、ラジコンヘリコプターと置き換える形で現在のドローンの研究につながった訳です。

現在開発している長距離型のUドップラーは性能向上により、反射塗料を用いなくても遠方の岩の振動を計測できるようになりました。そのため、ドローンは岩盤斜面の計測ではもっぱら岩の形状のステレオ空撮に使用しています。得られた岩の3次元測量結果から岩塊の数値解析(FEM)モデルを作成して、落石危険度の評価の精度を高める検討を行なっています。

─ドローンの登場で状況が大きく変わったということですね

付着走行型ドローン
提供:鉄道総研

その通りです。操縦やメンテナンスが簡単で、飛行時の機体の安定度も高いので様々な用途に応用しやすくなりました。ラジコンヘリコプターだと人によっては何ヶ月練習してもホバリングすらできなかったりしますし(笑)。ただ、ドローンも強風や機体のトラブルで操縦不能に陥るケースがあります。そのようときに鉄道橋の上にドローンが飛んでいってしまうと困ったことになります。架線にドローンをひっかけたり、線路上に落としたり、車両に衝突させたりすると、大変な事故につながりかねません。そのような事態は絶対に避けなければならないので、鉄道分野ではドローンの活用に少し慎重です。既にドローンが配備されている現場もありますが、列車が走っている営業時間帯に使うのではなく、災害が起こって列車が止まっている時の被災状況の調査など限定的な活用が検討されています。

そこで我々は、鉄道橋検査用のドローンとして付着走行型というドローンの開発に取り組んでいます。このドローンは橋桁の下面や高架橋の床版の裏側などの下向きの面にドローンの上昇力を利用して付着し、付着後は電動の無限軌道やタイヤで走行しながら、近接画像撮影や打音検査を行ないます。気流の乱れや機体制御用のGPS信号の途絶が発生しやすい橋の下の空間でも安定した付着走行で移動できるので、ブレの無い近接画像撮影や打音検査を行なうことができ、操縦ミスによるドローンの橋梁上部への侵入リスクも低減できます。

─研究のためにこういった光学機器が欲しいというのはありますか

LDVよりも安価で十分な精度を持った非接触の振動計測装置を開発したいと考えており、画像計測で微小な振動を測れるような装置、しかも対象物にターゲットを取り付ける必要が無い装置が欲しいですね。大型の構造物などにターゲットを付けるのは大変なので(笑)。

我々もビデオカメラを使った手法の開発を検討しています。モアレを使った手法や、4K・8Kのビデオカメラを利用する手法などを検討していますが、コンクリート橋梁などの測定を行なう場合、表面がのっぺりとした鼠色一色で特徴が無いので、振動解析に必要となる複数画像間の相関分析をうまく行なえません。測定用のターゲットなどを設置することなく、コンクリートのような表面の特徴が乏しい対象を、比較的安価なビデオカメラなどで撮影するだけで、振動やひずみの分布などを分析できる技術があれば、すぐにでも採用させて頂きたいと思います。

(月刊OPTRONICS 2017年10月号より転載)