大電流およびAC/DC測定可能な小型コアレス電流センサの開発
Development of Compact Coreless Current Sensor for Large Electric Current and AC/DC Measurement(2)

竹中 一馬(たけなか かずま)
横河電機 マーケティング本部
イノベーションセンター
センシング研究開発部
竹中 一馬

3. 磁気シールドを用いた電流センサ

 上記の位置推定アルゴリズムでは,使用場面の多い往路および復路電流が流れる平行導線を想定していた。そのため,三相モータで使用される三相交流などの測定にはアルゴリズムを拡張する必要がある。そこで,隣接電流による雑音磁界の影響を本質的に小さくするため,位置推定アルゴリズムを固定機構に変更し,磁気シールド内に磁気センサを配置する構造を検討した。図9に磁気シールドを利用した電流センサヘッドの外観図を示す。磁気センサと導線中心からの距離は固定機構により規定される構造とした。この磁気センサでの検知には,測定ケーブルから生じる磁界を磁気シールド内に導入する必要があるため,磁気シールドの下面が一部開口されており,コの字の部分に測定対象となるケーブルを設置する。磁気センサとほぼ同位置に交流測定用の小型コイルを設置することで,ロゴスキーセンサの巻き付けを不要とした。

図9 磁気シールドを用いた電流センサの概観図
図9 磁気シールドを用いた電流センサの概観図

 本磁気シールドの設計にあたり,まずは電磁界シミュレーションを用いて,信号となる磁気シールド内の測定対象導線からの磁界と,雑音となる隣接電流からの外部磁界を求め,信号雑音比(S/N比=Signal-Noise比)を試算した。三相交流の測定を想定し,小型電流センサ用の磁気シールドとして使用上問題がないと考えられるS/N比100を目標とした。シミュレーションには,ANSYS Electronics Desktopの静電磁界ソルバMaxwellを用いた。ここでは,測定対象導線に100 Aの電流が流れた際の磁界を信号とし,隣接導線に流れる際に生じる磁界と同等の磁界1 mTをx,y,z軸の各方向に均一外部磁界として印加し,磁気シールド内の磁気センサで検知した値を雑音とした。 図10にシミュレーション結果を示す。左上図に示すように,磁気シールド内の磁束密度分布は歪むが,シールドの中心軸となるy軸上の信号の磁束密度ベクトルはx方向成分のみとなり,最も効率良く信号を測定できることが示された。このことから,x方向を感磁方向としてシールド中心軸上に磁気センサを設置することにした。また,右上図および右下図に示すように,x,z方向の外部磁界は磁気シールド内にはほとんど加わっていないことが分かる。y方向(左下図)は開口部があるため磁気シールド内部に磁束密度分布が見られるが,磁気センサの感磁方向はx方向であり,雑音成分と垂直方向となるためほとんど影響をうけない。

図10 磁束密度分布
図10 磁束密度分布 左上:測定導線に通電時の磁束密度
右上,左下,右下:それぞれx,y,z方向に外部磁界を印加した際の磁気シールド内の磁束密度

 上記シミュレーション結果をもとに,シールド中心軸の各点におけるx方向の磁束密度からS/N比を導出した結果を図11に示す。上記の通り,y,z方向に関してS/N比を100以上に設定することは容易であり,また,x方向に関してもケーブルからの距離によってS/N比100の確保が可能であることが分かった。

図11 磁気シールド中心軸上の信号雑音比
図11 磁気シールド中心軸上の信号雑音比

 S/N比が最適となるようにセンサ位置を調整した場合の各軸のシミュレーションと実測の結果を図12に示す。磁気シールドの形状と磁気シールド内のセンサの位置を調整したことにより,どの方向でもS/N比が100程度を確保できる小型磁気シールドが実現できた。

図12 各軸の信号雑音比
図12 各軸の信号雑音比

 次に,大電流測定結果について示す。今回,大電流として,500 Arms,50 Hzの正弦波電流を通電して測定を行った。図13に磁気シールド内の小型コイルを用いた際の測定結果を示す。磁気シールドの飽和も見られず,リファレンスであるロゴスキーセンサと同様の正弦波が得られていることが分かる。磁気シールド内の磁気センサを用いた測定でも同様の結果となった。以上より,磁気シールド内に格納した小型コイルや磁気センサを用いても,従来の電流センサと同様に大電流が測定可能であることが分かった。

図13 磁気シールド内の小型コイルによる正弦波電流の測定結果
図13 磁気シールド内の小型コイルによる正弦波電流の測定結果

4. おわりに

 本稿では,平行導線に流れる電流測定を想定した位置推定アルゴリズムを用いた電流センサと,三相交流測定を想定した磁気シールドを用いた電流センサについて説明した。位置推定アルゴリズムを用いた電流センサでは,センサヘッド,信号処理,およびアルゴリズムを組み合わせることで各種電流測定が可能であることを示した。磁気シールドを用いた電流センサでは,形状とセンサの位置を調整することにより,使用上問題のないS/N比を確保できる小型磁気シールドを実現し,内部の磁気センサおよび小型コイルにて大電流測定が可能であることを示した。 これらの技術を用いることにより,磁気コアを用いない新たな電流センサを実現したいと考えている。今後は,1000Aの大電流測定,数十kHz以上の高周波測定,三相交流電流の測定などを行い,実用性について検証を進める。



【著者紹介】
竹中 一馬(たけなか かずま)
横河電機株式会社
マーケティング本部 イノベーションセンター
センシング研究開発部
センシングシステムグループ長

■略歴
2004年 東京大学大学院工学系研究科
修士課程修了(機械工学専攻)
2006年 横河電機株式会社 入社
2011年 NMEMS技術研究組合 出向
2015年 横河電機株式会社 帰任 現在に至る

これまでにEV/HV用コアレス電流センサ、磁気分布測定用センサ、単結晶ダイヤモンドを用いた圧力センサ等の研究開発に従事。近年ではCCU(Carbon dioxide Capture and Utilization)やリチウムイオン電池に関連する研究テーマに従事。2015年より東京大学非常勤講師。技術経営修士(MOT)。