次世代映像技術「空中映像・空中ディスプレイ」の開発(1)

前田 有希(まえだ ゆうき)
(株)パリティ・イノベーションズ
取締役研究開発部長
前田 有希

1.はじめに

 サイエンス・フィクションの作品では何もない空中に映像を表示しているシーンが度々登場する.このような空中映像・空中ディスプレイは長年、実現が待ち望まれてきたが、近年の光学技術の進歩により量産可能な製品が登場しており、市場導入が進みつつある.特に、応用製品である非接触空中スイッチ・空中タッチディスプレイは指が直接装置に触れることが無く、手指衛生性が保たれることが期待されており、感染症の接触感染対策として期待されている.株式会社パリティ・イノベーションズでは空中映像のコア技術となる「2面コーナーリフレクタアレイ」を世界で初めて実現した空中映像表示素子「パリティミラー」の開発を行ってきた1-4)。本稿では、パリティミラーによる空中映像表示の原理、および非接触空中スイッチへの応用などの最新の開発状況について解説する.

2.パリティミラーによる空中映像結像原理

 パリティミラーは2 面の垂直鏡面が直行配置された状態、すなわち2面コーナーリフレクタを、等間隔で平面内にアレイ配置した構造となる「2面コーナーリフレクタアレイ」である。2面コーナーリフレクタアレイは2通りの実現方法があり、
 Ⅰ.矩形開口の垂直側壁を反射面とする
 Ⅱ.透明材料により作られた凸状の直方体を反射面として用いる
が挙げられる.現在のパリティミラーは主にⅡ.を用いており、本稿では後者について説明する。図1に俯瞰視点の模式図を示す.図1中の2面コーナーリフレクタの寸法は一例であり,所望の光学特性に合わせて設計・変更可能である.垂直鏡面に金属反射膜等は設けられておらず,全反射により光線は反射される.また,製造工程における必要性から垂直鏡面の反対側にはテーパー面が設けられており,テーパー面は空中映像の結像に用いることはできない.

図1 パリティミラーの構造模式図.
図1 パリティミラーの構造模式図.

 図2(a)に示すように,パリティミラーを上面方向から見たとき,2面コーナーリフレクタに入射した光線の一部は各垂直鏡面で 1 回ずつ,合計 2 回反射されて出射する.このとき光線の入射角度Φinと出射角度Φoutの関係は,
Φout = Φin -(2θ - 180°)(1) となる.従って,θが 90°のときΦout = Φinとなり,入射光の面内成分が反転される.図2(b)に示すように各2面コーナーリフレクタで上述の反射が起きることにより,光線は光源と同じ位置に集光,結像する.

図2 光線の模式図(上面図).
図2 光線の模式図(上面図).

 一方,図3に示すように側面断面方向から見ると,底面から入射した光線の一部は垂直鏡面で反射されて頭頂部から出射することで,光源と面対称な位置に集光・結像する.なお,簡単のため図3では光線の入射時および出射時の屈折は省略して描いている.

図3 光線の模式図(側面図).
図3 光線の模式図(側面図).

 これらを合わせて考えると,図4に示すように,光源の面対称位置に空中映像が結像される.2面コーナーリフレクタアレイは光線を細かく分割して1点に集めているため波面レベルで結像しているわけではないという点に注意が必要である。人の目で見て空中映像と認識させる目的においては光線の分割を十分細かくする必要があり、隣り合う2面コーナーリフレクタのピッチは、例えば300μm程度など十分細かく設定する必要がある。ただしピッチを細かくしすぎると、光が狭い矩形開口を通り抜けることになるため、回折による広がりの影響を受け、いわゆる“画像ボケ”に繋がる。2面コーナーリフレクタアレイを含む空中映像光学系による点像広がりに関する解析はいくつかの文献で報告されている5-7)

図4 2面コーナーリフレクタアレイによる結像の模式図
図4 2面コーナーリフレクタアレイによる結像の模式図

 次に、実際の使用場面を考えると、天井灯などの環境光が存在することが一般的である。この場合、図5(a)に示すように2面コーナーリフレクタアレイの素子表面、特に溝部分で乱反射が発生し、空中映像のコントラストを低下させる.この対策として、図5(b)に示すように、溝部分に入る光を吸収する遮光マスクを設けることによりコントラスト低下を防ぐことができる。ただし、遮光マスクは2面コーナーリフレクタアレイの側壁における全反射を阻害するものであってはならない。輝度計による計測結果では, 図5(b)は図5(a)と比べて約3倍のコントラスト値を得ることができ,オフィス照明環境程度であれば問題なく空中映像を観察することができる.

図5 環境光が存在する場合の空中映像表示.(a)遮光処理なし.(b)遮光マスク有.
図5 環境光が存在する場合の空中映像表示.(a)遮光処理なし.(b)遮光マスク有.

 パリティミラーは上述の2面コーナーリフレクタアレイ構造を樹脂成形で実現したものである。図6に示すように、本稿執筆時点では最大で380mm角サイズの成形に成功しており,13インチ程度の液晶ディスプレイなどの光源を映像ソースとして用いることができる.全体的に黒色をしているのは、前述の遮光マスクを設けているためである。

図6 パリティミラー実物写真。左:380mm角サイズ。右:300mm角サイズ。
図6 パリティミラー実物写真。左:380mm角サイズ。右:300mm角サイズ。


次回に続く-



参考文献

  1. 前川聡ほか,“微小 2 面コーナーリフレクタアレイを用いた面対称結像光学素子: 実像を結像する「鏡」,”映像情報メディア学会技術報告 30, pp. 49-52 (2006)
  2. S. Maekawa et al., “Transmissive Optical Imaging Device with Micromirror Array,” Proc. SPIE 6392, 63920E (2006).
  3. S. Maekawa et al., “Advances in Passive Imaging Elements with Micromirror Array,” Proc. SPIE 6803, 68030B (2008).
  4. 前田有希,“2面コーナーリフレクタアレイによる空中ディスプレイ,”映像情報メディア学会誌, Vol. 75, No. 2, pp.194 – 197 (2021).
  5. S. Yokoyama et al., “Imaging Characteristics of Array of Dihedral Corner Reflectors by Use of Gaussian Beam Decomposition’,” Proc. of IDW’10, pp. 1249-1250 (2010).
  6. 仁田功一ほか,“コーナーリフレクターアレイ結像素子の結像特性における素子形状の影響”,3 次元画像コンファレンス 2012 講演論文集, pp. 164-167 (2012).
  7. Norikazu Kawagishi et al., “Aerial image resolution measurement based on the slanted knife edge method,” Opt. Express 28, 35518-35527 (2020).


【著者紹介】
前田 有希(まえだ ゆうき)
(株)パリティ・イノベーションズ 取締役研究開発部長

■略歴
2015年3月 大阪市立大学大学院 工学研究科 後期博士課程 電子情報系専攻修了
2015年4月 株式会社パリティ・イノベーションズ 入社
パリティミラーを用いた空中映像表示技術の研究開発に従事。
一般社団法人 日本光学会 情報フォトニクス研究グループ所属(産学官連携担当幹事)