1. はじめに
近年、無線通信技術の発達により、身の回りにある様々なものがインターネットと繋がり多様な情報を入手可能なIoT (Internet of Things) 時代が到来した[1,2,3]。これにより、クラウドの潤沢な計算資源とエッジの多様な情報を活用することで、様々なサービスが実現可能になる。自動飛行ドローンは次世代アプリケーションの1つとして大きな注目を浴びている[4,5]。自動飛行ドローンを利用するメリットは、作業を自動化できること、人が立ち入れない場所にも入れることである。そのため、自動化された荷物配送や肥料の自動散布、上空からの撮影や危険物への接写等の様々な目的での利用が検討されている[6,7,8,9]。
このような自動飛行ドローンを安全に運用するためにはIoTの恩恵を受けてクラウドと連携した高度な飛行管制が重要である。既に1km2の範囲内で100機のドローンを衝突させること無く制御することに成功した例が報告されている[10]。また飛行中の障害物に関しても、イベントカメラなどを用いて低遅延での物体認識を行うことでその回避が可能となっている[11]。
自動飛行ドローンは自動運転車と比較して実現するためのハードルが非常に高い[12]。例えば経路決定において、自動運転車は地図を用いて二次元的に経路決定を行うのに対して、自動飛行ドローンは飛行高度設定が自由であり三次元的な経路決定を行うため解空間が膨大である。加えて、運行中に発生する障害要因は自動飛行ドローンの方が圧倒的に多い。自動運転車の障害要因としては車体トラブルや路上の障害物との衝突が考えられる。それに対し、自動飛行ドローンでは電波消失やGPSの故障、カメラの故障などの機体トラブルや全方向からの障害物に加えて、ゲリラ豪雨や突風などの気象環境の急変によって飛行不能な状況に陥るケースも考えられる。これらの障害は飛行状況によってさまざまな発生パターンが考えられいつ発生するかも全く分からない。このように様々な障害の可能性があり、経路選択の制約が緩い自動飛行ドローンにおいて、すべての障害要因を事前に想定して回避することは不可能である。
加えて、これらの事態の対応に許される時間はとても短い。自動車の急ブレーキを例に挙げると、ドライバーが急ブレーキを踏むまでの意思決定には約1秒間を要することが報告されている[13]。もし人と同程度の意思決定を自動飛行ドローンでも実現するならば、先に述べた事象の対応に許される処理時間は約1秒間となる。しかし、クラウドで処理を行う場合、通信遅延の影響は避けられず、通信遅延も含めて約1秒間という時間で結果を得ることは現実的に極めて困難である[14]。
自動飛行ドローンの高信頼化のためには、高信頼化を実現するさまざまなアプリケーションとそれを処理するエッジ・クラウド間の高度な連携が必要である。そこで本稿では、エッジ・クラウド連携に関する最先端の研究事例を紹介するとともに、我々の研究グループで取り組んでいるタスクマッピング手法の一例を紹介し、今後の方向性について述べる。
2. エッジ・クラウド連携に関する研究動向
IoTの普及によりエッジとクラウドの連携の重要性が広く知られている。クラウドサーバは、IoTデバイスよりもはるかに潤沢な計算資源とストレージ資源を持っているため、計算集約型のタスクをクラウドサーバに移行することでIoTデバイスの軽量化に大きく貢献する。クラウドサーバ上で計算するために、IoTデバイスとクラウドはMAUI[15]やThinkAir[16]などのオフロード・フレームワークを動作させる必要がある。これらのフレームワークにより、IoTデバイスはさまざまなタスクを状況に応じて異なるアーキテクチャを持つクラウドサーバにもオフロードできる。
しかし、クラウドサーバはIoTデバイスから論理的・空間的に離れているため通信遅延の増大が課題として知られている。このような通信遅延がIoTデバイスの性能の大きなボトルネックとなっており、時にはシステム全体に致命的な影響を及ぼす場合もある。自動飛行ドローンにおいては、このような通信遅延の増大により致命的な事態に陥ることもあり、通信遅延を如何に小さくするか、通信遅延が大きくなったとき如何に被害を最小に抑えるかの研究が盛んに行われている[17]。
Tongらは、エッジデバイスとクラウドサーバの間に複数のサーバを階層的に配置することで通信遅延時間を抑えつつクラウド資源を効率的に活用する手法を提案した[18]。この手法ではエッジデバイスとの通信遅延時間ができるだけ小さくなるよう下位階層のサーバは人が集まりやすい場所に設置される。下位階層のサーバの計算資源が枯渇すると、より潤沢な計算資源を有する上位サーバへと順にオフロードすることでピーク時も効率的にタスク処理が可能である。
Dinhらは、タスクマッピングとCPU周波数を協調して最適化することによりIoTデバイスの消費エネルギーとタスクの実行時間を最効率化する手法を提案した[19]。従来のIoTデバイスのタスクオフロードに関する研究では消費エネルギーとタスクの実行時間のいずれかのみの最適化が一般的であるが、Dinhらの手法は同時最適化を可能としている。
Liらは、タスクの通信遅延制約を考慮して各タスクが最大許容遅延時間前にサービスを提供できることを保証しながら、タスクオフロードのコストを最小化する手法を提案した[20]。この手法ではタスクをハードデッドラインかソフトデッドラインかで分類し、ハードデッドラインなタスクは優先的に計算資源が割り当てられる。これにより、最大許容遅延時間を満たしたタスクオフロードが可能となる。
これらの研究はIoTシステムの通信遅延に関する課題をさまざまな方向から解決するものである。これらの研究では与えられたすべてのタスクは実行することが大前提となっており、そのための方策を提案している。一方、ドローンの高信頼化の観点では、通常時に実行していた全てのタスクを緊急時にも全て実行することは必ずしも重要ではなく、重要 度の高いタスクのみを確実に実行して致命的な状況さえ回避できれば良いという考え方もある。次章では我々の研究グループで取り組んでいるタスクマッピング手法の一例を紹介する。
次回に続く-
参考文献
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【著者紹介】
吉本 丈(よしもと じょう)
大阪大学 大学院情報科学研究科 博士前期課程
■略歴
2020年3月 大阪大学 工学部 電子情報工学科 卒業
2022年3月 大阪大学 大学院情報科学研究科 博士前期課程修了
IoTシステムの設計技術に関する研究に従事。
谷口 一徹(たにぐち いってつ)
大阪大学 大学院情報科学研究科 准教授
■略歴
2002年3月 石川工業高等専門学校 電子情報工学科 卒業
2004年3月 大阪大学 基礎工学部 情報科学科 卒業
2006年3月 大阪大学 大学院情報科学研究科 博士前期課程修了
2007年〜2008年 Katholieke Universiteit Leuven (IMEC)にてInternational Scholar
2009年3月 大阪大学 大学院情報科学研究科 博士後期課程修了、博士(情報科学)
2009年4月〜2017年1月 立命館大学理工学部 助教及び講師
2017年2月 大阪大学大学院情報科学研究科 准教授、現在に至る
VLSI設計技術、システムレベル設計方法論、低消費電力設計技術、サイバーフィジカルシステム設計方法論、次世代アプリケーションなどに関する研究に従事。IEEE、ACM、電子情報通信学会、情報処理学会 各会員。