ボールSAW微量水分計(1)

ボールウェーブ(株)
代表取締役社長
赤尾 慎吾

1. はじめに

 最先端半導体製造に用いられる材料ガスやプロセスガスの水分コンタミは、歩留まりやスループットに直接影響を及ぼす。また、天然ガスのパイラインシステムの品質管理には、天然ガス混合物中の微量水分の測定が重要である。これらでは高速な応答と高い信頼性に加え、さまざまな種類のガス中における水分の監視が要求される。現在市販されている微量水分計に、キャビティリングダウン分光法(CRDS)やチルドミラー式 があるが、前者は主に高純度単一ガス中の微量水分の検出に用いられてきおり、後者は長期安定性と再現性に優れ、分解能も高いものが多いが、微量ガスに対する応答時間が長いためオンライン計測には不向きである。そこで、我々はこれまで球状弾性表面波素子(ボールSAW素子)表面に非晶質シリカ感応膜を成膜した0.2 ppbvの検出限界を示す微量水分計FT-700WT (FalconTrace)と1 ppmvにおいて応答速度1秒以内のFT-300WT (FalconTrace mini)1-4)を開発した。

2. 遅延時間変化の周波数差分を用いたセンサ温度補償

 遅延時間変化の周波数差分を得るため、直径3.3 mmの水晶を用いた基本周波数80 MHzと3倍高調波240 MHzの同時励振を可能にしたボールSAW素子に、ゾルゲル反応によって合成したSiOx溶液を塗布した1)。このボールSAW 微量水分計は、図1に示すように拡散管法5)に基づいて微量水分発生装置に接続された。微量水分発生装置は希釈系によりppbvオーダーの微量水分を付加した窒素を流量0.1 L/min供給することができる。ボールSAW 微量水分計の下流にCRDS6)(Tiger Optics社製、HALO 3 H2O)を接続した。ボールSAW微量水分計のガス圧は、CRDSの内蔵圧力調整器により130 kPaに調整された。

図1 ボールSAW微量水分計とCRDSの比較実験
図1 ボールSAW微量水分計とCRDSの比較実験

 微量水分の測定結果を図2に示す。3時間ごとに徐々に水分濃度が上昇し、減少している。図2(a) は80 MHz と240 MHz での遅延時間応答である。水分濃度80 ppbv以上での応答は明瞭であるが、温度ドリフトにより乱れていることがわかる。SAWセンサの応答は温度依存性があるため、温度効果の補償が課題となる。そこで2つの周波数でセンサ温度を補償するモデルについて紹介する。
SAWセンサの周波数 および周波数 における相対的遅延時間変化 (DTC)および

で与えられる4)。ここでB(T) は感度因子wはガス濃度G(w) はwの関数、Tはセンサ温度、TREFは基準周波数、A1,A2は周波数1, 2における音速の温度係数である。低濃度領域の微量水分計では、である。
 式(1), (2)より、圧電結晶の温度係数による温度依存性を補償した、濃度による遅延時間変化は

 濃度によらず温度のみによる遅延時間変化は

となる。ここで、C=A1/A2である。
 図2 (b)は上記のモデルを適応した微量水分応答の遅延時間差分出力である。周波数差分法を用いた温度補償により、6 ppbvと19 ppbvでも応答は明瞭であった7,8)。図2 (c)は、市販の微量水分計の中で最も高感度かつ高精度であることが認められている CRDS を用いて測定した応答である。ボールSAW微量水分計は全水分濃度域においてとCRDSと同様の応答を示した。
 ボールSAW微量水分計の応答はCRDSの応答より速く、水分濃度を400 ppbvから810 ppbvに変化させたときの10〜90 %の応答時間はボール SAW センサと CRDS の応答時間はそれぞれ90 秒と780 秒であった。ボールSAWセンサの前に接続した場合のCRDSの応答時間はこのケースと同様であったため、CRDSの応答時間はボールSAWセンサに制限されないと考えられる。この応答時間の差は,CRDSとボールSAWセンサのセルのキャビティの容積の差に起因すると考えられる.

図2 微量水分測定 (a) ボールSAW微量水分計の出力の生信号 (b) 温度補償されたボールSAW微量水分計 (c) CRDS
図2 微量水分測定 (a) ボールSAW微量水分計の出力の生信号
(b) 温度補償されたボールSAW微量水分計 (c) CRDS

 遅延時間変化と濃度の関係を図3に示す2)。図中、白丸はSiOx感応膜を有するボールSAWセンサの4回繰り返しの結果である。図中、三角は微量水分応答の発見に至った水晶表面にダメージを設けたセンサの結果である。実線と点線は、それぞれ実験結果と実効値ノイズの3倍値に最小二乗フィッティングして外挿した線を示す。同じ測定系で感度が2桁向上し、検出限界は0.2 nmol/mol(ppbv)となった。なお,CRDS の検出限界は 0.1 ppbv オーダーであり、これらの結果から、ボールSAWセンサの感度は、CRDSと同程度にできることが示された。さらに、SiOx膜をコーティングしたボールSAWセンサのデータは、10 ppbvレベルまで平方根関数にフィットすることが示された。この平方根依存性は、水分子とシリカ格子の反応モデルを検証するための鍵になる4)

図3 遅延時間の校正曲線と感度
図3 遅延時間の校正曲線と感度


次回に続く-



参考文献

  • 1) K. Takayanagi, et al.: Mater. Trans. 55 (7) (2014) 988.
  • 2) S. Hagihara, et. al :Jpn. J. Appl. Phys.57 (2014) 07KD08.
  • 3) N. Takeda, et al. :J. Thermophysics .36 (7) (2015) 1-13.
  • 4) K. Yamanaka, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 56 (2017)
  • 5) H. Abe, et al: Synthesiology 2 (2009) 223-236.
  • 6) H. H. Funke, et al: Rev. Sci. Instrum.74, 3909 (2003).
  • 7) A. Witkowski, et al: J. Press. Vessels Pip. 166 24 -34 (2018)
  • 8) K. Yamanaka, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 58 (2019) SGGB04


【著者紹介】
赤尾 慎吾(あかお しんご)
ボールウェーブ株式会社 代表取締役社長

■略歴
1997年 東邦大学理学部物理学科卒業
1999年 筑波大学大学院理工学研究科修了
凸版印刷株式会社入社総合研究所配属。
2009年 東北大学大学院工学研究科材料システム工学専攻博士課程後期終了
東北大学未来科学共同研究センター客員准教授
2014年 東北大学未来科学共同研究センター特任准教授として参画
2015年 ボールウェーブ株式会社設立、代表取締役社長
現在に至る