超音波による薄型可変焦点レンズ(1)

小山 大介
同志社大学 理工学部
教授
小山 大介

1.はじめに

 昨今スマートフォンにおいて,カメラ性能はその製品のスペックを代表する重要な要素の一つであり,一固体に複数個のカメラを搭載することは常識となりつつある.一方で,カメラ性能の向上はカメラモジュール全体,すなわち製品サイズの増大に繋がるというトレードオフが存在し,レンズ部分が製品中の最厚部となるケースは少なくない.この様なスマートフォンなどの電子機器に搭載されるカメラモジュールは,一般的に複数枚のガラスもしくはプラスチック製の固形レンズから成る.また焦点位置を画面奥行き方向(光軸方向)に移動させる場合,これらのレンズのうちのいくつかを光軸方向に動かす必要があり,そのためのアクチュエータも搭載する必要がある.そのため,機械的可動部を有する現在主流のカメラモジュールでは将来的な小型・薄型化には限界がある.またモジュール内の部品数の増加はサイズの問題のみならず,製造コスト,ロバスト性,製品寿命の観点からも今後改善すべき項目と言えよう.一方で,ご存じの様に我々人間の眼はレンズの役割を果たす水晶体を毛様体筋によって変形させ,その焦点距離を瞬時に変化できる可変焦点レンズである.この様にレンズの位置を動かすことなく,レンズ形状を変化させることにより焦点距離を制御可能な可変焦点レンズは,これまでいくつかの研究グループによって報告されている.本稿では,これまでに我々のグループが開発してきた超音波を用いた可変焦点レンズについていくつか紹介する.

2.液体レンズ

 機械的可動部を持たない可変焦点レンズの代表的なものとして,いわゆる“液体レンズ”が挙げられる.液体レンズでは水と油の様な,混ざり合わず,屈折率が異なる2液の界面をレンズとして用いる.すなわち2液界面が凹型(もしくは凸型)であれば,高校物理で学ぶ単純なスネルの法則に従ってレンズ透過光を集束(もしくは発散)可能で,2液の屈折率差を利用して光学設計を行うことができる.これまでに発表されている液体レンズでは,この2液界面形状を何らかの手法によって変形することで可変焦点機能を生み出しており,その中でも金属導体に電圧を加えることにより,その表面の濡れ性を変化させる手法(エレクトロウェッティング)を利用したものが多く,入力電圧によって2液体と電極の接触角,すなわちレンズ形状を制御している.焦点移動距離にも依るが,その応答時間(液体レンズの場合はレンズ変形に要する時間)は液体の物性やレンズ形状に依存するものの数10 msであり,この値はアクチュエータを搭載する現在の汎用カメラモジュールとほぼ同等である.他にも圧力発生機構を利用した高速応答レンズなども報告されているが,別途アクチュエータやコンプレッサ等が必要となり大型化する傾向がある.これに対し我々のグループではこれまでに,音波の放射力(音響放射力)を利用することにより,小型かつ高速応答性を有する液体レンズを開発している1-4)
 図1は超音波液体レンズの構造であり,円筒ケースの一端にリング形状の圧電超音波振動子を接着し,振動子中央部に水滴半球を形成させた後,その周囲を水と屈折率の異なるシリコーンオイルで満たしている.ケースのもう片端および振動子中央はガラス板によって密閉することにより,外部からケース内に気体が流入することなく2液で満たされた状態となり,レンズ内を光軸方向に光が透過する.レンズは密閉されており,水半球がリング型振動子の中央部に注入されているため,レンズを傾けたり反転しても重力の影響によるレンズ形状の変化はほとんどない.レンズに連続正弦波の電気信号を入力すると,振動子からレンズ内液体に向かって超音波が放射され,2液界面には音響放射力が働く.音響放射力とは入力電気信号に同期する時間変動を伴う圧力変動(すなわち一般的な音波)ではなく,異なる媒質間の音響エネルギー密度の差によって生じる時間平均的な静圧(直流成分の圧力)である.この液体レンズの場合,レンズはオイル側から水側に静的に変形する.
 図2は周波数1.62 MHzで駆動した場合のレンズの形状と透過光の変化である.超音波駆動に伴って発生する音響放射力によって,レンズ(2液界面)はオイル側から水側に向かって変形し,左側から右側に向かってレンズに入射した光が2液界面において屈折した後集束することがわかる.すなわち,入力電圧振幅値によってレンズの焦点距離を制御することが可能となる.また液体粘性を最適化することにより,アクチュエータなどによる従来型カメラモジュールに比べて1桁程度速い応答速度(応答時間6.7 ms)を実現できる.

図1 超音波液体レンズ
図1 超音波液体レンズ
図2 超音波液体レンズの動作のようす.水・オイル界面が変形し,透過光が集束する.
図2 超音波液体レンズの動作のようす.水・オイル界面が変形し,透過光が集束する.

3.ゲルレンズ

 上記の液体レンズは著者らのグループのものも含めて,その動作特性はレンズ内の液体粘性に大きく依存するため環境温度の影響を受けやすい.また,長期間の使用に伴い液体の溶存気体がレンズ内に気泡として発生したり,2液の混合(乳化)によってレンズが曇るなどの問題点がある.これらの問題を解決するレンズとして,透明粘弾性体を用いたゲルレンズが報告されている5-9)
 図3は著者らが開発した超音波ゲルレンズであり,他の液体レンズやゲルレンズと比較してより単純な構造で小型・薄型化を実現できる.ゲルレンズはリング型の超音波振動子の片端に高分子フィルムなどの透明弾性板を接着し,振動子の中心部にレンズの役割を果たす透明粘弾性材料であるシリコーンゲルを充填している.弾性率変化の温度係数が小さいゲルを選定することにより,より広い環境温度での使用が可能となるが,圧電振動子の温度特性も考慮する必要がある.ゲルの片面は周囲空気に直接触れる構造であるが,適切な粘弾性を持つゲルを選定することより,レンズを傾けても重力によってその形状はほとんど変化することはない.このゲルレンズを共振周波数(226 kHz)で駆動すると,ゲル表面にはゲルから周囲空気に向かって音響放射力が作用し,ゲル中心は凸状に変形する.これは,ゲル内の超音波のほとんどがゲル表面で反射し,ゲル内の音響エネルギー密度が周囲空気よりのそれよりも大きいためである.超音波液体レンズと同様に,連続正弦波を印加し続けることにより,レンズの変形は静的に保たれる.
 図4(左)はレンズの入力電圧振幅を変化した場合のレンズ形状と透過光の様子を表しており,レンズ表面の変位は入力電圧に伴い増加し(21 Vpp入力時の最大変位は150 µm),レンズは凸レンズとして働き透過光は集束する.
 図4(右)は駆動電圧振幅値と焦点距離の関係を表しており,電圧の増加に伴い凸レンズの曲率半径は小さくなり,焦点距離はレンズ側に近づくことがわかる.
 図5はゲルレンズを通して得られた光学顕微鏡画像である.時間t = 0 sにおいて信号入力を開始し,テストターゲット(ゲルレンズから10 mmの位置)からからツバメマーク(同23 mm)までおよそ0.3 sで焦点が移動する.ゲルレンズの応答時間はその粘弾性に依存するため,液体レンズのそれに比べて一桁程度遅いものの,単純構造であるため小型・薄型化が容易であり産業用途としてのメリットは大きい.

図3 超音波ゲルレンズ
図3 超音波ゲルレンズ
図4 左)超音波ゲルレンズの動作のようす 右)レンズ入力電圧と焦点距離の関係
図4 左)超音波ゲルレンズの動作のようす 右)レンズ入力電圧と焦点距離の関係
図5 超音波ゲルレンズの動作のようす.焦点位置がターゲットからツバメに移動する.
図5 超音波ゲルレンズの動作のようす.焦点位置がターゲットからツバメに移動する.


次回に続く-



参考文献

  1. D. Koyama, R. Isago K. Nakamura, Compact, high-speed variable-focus liquid lens using acoustic radiation force, Opt. Express, Vol. 18, No. 24, pp. 25158-25169 (2010)
  2. D. Koyama, R. Isago K. Nakamura, Liquid lens using acoustic radiation force, IEEE Trans. Ultrason., Ferroelect., Freq. Contr., Vol. 58, No. 3, pp. 596-602 (2011)
  3. D. Koyama, R. Isago K. Nakamura, High-speed focus scanning by an acoustic variable-focus liquid lens, Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 50, No. 7, pp. 07HE26-1-5 (2011)
  4. D. Koyama, R. Isago, K. Nakamura, Three-dimensional variable-focus liquid lens using acoustic radiation force, IEEE Trans. Ultrason., Ferroelect., Freq. Contr., Vol. 58, No. 12, pp. 2720-2726 (2011)
  5. D. Koyama, R. Isago, K. Nakamura, Ultrasonic variable-focus optical lens using viscoelastic material, Appl. Phys. Lett., Vol. 100, No. 9, p. 091102 (2012)
  6. D. Koyama, M. Hatanaka, K. Nakamura, M. Matsukawa, Ultrasonic optical lens array with variable focal length and pitch, Opt. Lett., Vol. 37, No. 24, pp. 5256-5258 (2012)
  7. D. Koyama, Y. Kashihara, M. Hatanaka, K. Nakamura, M. Matsukawa, Movable optical lens array using ultrasonic vibration, Sens. Actuators A, Phys., Vol. 237, No. 1, pp. 35-40 (2016)
  8. D. Sakata, T. Iwase, J. Onaka, D. Koyama, M. Matsukawa, Varifocal optical lens using ultrasonic vibration and thixotropic gel, J. Acoust. Soc. Am., Vol. 149, No. 6, pp. 3954-3960 (2021)
  9. S. Taniguchi, D. Koyama, K. Nakamura, M. Matsukawa, Fabrication of an optical lens array using ultraviolet light and ultrasonication, Ultrasonics, Vol. 58, No. 4, pp. 22-26 (2015)


【著者紹介】
小山 大介(こやま だいすけ)
同志社大学 理工学部 教授

■略歴
2005年同志社大学大学院工学研究科博士後期課程修了(博士(工学)).同年東京工業大学精密工学研究所助手,2011年同准教授.2012年同志社大学理工学部准教授,2018年同教授,現在に至る.
これまで超音波と光を用いた波動応用デバイス,特に超音波アクチュエータや医用デバイスに関する研究に従事.2008年日本音響学会粟屋潔学術奨励賞,2013年エヌエフ基金研究開発奨励賞優秀賞,コニカミノルタ画像科学奨励賞(優秀賞),2016年文部科学大臣表彰若手科学者賞など各賞を受賞.IEEE,日本音響学会,応用物理学会,電子情報通信学会会員.現在Nature Publishing GroupのScientific Reports誌編集委員を務める.