CdTeを用いた次世代X線イメージセンサ(1)

(株)ANSeeN 代表取締役
小池 昭史

1.はじめに

 X線が発見されたのは1895年であり、物体を透過する特性をもつことから医療などでよく用いられており、レントゲンの名称で広く知られている。X線は可視光と同じ電磁波であるため、フィルムで感光することが可能であることから発見以来、様々な分野で内部状態の検査を目的とした透過像撮影に活用されてきた。医療以外では手荷物検査に代表されるセキュリティチェックや、食品異物検査、建造物検査、溶接検査などが主要な用途である。
 近年では、工業製品の生産時の検査として可視光だけでは実現できない内部状態の確認のために用いられ始めており、特に電子デバイスの回路基板の実装不良検査などで有用性を示している。今後の社会では、従来は人間が担っていた製造やメンテナンスをロボット等の機械が担っていくことが期待されており、人間の五感を超えたセンシングの拡張は重要な要素となっている。
 株式会社ANSeeNは半導体プロセス技術や独自信号読出回路の設計技術、大面積実装技術を組み合わせて化合物半導体を用いたX線イメージセンサの開発を行っている。これまでにCdTeやTlBr等を活用したセンサを開発しており[1]-[4]、従来センサと比較して感度、及び解像度を大幅に改善することが可能である点が最大の特徴である。
本稿では、主にイメージングを前提としたX線センシングの原理(受光素子やセンシング方式)と、CdTeを採用したX線イメージセンサによる撮像例等を紹介する。

2.X線センシングの原理

 X線をセンシングするためにはX線を効率的に吸収して検知可能な信号に変換する受光素子と、その信号を処理する信号処理回路の2つの組み合わせが必要である。それぞれについて2つの方式があるため以下の節ではこれらについて述べる。

2.1.受光素子と検知の仕組み

 検査などに用いられるX線は波長が1オングストローム以下の電磁波であり、物体の原子間距離よりも短いために、相互作用を起こすのは原子核周辺の電子である。この相互作用を光電変換と呼び、エネルギーを得た電子は原子核の束縛を離れつつ、周辺の電子にエネルギーを連鎖的に与え、複数の自由電子を生成する(図 1)。
 受光素子には、間接変換型と直接変換型の2種類がある(図2)。間接変換型の受光素子はシンチレータと呼ばれ、従来から広く使われている汎用性の高い受光素子であり、代表的なものとしてはCsI(ヨウ化セシウム)やGd2O2S(ガドリニウム酸硫化物)などがある。これらの素子はX線により励起された電子からエネルギーを受け取り可視光程度の波長領域で発光する特徴を持っており、いわゆるX線から可視光への波長変換素子のように振る舞う素子である。波長変換後は通常のフォトダイオードで受光可能となるため光電子増倍管やCMOSイメージセンサなどと組み合わせたセンサが構成可能である。一方で、常温環境下においてX線を直接的に検知できる直接変換型の受光素子としては化合物半導体があり、代表的なものとしてはCdTe(テルル化カドミウム)やTlBr(臭化タリウム)などがある。これらの素子はシリコン等のフォトダイオードと同様に上下面を電極で挟み、電圧印加により発生電荷を輸送するデバイス構造とすることでX線センサとして動作させることが可能である。X線検知の原理も基本的には可視光のフォトダイオードと同様であり、素子結晶内にて相互作用を起こした際に励起した電子群が電界に沿って移動し、いわゆる電流として検知可能となる。フォトダイオードとの大きな違いはデバイスの厚みであり、X線センシングの効率を高めるために通常は0.3〜1.0mm程度の厚みを有感層として用いるため、通常のSiフォトダイオードと比較すると100倍以上厚いデバイスとなる。
 直接変換型のメリットは、光電変換以降は99%以上の電荷収集効率を実現できる点であり、また相互作用が起こった深さも信号収集効率に関係ないためにX線から電気信号への変換効率が高い。

図 1:X線による光電効果
図 1:X線による光電効果
図 2:シンチレータ(間接変換素子)と化合物半導体(直接変換素子)の構造
図 2:シンチレータ(間接変換素子)と化合物半導体(直接変換素子)の構造

2.2.信号処理の方式と仕組み

 一般的なイメージセンサの信号処理方式はスキャン方式と呼ばれるものであり、原理的にはピクセル毎にスイッチを切り替えて順次読み出していく方式である。この方式ではすべてのピクセルがスキャンされるまでの時間間隔が動画レート(30〜120Hz)になるように設計されており、初回の読出しから次回の読出しの間は信号が溜まっていくために、X線イメージセンサの分野では電荷蓄積方式とも呼ばれる。
 もう一つの方式としてフォトンカウンティング方式というものがあり、すべてのピクセルにおいて発生した信号をリアルタイムで処理をする方式である。最近では主にLiDAR用途でSingle Photon Avalanche Diode(SPAD)と呼ばれるセンサが開発されている[5]が、基本的な動作原理はこれと同じである。X線の場合の違いは、可視光と違い1光子で発生する電荷数が数千から数万個と非常に多いためアバランシェによる電子増倍を行う必要がない点である。この方式を実現するためには、1ピクセル内にAD変換とカウント値を保持するレジスタが必要となるために、必然的に回路規模が大きくなる。
 X線イメージセンサにおけるフォトンカウンティングの利点は、X線光子のエネルギーと受光素子での信号発生量が比例関係するので、光子の入射タイミングが離散的に見える速度で処理ができればX線のエネルギー(波長)を知ることが可能な点である。
 フォトンカウンティング方式を実現するにはSPADと同様で受光素子からくる電気信号が回路ノイズよりも多い必要があるが、直接変換型のほうが前述の通り変換損失が少ないために、ここでも有利に働く。



次回に続く-



参考文献

  1. Katsuyuki Takagi, Tsuyoshi Terao, Akifumi Koike, Toru Aoki, “Study of an X-ray/Gamma Ray Photon Counting Circuit Based on Charge Injection” SENSORS AND MATERIALS 30(7) 1611-1616 2018
  2. T. Terao, A. Koike, K. Takagi, H. Morii, T. Okunoyama, T. Aoki, “Characterization of CdTe diode detector with depletion layer modulation for energy discrimination X-ray imaging”, Journal of Instrumentation 14(6) 2019
  3. Katsuyuki Takagi, Toshiyuki Takagi, Tsuyoshi Terao, Hisashi Morii, AKifumi Koike, Toru Aoki, “Readout Architecture Based on a Novel Photon-Counting and Energy Integrating processing for X-ray imaging”, IEEE Transactions on Radiation and Plasma Medical Sciences 1-1 2020
  4. Katsuyuki Takagi, Kohei Toyoda, Hiroki Kase, Toshiyuki Takagi, Kento Tabata, Tsuyoshi Terao, Hisashi Morii, Akifumi Koike, Toru Aoki, Mitsuhiro Nogami, Keitaro Hitomi, “Bias Polarity Switching-Type TlBr X-Ray Imager”, IEEE Transactions on Nuclear Science 68(9) 2435-2439 2021
  5. https://global.canon/ja/technology/spad-sensor-2021.html


【著者紹介】
小池 昭史(こいけ あきふみ)
株式会社ANseeN 代表取締役

■著者略歴
2007年 静岡大学情報学部情報科学科 卒業
2009年 静岡大学総合科学技術研究科情報学専攻 卒業
2013年 静岡大学創造科学技術大学院自然科学系教育部 退学
2014年 博士(工学)取得 2011年〜2012年 ANSeeN取締役
2012年〜現在ANSeeN代表取締役