大気汚染対策と温暖化対策のコベネフィットに向けた窒素酸化物(NOx)濃度分布の新知見

 千葉大学環境リモートセンシング研究センターの入江仁士准教授と電力中央研究所の板橋秀一主任研究員は、二酸化窒素(NO2)の大気中濃度の三次元分布を観測する独自の差分吸収分光法(DOAS法:注1)を利用した受動型の大気リモートセンシング(注2)・地上観測網・キロメートルスケール(1.3 km)の精密な空間解像度を実現した大気環境モデリングを融合させた研究を実施し、首都圏における窒素酸化物濃度分布について新たな特徴を明らかにした。
本研究により、大気環境モデルは集中観測期間中の地上と上層(高度0-1 km)のNO2濃度の空間分布や時間変化をよく再現できることが分かった。また、地上と上層の濃度の対応関係を見てみると、両者は強い相関関係をもっており、上層の濃度は地上の濃度の0.4-0.5倍に相当することなどが新たに判明した。

●研究の背景
 地球温暖化を緩和させるためには、主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の削減が不可欠だが、CO2と大気汚染物質の発生源を考えると、化石燃料の燃焼等の産業活動に由来するものが多いという共通点がある。そのため、大気汚染対策を進めれば地球温暖化対策になるという相乗効果(コベネフィット)に注目して対策を進めることが重要である。

 このような認識の下、短寿命気候汚染物質(short-lived climate pollutants:SLCPs:注3)のひとつである対流圏中のオゾン(O3)濃度の減少が求められてきた。O3は化石燃料の燃焼等の産業活動に由来する前駆気体(注4)である窒素酸化物(NOx=NO+NO2)や揮発性有機化合物(VOCs)から生成し、光化学オキシダントとして人体や植物に悪影響を及ぼす。そのため、NOxとVOCsの排出規制が進められ、この40年にわたり日本国内ではそれらの濃度低下が示されてきた。
 しかしながら、これは主に地上の観測網から把握された結果であり、地上よりも上層、特に大気境界層内(注5)のNO2汚染状況の理解は、これまで定常観測方法が無く、限定的な把握しか出来ていなかった。また、空間的に複雑な排出源を有する都市域を対象としても、従来は5km程度の空間解像度が一般的で、それよりも精密なキロメートルスケールでの大気環境モデリングの研究は計算コストなどの課題によりあまり進んでいなかった。

●研究の成果
 本研究では、千葉大学に設置された4台の多軸差分吸収分光法(MAX-DOAS法:注6)のリモートセンシング装置による三次元のNO2濃度計測、環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめくん」(AEROS)の地上観測網(画像)にキロメートルスケール(1.3 km)という高い空間解像度を有する大気環境モデリングを組み合わせて、首都圏の地上と上層(高度0-1 km)のNO2汚染の時空間分布の解明に迫った。研究対象は2015年秋季の集中観測期間(2015年11月9-23日)とした。大気環境モデルは、集中観測期間中の地上と上層のNO2濃度の空間分布や時間変化を良く再現でき、NO2濃度が夜間に高く、日中に低くなる日内変動も概ね捉えていた。
 また、期間中に観測された高濃度NO2は、夜間に発生する場合と、日中に濃度低下せずに発生する2つのケースがあることが分かった。いずれも風が停滞した気象場が要因として考えられたが、後者については、曇天下で境界層高度が低いことも影響していたことが分かった。日平均したモデル結果から、地上と上層のNO2濃度には強い相関関係があり、上層NO2濃度は地上NO2濃度の0.4-0.5倍に相当することが分かった。
 このように、最先端のMAX-DOASリモートセンシング観測・地上観測網・大気環境モデリングの連携により、首都圏における窒素酸化物濃度分布に関する新たな知見を獲得することができたという。

●今後の展望
 本研究の結果から、首都圏において地上と上層のNO2濃度が強い相関関係をもって変動することが分かった。2023年度打ち上げが予定されている日本の温室効果ガス・水循環観測技術衛星(Global Observing Satellite for Greenhouse gases and Water cycle: GOSAT-GW)からは、宇宙からCO2とNO2を同時観測することで、未知排出源の同定のみならず、排出量推定精度の向上も期待されている。人工衛星からは地上濃度だけの観測は難しく、上層の濃度も加わった鉛直カラム濃度(注7)が計測される(参考:http://www.cr.chiba-u.jp/lab/Irie-laboratory/research.html)ため、そのデータの解釈を地上濃度と関連させて適切に行う上で、本研究の成果は役立つ。
 また、キロメートルスケールという精密な大気環境モデリングが可能となったことで、空間的に複雑な排出源を有する都市域の排出評価が高精度化されることも期待される。
 このような大気リモートセンシング・地上観測網・大気環境モデリングの連携による研究成果は世界的にあまり報告されておらず、新しい手法である。このような取り組みにより大気汚染対策を進めつつ、脱炭素化を促進し、温暖化対策に貢献するといったコベネフィットが期待されるとしている。

(注1)差分吸収分光法(Differential Optical Absorption Spectroscopy: DOAS法):高波長分解能で測定したスペクトルに含まれる観測対象物(微量ガス)の特徴的な吸収スペクトル構造を利用し、Lambert-Beerの法則に基づいて微量ガスの濃度を導出する方法。測定されるスペクトルには微量ガスだけでなくレイリー散乱やミー散乱等による影響も含まれるが、そういった微量ガスの吸収構造よりも低周波(波長方向に緩やかな構造)の影響は多項式で近似して除去する。これにより、0.1%以下のわずかな吸収をも同定し微量ガスの濃度を高精度で導出できる。

(注2)リモートセンシング:広義には、対象物から離れた場所より対象物に関する情報を得る技術のことを意味する。狭義には、人工衛星、航空機、地上の観測所などのプラットフォームに搭載あるいは設置されたセンサを用いて地球環境に関わる情報を得る技術を意味する。

(注3)短寿命気候汚染物質(short-lived climate pollutants: SLCPs):大気への放出後、気候に対する影響が数日から10年程度の物質(短寿命気候強制因子(short-lived climate forcers: SLCFs))のうち、放射強制力が正(温暖化を誘因)である物質のこと(国連環境計画の下で活動している「気候と大気浄化の国際パートナーシップ(Climate and Clean Air Coalition: CCAC)」による定義)。具体的には、対流圏オゾン、メタン、ブラックカーボンなどがある。

(注4)前駆気体:ある化学物質が生成する前の段階の物質のことを前駆体という。大気化学や大気環境学においては気体が重要な前駆体となることが多いため、それを特に前駆気体と呼ぶ。

(注5)大気境界層:対流圏のうち、流体としての大気が地表面の影響を受ける高度2 kmぐらいまでの層をいう。温帯域では1 kmぐらい、熱帯域では2 kmぐらいの厚みを持つ。地表面の影響をほとんど受けない自由対流圏と区別される。大気境界層内では自由対流圏に比べ人間活動などの地表の影響が顕在化する。

(注6)MAX-DOAS法:Multi-Axis Differential Optical Absorption Spectroscopyの略。DOAS法の一種。太陽散乱光の低仰角測定機能を加え、NO2等の⼤気汚染物質の⼤気中カラム濃度と鉛直分布データを得るための地上設置型のリモートセンシング装置またはその技術。

(注7)鉛直カラム濃度:単位面積の底面を持った鉛直の気柱(カラム)の中に含まれる気体分子の個数。

※本研究は、環境再生保全機構の環境研究総合推進費、日本学術振興会の科学研究費助成事業、宇宙航空研究開発機構の地球観測研究公募の支援を受けて遂行された。

ニュースリリースサイト:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000581.000015177.html