センサの知能の役割と知能化の進歩

山﨑 弘郎
東京大学 名誉教授

1.センサの知能の役割とは

センサの知能とは何か。それがどのような働きをするか。センサの知能が人とセンサの間の仲立ちをしているとされますが、いかなる形なのか。それをセンシング・インテリジェンスと呼ぶことにしますと、センサ情報の持つ「意味」を人に伝え理解させる役を果たしています。そして人が意図するセンシングの目的にすみやかに到達させています。

センサが文字通り「感ずる」役を果たすとすると、意味を理解する「知る」過程がセンサの知能の役割といえます。知るとは何かと考えると、人やセンサを持つシステムの中ではなく、確立された「知識の体系」と呼ばれるモデルが外部にあって、それが人やシステム内に記憶されています。センサ情報を知識に照合して意味を特定するというのが知るという働きといえるでしょう。

センサの知能の発達過程は人の知能と同様で、最初は単純な働きしかできませんが、時がたつにつれて高度な働きをするようになります。ここではセンサ知能化の進歩の各段階で具体例をあげて示します。

2.センサ知能化の段階

実現される機能を切り口として発展段階を次に示します。

第1段階 センサが記憶能力を持つ
メモリを持ち、個々のデバイスのデータを数値で記憶するようになります。最初は上に述べた知識の体系が整備されていない段階で、単純な出力データの記憶から始まります。記憶データとして、指定された時点におけるセンサ出力データ、校正時の補正値、校正データなど、将来、再校正時に特性のデータとして使用され、それらが特性変化の目安となります。従来は知能化の出発点をマイクロプロセッサ出現によるセンサデータの処理においていました。それではアナログ処理からディジタル処理への移行にすぎません。あえて異を唱え、メモリによるセンサデータのディジタル符号による記憶機能としました。幼児は言葉を理解できなくても、経験した事実は容易に記憶するのと同様です。

第2段階 学習と適応能力を獲得する
記憶能力を持つと知能の次の段階の働きは学習と環境への適応です。センサが自身の環境をセンシングし記憶することで環境を評価し適応します。単純な例では、知識の体系の入り口である大小を表す「量の体系」の単位系です。環境温度を計測し、最高値と最低値などを記憶します。使用環境の評価するデータとして使用します。使用環境が仕様外ならば、設置個所変更の要請を出力します。センサの信頼性は設置される環境に左右されますから、適応の一段階として設置環境の評価を挙げました。

第3段階 センサデータの意味を伝える
次の段階では、センサ出力データが持つ意味を人が理解しやすいように伝達する働きです。単位系のように人が作り、記憶されている体系を利用してセンサ出力を表現し、人に伝達します。 マン・マシン・インタフェースの知能化とも言い換えられるでしょう。具体例を挙げますと、GPSの測位情報の意味を翻訳して使用者の位置を教えます。 測位センサシステムの計測結果は緯度と経度ですので、結果を知らされても人は自身の位置を容易に認識できません。人が共有している社会システムの知識を活用し、地名や道路や橋などとの相対関係を地図で示すことで、人が現位置を直ちに認識できるように知能が支援するのです。

センサの対象認識とセンサ情報を受け取る人の認識の間にギャップがある場合に、人が認識しやすい形に変換することでセンサ情報が持つ意味が人に伝わります。

第4段階 センシング機能とデータ処理機能が一体化し、高速化する
一体化により通常の処理の効率化が図られます。センシング機能と信号処理機能とを同時に実施することで、必要な情報が速やかに得られます。

一体化の例として フーリエ変換分光法があげられます。スペクトル分光計測では、光の波長と分析対象物質による光の吸収との相対関係を明らかにして、対象物質のスペクトルを可視化し、成分と濃度とを明らかにします。センシング操作において光の波長を順次選択する手法は波長の変化範囲を広くとれば時間がかかり、波長の精度を上げるために波長選択のスリットの移動速度を落とすと、やはり時間がかかります。選択した波長のデータ以外をすべて捨てているからです。

フーリエ変換分光は収集したデータを捨てずにすべて活用して速やかにスペクトル情報を提示することで、対象物質の同定や、共存成分の有無などが速やかに明示されるのです。

この分光法を活用した赤外線分光ガス分析システムの構成を図1(a)および信号処理の手順を同図(b)に示します。マイケルソン干渉計のような2光束干渉計の一方の反射鏡を動かして光路差を変化させて赤外線の広い波長範囲で干渉光が得られます。その干渉光を分析対象の気体で満たされているセルを通すことで、セルの影響を受けた干渉パターンが得られます。その干渉パターンの交流部分をインターフェログラムと呼びます。それをフーリエ変換することで、対象成分の赤外線吸収スペクトルが得られるのです。

2光束を干渉させる操作は空間的な自己相関関数を求める操作です。インターフェログラムは自己相関関数を時間軸上に展開したものになります。自己相関関数のフーリエ変換はパワースペクトルですから、分析対象の赤外線の吸収スぺクトルが得られることになります。 フーリエ変換はディジタル化した高速フーリエ変換アルゴリズムを利用して処理の高速化が可能です。1)

図1 フーリエ変換赤外分光システム
(a) システムの構成(b)信号処理

第5段階 センサの構造が仮想化され、データ処理機能と融合、高機能化する
例として医用超音波映像や非破壊検査に見られるフエーズドアレイがあげられます。アレイ状に配列された超音波送受波器に送るパルスに異なる遅れ時間差を与えて波面を制御し対象に集中させます。また対象からのエコーパルスの処理を実施します。パルスを送受する位相を制御をして波面を制御し、送受波器は固定したまま対象空間全体に仮想化された結像系の像を動かすことですみやかに対象空間のエコー画像を得ます。

電磁波や音波などの波動を利用したセンシングでは、広がりのある空間に存在する対象を隈なく走査しなければなりません。センサデバイスの配置や走査センシング機能が仮想化したデータ処理と融合しており、知能化センサの進んだ姿と見ることが出来ます。

3.センサ知能化によるセンサシステムの機能向上

上に示した段階を踏んで進歩してきたセンサの知能化技術が成熟するに従いハードウェアが仮想化し、知能化技術がセンシング機能と融合してシステムを構成します。ここに挙げた知能化の成果の共通のメリットは結果が速やかに得られることでした。システムの高度化、複雑化が進むほど時間短縮効果の価値が当然高くなります。

                  

4.センサ知能化による人との関係の変化

センサの知能が人と機械との関係をとりもつ役割を果たすようになった事実を例示します。
さらにセンサの知能化を進める機能が人と機械の関係を深化させる事象を学習し、人の意志を洞察する方向に進みます。これは文明における人と機械との関係を大きく改める変化で、文明の一層の高度化や発展を実現することになると予想されます。

4.1 センサ知能化によるマン・マシン情報交流の変化
人はセンサが何を実行しようとするかはおよそ理解できます。センサの出力や、それによって起動されるシステムの挙動を見れば理解できるからです。その種の動作が繰り返しセンサ側に伝達された結果、センサは知能化するに従い、センサが学習した結果が人の意図と一致していればよいですが、もし、もしそうでなければ、人は自身の意思をセンサを通してシステムに伝え、あるいは設計の段階でセンサの知能の意図や行動を変化させることが出来ます。一方、このような情報交流を通じてセンサは人が何を望んでいるかを学習できるようになります。すなわちセンサの知能の中で、AIに相当する役割の実行部分は、人の行動と与えられた指示を教師の指示として学習し、指示に共通する特徴を把握するのです。

4.2 センサ知能化による人に寄り添うシステムの誕生
学習の結果、センサが人の表情や行動などの表象から意志を理解し、それを実現する方向にシステムを駆動することで、人の希望に合わせることが出来るようになります。過去においては、人がセンサの原理や構造を学び、センサを駆動させる機械の都合に合わせてきましたが、このように知能化が進んだ段階で、センサが人の意向を理解し、センサが駆動するシステムが人の都合に合わせられるようになるのです。

郵便番号の自動読み取りと郵便の仕分けシステムを実例としてあげましょう。対象は7桁の固定された枠内に書き込まれる手書き数字です。最初は識別率が低いですが、個性の強い手書き字体を人の指導によって学習した結果識別できるようになります。一度手書き文字に慣れれば、人が遠く及ばない速度で読み取り、郵便物の仕分けを行えます。機械が人の癖を学習し、人に合わせた例と言えるのではないでしょうか。さらに、近年宛先を印刷したラベルを張り付けて表示する例が増えました。郵便番号が指定の枠に記入されない場合です。そのような場合でも宛名面に書かれた7桁の数字を郵便番号と判断して読み取ります。

その仕分けの機械は番号を0.1秒で読み取り、1時間に4万通の郵便を仕分けています。
宛先の郵便局に送られた郵便物は地域ごとに仕分けられていますが、さらに番地やマンションの部屋番号を読み取り、配達員が回る道順に沿った配達順に郵便物を並べかえる機械が実現しました。センサの知能が人の仕事の手順に合わせている例と言えるでしょう。

車のドライビング・ポジションにおいて、シートバックの角度、座高の高さ、ステアリングホイールの位置や角度など、ベストの組み合わせは個人により微妙に異なります。そしてそれらが車の運転しやすさや、快適性、安全性などを支配します。 ベストポジションを個人ごとにセンサシステムが記憶し、運転者が交代しても、それぞれの位置に自動調整できるシステムが実用になっています。機械が人の好みに寄り添い、人の希望に合わせている例です。

5.むすび

AIやネットワーク技術の進歩を取り入れ、知能化が加速されます。その結果、センサの知能化の進歩が機械と人との関係を発展させます。センサの知能が人の知能の働きの一部を実行することで、センサ情報の伝達と理解が大幅に高速化でき、人の負担を減らせます。長い間人が機械の構造や動作を理解し、機械の都合に合わせてきましたが、機械がセンサにより人の意向を認識し、機械が人に合わせるように変わりつつあります。人と機械の関係がセンサにより新しい時代に入ったと見ることが出来るでしょう。


参考文献

1) 山﨑弘郎 著  センサ工学の基礎 第3版 オーム社 (2019)

【著者紹介】
山﨑 弘郎(やまさき ひろお)
東京大学 名誉教授
(公財)大河内記念会 理事長

■略歴

  • 1956年 東京大学工学部応用物理学科卒業、横河電機㈱ 入社
  • 1972年 工学博士(東大) 東大工学部講師(非常勤)兼任
  • 1974年 横河電機 退社
  • 1975年 東京大学大工学部 計数工学科 教授 就任
  • 1985~88年 東大付属図書館長  併任
  • 国立大学図書館協議会会長 就任
  • 1989年度 計測自動制御学会 会長
  • 1993年 東大定年退官  横河電機 再入社
  • 常務取締役 技術全般管掌  就任
  • 航空宇宙特機事業部担当 品質保証部門担当
  • 1995年 横河総合研究所 代表取締役 会長  就任
  • 2000年 同 退任
  • 学会 計測自動制御学会(名誉会員)、電気学会、IEEE(Fellow), ISA 会員
  • 現職 公益財団法人 大河内記念会 理事長

■主な受賞
1965年 大河内記念技術賞 固体回路化エレクトロメータの開発
1981年 大河内記念技術賞 カルマン渦流量計の開発と実用化
1992年 島津賞      自己調整機能を持ち知能化計測システム
1997年 科学技術庁長官賞 渦流量計の開発
1998年 紫綬褒章     渦流量計の開発
2000年 電気学会 業績賞 知能化センシングシステムの研究
2011年 計測自動制御学会 功績賞