大阪産業技術研究所 和泉センターにおけるオープンイノベーション事例(1)

地方独立行政法人
大阪産業技術研究所
櫻井芳昭
村上修一、喜多幸司
斉藤 誠、中本貴之

1.緒 言

地方独立行政法人大阪産業技術研究所(大阪技術研、https://orist.jp/)は、大阪府および大阪市が設置した公設試験研究機関であり、大阪府和泉市に本部・和泉センター、大阪府大阪市に森之宮センターが置かれ、研究部、チーム等を合わせ、14の技術支援グループが設けられています。

これらの技術支援グループは、企業ニーズにマッチした、生活に役立ち、環境にやさしい先進的な材料および新技術の開発に加え、開発を支える評価および解析技術の構築に取り組んでいます。とくに、ものづくり産業・技術の創成および維持に貢献するため、ものづくり企業が抱える技術的課題に対し、共に悩み、考え抜き、解決を図っています。さらに、ものづくり企業が求める基盤技術力の向上や高付加価値製品の開発をベースにした新産業創出への支援を積極的に進めています。

技術支援活動の多くは、ものづくり企業からの技術相談業務に加え、技術支援グループが持つ研究シーズ・成果のものづくり企業への積極的な導入が実現できる独自体制(オープンイノベーション)の中で実施しています。同時に、設置者である大阪府および大阪市と同等レベルの徹底した情報管理体制も確立できています。

この当所のオープンイノベーション体制を活用し、多くの成果に繋げているものづくり企業も多数出てきており、本レポートでは、「DXに欠かせないIoT技術に資するデバイス技術」、「快適さをあらわす指標の一つである『におい』評価からのものづくり」、「カーボンニュートラルに貢献する蓄電池技術」、および「これまで作製が不可能、または困難だったカタチを実現できる積層造形技術」に係る4つの開発事例について紹介します。これらの事例を参考に、大阪技術研とのオープンイノベーションの導入を通じ、自社にはないリソースを使うことで、成果を産み出し、新しい価値の創造が実現できることを少しでもご理解いただければ幸いです。


2.MEMS技術によるIoTデバイスの開発

村上 修一

図2-1 MEMS技術を活用した研究開発フロー

2-1.はじめに
電子デバイス研究室では、高機能性薄膜作製・評価技術とMEMS技術を主軸にして企業、大学等への技術支援、研究開発業務を行っている。ここでは、MEMS技術を活用したセンサ、環境発電素子などIoTデバイスの研究開発について紹介する。当研究室では企業、大学等向け研究開発型MEMSファンドリ拠点として、伴走型技術支援ができるように体制を整えている。同時に、独自のシーズ技術や長年積み重ねてきた豊富な経験、ノウハウを基に技術支援のレベルの高さを維持している。図2-1にMEMS技術を活用した研究開発のフローを示している。同図のように、企業あるいは大学と当研究室とで、基本技術、ニーズ、シーズ、アイデアを持ち寄り、当研究室内で設計・試作・評価を一貫して行う。これを数回繰り返して、ある程度の成果が得られると実装、信頼性評価、量産体制の構築と製品化へのステップに進むことになる。当研究室では主に、設計・試作・評価を担当し、実装、信頼性評価、量産においては後方支援に回ることが多い。半導体微細加工技術を主とした集積回路分野では設計と製造工程それぞれ標準化されていて、それぞれに携わる人がある程度分離しているが、一般的にMEMS分野では設計や製造工程の標準化が進んでいないため、新規に同分野に参入する企業にとってハードルは高い。したがって、膨大な経験、ノウハウを有し、伴走型支援が可能な当研究室の存在意義は大きい。

図2-2に当研究室が有する装置群を示している。MEMSプロセスにおいて、設計から試作、評価まで一貫して実施することが可能である2-1)。特に、フォトマスク作製装置を保有しているので、迅速な研究開発が可能であることが特長である。今までに、企業や大学と、赤外線センサ、超音波センサ、圧力センサ、流量センサなどのセンサデバイス、圧電型振動発電素子など環境発電デバイス、ホログラフィ技術を使った光学素子、Brain-Machine-Interface (BMI) などの研究開発を行ってきた。今回、事例として、熱式流量センサ[コフロック株式会社(京都府京田辺市)、京都大学との共同開発]、圧電型振動発電素子とその応用[株式会社ダイヘン(大阪府大阪市)、大阪府立大学との共同開発]について紹介する。

図2-2 大阪技術研究所が保有する主要なMEMS関連装置

2-2.熱式流量センサ
熱式流量センサは図2-3に示すように、流体であるガスが通過する細い金属管に温度センサ兼ヒータとなるワイヤを上流側と下流側に巻線にして温度センサ兼ヒータを形成する。ガスが流れているとき温度分布は中央に対して対象であるが、ガスが流れると上流側の温度センサ兼ヒータの熱がガスにより奪われ、下流側のそれにその熱を与えるので、温度分布に偏りが生じ、それぞれの電気抵抗が変化する。その電気抵抗の変化からガス流量を算出する。しかしながら、従来の巻線型では巻線部の熱容量が大きく熱絶縁性が低いため、微小流領域において高精度で、高速応答、低消費電力でセンシングすることが困難である。

そこで、MEMS技術を活用して高精度・高速応答でかつ低消費電力な熱式流量センサの開発を行った。まず、熱式巻線型流量センサを平面的な手法で設計し直した。図2-4にMEMS流量センサの断面を示す。数100 μm平方程度の大きさで厚さ1 μm程度のダイアフラムに金属薄膜を埋め込み、温度センサ兼ヒータを形成した。極めて微小なダイアフラムに埋め込んだことで、スケール効果により熱容量が小さく、熱絶縁性の高い温度センサ兼ヒータとなった。これにより、高感度でかつ高速応答、低消費電力な熱式流量センサを実現することができた。当研究室では主に、設計・試作と、基本的な電気特性の評価を担当した。試作においては、当研究室内のMEMS関連装置を使った。ダイアフラム形成においては、半導体熱処理装置、LP-CVD(Low Pressure-Chemical Vapor Deposition)装置、対向ターゲット型スパッタ装置による製膜、フォトリソグラフィ、ウェットプロセスによるシリコン異方性エッチングを行った。また、温度センサ兼ヒータや配線、電極パッドの形成においては、マグネトロンスパッタ装置による製膜、フォトリソグラフィ、プラズマエッチングなどによる微細加工を行った。この後、コフロック株式会社にて実装、流量センサとしての詳細な評価、信頼性評価を経て、製品化を実現した。

図2-3 従来の熱式巻き線型流量センサ
図2-4 MEMS流量センサの断面図

2-3.圧電型振動発電素子とその応用
近年、IoT社会実現に向けて建築物,物流,車両,酪農,農業,医療などの広い分野でセンサを大量に配置するセンサネットワークが高い関心を集めているが、センサ向けの自立型電源の確保が課題となっている2-2, 3)。このような事情から、身近な環境に存在する微小なエネルギー源から電力を得る環境発電が注目を集めている。原子力発電、火力発電などの代替としてではなく、化学電池に替わる低環境負荷の小型電力源として期待されている。環境発電のエネルギー源、発電方式には多種多様あり、それぞれ一長一短ある。圧電型振動発電に着目し、大阪府立大学との共同研究を実施した。

一般に圧電体薄膜としてPb(Zr,Ti)O3 (PZT)薄膜が最も用いられているが、非鉛強誘電体BiFeO3(BFO)薄膜に注目し、世界初となるBFO薄膜搭載の圧電型振動発電素子を試作した2-4)。図2-5にその模式図を示す。片持ち梁上にBFO圧電体膜が製膜されたユニモルフ構造で、片持ち梁先端に共振周波数の調整と発電効率を高めるための錘を形成している。片持ち梁が外部から加振され共振すると圧電体膜に歪みが発生し、圧電効果により分極が生じる。これに伴い電圧出力が発生し電力として回収して発電素子として機能することになる。本研究では、MEMSプロセスにより、シリコンからなる片持ち梁上にBFO圧電体膜を形成し、片持ち梁先端にシリコン・バルクを残す形で錘を形成した。図2-6に試作した圧電MEMS振動発電素子の写真を示す。現在までに、10.5 μW∙mm-2∙G-2 もの高い発電能力を得ている。錘の質量(m)、機械的品質係数(Qm)、共振周波数(?)、振動源の加速度(A(peak))を用いて??2?/8?で与えられる振動発電素子の最大理論発電量と比較すると、得られた発電量はその 80 %に相当し、高い発電効率を達成している。なお、BFOの他の圧電材料PZT、AlN、(K,Na)NbO3(KNN)、ZrOを用いた発電素子と比較して同等あるいは同等以上の世界最高レベルの発電性能を示している2-5)。現在も、BFO圧電体膜の高性能化、設計技術の進展などにより、更なる発電性能の向上を目指している。

図2-5  BFO薄膜搭載圧電型振動発電素子
図2-6 試作した圧電MEMS振動発電素子

一方で、圧電MEMS振動発電素子の研究開発の過程で培った設計技術、電力回収技術等2-6)を基に、株式会社ダイヘンと大阪府立大学とで磁界振動発電素子の共同開発を行った。磁界振動発電とは、交流電流が流れる電線の周囲形成される交流磁界中に永久磁石を置くと振動し、その振動エネルギーを圧電効果により電力に変換するものである2-7)。図2-7に磁界振動発電の発電原理と素子構造の模式図を示している。図2-8に発電量の電力線に流れる電流依存性を示している。電線電流10 Aで発電量1 mWオーダーの発電性能が得られており、センサ向け自立型電源としては十分な電力が得られることを実証した。特徴としては、1)電線の横に設置するだけで工事が不要であること、2)電線電圧に無関係であることから少品種で対応可であること、3)通常電線に流れる電流の周波数は商用電源の周波数(東日本50 Hz、西日本60 Hz)は一定であることから安定した発電量が得られることなどが挙げられる。応用分野も広く今後に期待できる。

図2-7 磁界振動発電の発電原理と素子構造
図2-8 磁界振動発電の発電原理と素子構造

謝 辞
圧電MEMS振動発電素子の開発は、大阪府立大学 吉村武准教授との共同研究で、NEDO平成23年度先導的産業技術創出事業(若手グラント)および、神戸大学、大阪府立大学、兵庫県立大学との共同研究で、JST CREST (JPMJCR16Q4、JPMJCR20Q2) の支援を受けて実施した。

参考文献

2-1) https://orist.jp/kenkyu-bu/denshi-kikai/micro.html, 参照日:2022-01-11.

2-2) 例えば、総務省資料 https://www.soumu.go.jp/ict_skill/pdf/ict_skill_1_1.pdf, 参照日:2022-01-11.

2-3) 例えば、エネルギーハーベスティングコンソーシアム資料 https://www.nttdata-strategy.com/ehc/about/index.html, 参照日:2022-01-11.

2-4) T. Yoshimura, S. Murakami, K. Wakazono, K. Kariya, N. Fujimura, Appl. Phys. Express 6, 051501 (2013).

2-5) M. Aramaki, K. Izumi, T. Yoshimura, S. Murakami, K. Satoh, K. Kanda, N. Fujimura, Jpn. J. Appl. Phys. 57, 11UD03 (2018).

2-6) 吉村武、村上修一、第3章2圧電、監修 桑野博喜、竹内敬治、エネルギーハーベスティングの設計と応用展開、シーエムシー出版(2015)、32-41.

2-7) T. Yoshimura, K. Izumi, Y. Ueno, T. Minami, S. Murakami, N. Fujimura, Jpn. J. Appl. Phys. 58, SLLD10 (2019).

【著者紹介】
村上 修一(むらかみ しゅういち)
1997年3月大阪府立大学大学院工学研究科博士後期課程修了。
1997年4月より倉敷紡績株式会社勤務を経て、2000年4月より、大阪府立産業技術総合研究所(現大阪産業技術研究所)にてMEMSデバイス、有機エレクトロニクス、高機能性薄膜材料の研究開発に従事。
現在、同所、電子・機械システム研究部、電子デバイス研究室長(主幹研究員)。博士(工学)。


3.においセンサアレイによる使用済みおむつ保管袋の評価

喜多 幸司

図3-1 におい識別装置の外観

3-1.はじめに
化学物質が嗅覚を刺激することにより感じる「におい」を数値化(可視化)するために、複数のガスセンサ(金属酸化物半導体、水晶振動子、およびバイオセンサ等)を配列したセンサアレイが開発されている。当所が保有するにおいセンサアレイ(株式会社島津製作所、におい識別装置FF-2020Sシステム、図3-1)は、10個の金属酸化物半導体ガスセンサより得られる信号強度を解析することにより、数値もしくはパターンとして、においの全体像を客観的に表現することができる3-1)。標準付属ソフトでは、絶対値表現解析を行うことにより、表3-1に示す島津製作所が指定する9種類の基準ガスに対するサンプルガスのにおいの数値化を行っている。「臭気指数相当値」は、人間の感覚としてのにおいの強さを、悪臭防止法で規定されているにおいの強さを表す臭気指数に相当する値で予測し、示したものである。

表3-1 スタンダードモードに用いる9種類の基準ガス
基準臭 基準ガス 嗅覚閾値濃度(ppm)
硫化水素系 硫化水素 0.00041
硫黄系 ジメチルジスルフィド 0.0022
アンモニア系 アンモニア 1.5
アミン系 トリメチルアミン 0.000032
有機酸系 プロピオン酸 0.0057
アルデヒド系 ブチルアルデヒド 0.00067
エステル系 酢酸ブチル 0.016
芳香族系 トルエン 0.33

3-2.におい識別装置
におい識別装置は、ガスクロマトグラフと比較して、複合臭気のにおいの質および強さを数値化可能であるため、当所では、各種樹脂製の保管袋(使用済みおむつ、大便、簡易トイレ用凝固剤、吐瀉物、および食品等の用途)のガスバリア性(臭気透過性)評価に活用している。ここでは、混合ガスとして、表3-2に示すISO 17299 Part 52)に規定されている模擬排泄臭ガスを用いるガスバリア性の評価について事例を紹介する。

表3-2 模擬排泄臭ガスの臭気物質および濃度3-2)
臭気物質 ガス濃度(ppm)
アンモニア 30
酢酸 50
硫化水素 4
メチルメルカプタン 8
インドール 3

3-3.ガスバリア性の評価を始めるきっかけおよび評価方法の構築と結果
ガスバリア性の評価を始めるきっかけは、2015年に東洋紡STC株式会社からの、開発した使用済みおむつ保管袋(紙おむつ処理袋 ひねってポイ®)の性能評価依頼であった。当時、樹脂袋の排泄臭透過性を評価する方法および規格が見当たらなかったため、評価系の構築から始めた。袋内に注入する臭気ガスとしては、2014年に示すISO 17299 Part 5が規格化されていたためすぐに決まったが、課題は袋内での密閉方法であった。

図3-2 評価時の様子

開発品は、ひねり性に優れており、ギュッと口をひねるだけで、簡単に口を閉じることができる利点を有していたが、ひねり方によって密閉性に差異が生じる可能性を排除するため、袋にガス注入口(スリーブ)を取り付けた後、開口部をヒートシーラーで熱融着し、約2 Lの試料バッグを作製することにした。次に、試料バッグに取り付けたガス注入口より臭気ガス(表3-2に記載の模擬排泄臭の10倍希釈ガス)を1 L注入した。この試料バッグを別の空の5 Lサンプリングバッグ(ジーエルサイエンス株式会社、スマートバッグPA AA-5)内に挿入し、さらに5 Lサンプリングバック内に高純度窒素ガス2 Lを注入後、密閉、静置した。評価時の様子を図3-2に示す。所定時間後に、5 Lサンプリングバッグ内の窒素ガスを、におい識別装置により測定し、臭気指数相当値を求めた。開発品および他社比較品について、試験開始から1、2、および3日後の測定結果を表3-3に示す。なお、評価用サンプリングバッグに注入した混合ガスの臭気指数相当値は35であった。表3から、臭気指数相当値の増加が小さい開発品のガスバリア性が高いことがわかった。

表3-3 臭気指数相当値(無単位)の測定結果
経過時間 開発品 他社比較品
アンモニア 3 0
試験開始時 3 3
1日 4 24
2日 20 28
3日 24 30

3-4.おわりに
この評価事例が商品紹介のWEBサイト3-3)に当所名を添えて掲載されたことや、新技術情報として認められた3-4)ことで関連企業に認知された結果、当該評価の依頼件数および金額が、近年着実に増加している。

参考文献

3-1) 橋本紅良、匂いのセンシング技術、シーエムシー出版(2020)、67-68.

3-2) ISO 17299、Textiles - Determination of deodorant property-、Part 5:Metal-oxide semiconductor sensor method (2014).

3-3) https://olyester.net/hinettepoi-data/index.pdf, 参照日:2022-01-11.

3-4) https://orist.jp/content/files/technicalsheet/18-16.pdf, 参照日:2022-01-11.

【著者紹介】
喜多 幸司(きた こうじ)
1997年4月より、大阪府立産業技術総合研究所(現大阪産業技術研究所)にて、消臭・脱臭・芳香製品の性能評価および開発、ニオイ分析、VOC分析に従事。
2001年3月大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。
現在、同所、高分子機能材料研究部、生活環境材料研究室長(主幹研究員)。博士(工学)。

次回に続く-