3.偏光情報と分光情報を同時に検出する偏光素子
3.1 原理および基本特性
前半の章でも述べたように、偏光情報を検出するには、楕円の軌跡を決定する必要があり、検光子を機械的に回転させて透過光強度を逐次測定するような、時間のかかる動作が必要となる。更に、多波長の光が対象となった場合には、分光測定の要素が付加され、装置構成その他の面でも簡便性は大きく失われていくこととなる。もし、検光子を回転させることなく偏光情報と分光情報を同時に検出することができれば、有効な技術となると期待される。そこで我々は、検光子の回転によって得られる時間展開された一連の情報を、何らかの偏光素子を用いて空間的に同時に展開できれば、回転操作を省くことができ、ワンショットで偏光情報を測定できると考えた。そして、図6(a)に示す様な、一軸配向の液晶分子において配向秩序を周期的に変調した1次元回折格子の回折特性に注目した。このような回折格子は、格子ベクトル k と入射偏光の向きEが一致あるいは直交する場合に、1次光の回折効率が最大となる(図6(b))。従って、このような1次元回折格子を、図6(c)のように放射状に配置すれば、同心円の多重リング型の回折格子となり、光入射によって生じる同じくリング状の回折光において、その円周上の光強度分布から偏光状態が決定できると考えた。加えて、回折角の波長分散に基づいて、分光情報も同時に検出できると予想された。以下にその実験結果を示す。
図7(a)のような光学配置において、フーリエレンズを用いることで、デジタルカメラ上に遠方回折光を得ることができる。実際に円偏光を入射した際のリング状回折光が、図7(b)のように観測された。基本的な偏光特性を調べるために、波長633nmの光を異なる偏光状態で入射した場合の、リング状回折光の円周上の強度分布のイメージを、図7(c)に示す。
円周上の強度分布は、まさに偏光子を回転させて透過光強度を逐次測定した結果と一致しており、これにより、入射光の偏光状態(直線・楕円・円偏光)をワンショットの光強度分布から検出可能であることが実証された10)。 (但し、ここでは、図6(b)の赤線グラフのように、格子の周期方向と入射直線偏光の向きが直交した場合に、最大の回折光強度が得られる条件となっているため、入射光の偏光方位角と円周上の方位角は/2だけズレており、この点だけ一意的な補正が必要となる。)
3.2 応用分野
前節では、単波長による結果を示したが、多波長の光を用いた場合の結果を、図8(a)に示す。入射光として、p偏光(水平偏光)の白色光を用いた。単波長の場合(図7(b))に比べて、太いドーナツ状の回折光が観測されており、その偏光特性に基づいて、水平方向の光強度が弱くなっていることが分かる。波長フィルターを用いて、実験的に解析すると、このドーナツ状リングは特定の半径 r において、各波長の情報を示していることが明らかとなった。即ち、図中に付加された波長軸に沿って、所望の波長の偏光情報を抽出できることを示しており、ワンショットの回折光写真から、波長毎の偏光状態を図7(b)に示したようなイメージで同時に検出できることになる。
このような偏光素子は、分子配向と波長分散が関連する材料分野の計測技術に応用できると期待される。また、近年はLEDの分野でも将来的に偏光発光の機能性が期待されつつあり、商業化においては、その偏光特性評価における技術開発・装置開発が必要となると想像される。当該素子の原理は、この評価装置の要素部品として応用可能であり、今後の展開が期待できる。
本研究は、徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所と林テレンプ株式会社の共同研究によるものであり、共同研究者および協力者の皆様に感謝の意を申し上げます。
4.分光円偏光を同時に生成する偏光素子
4.1 分光円偏光の現状
液晶ディスプレイを中心に、直線偏光によるクロスニコル配置を利用した光制御は広く利用されているが、一方で、あまり応用が進んでいないのが円偏光であると言える。キラル物質の分析に用いられる円二色性スペクトルメータの例を除くと、一般的には円偏光を用いる例は少ない。しかしながら、近年、円偏光発光の分野における基礎研究が加速しつつあり11)、今後その利用用途が開拓されていく可能性が高い。
円偏光における光学異方性(すなわち円二色性や円複屈折)などの利用が進まない一因として、円偏光の生成が難しい点が挙げられる。単波長の光であればλ/4板を用いることで、簡便に得られるが、多波長の光においては、現行の円二色性スペクトルメータのようにモノクロメータと偏光変調器を組み合わせて時間軸上で波長毎に左右円偏光を展開して用いるのが一般的である(図9)。従って、多波長の光について、左右円偏光を同時に生成するとなると、極めて困難な課題となる。
4.2 空間展開された分光円偏光と応用分野
そこで我々は、この問題を解決するために、図10(a)に示す様に、従来時間的に展開されていた分光と偏光を、空間的に展開する回折型の偏光素子を検討することとした。最終的に、周期的な光学異方性の変調からなる格子ベクトルを近接して組み合わせることを着想し、これを実現した。
前述の格子ベクトルを近接して組み合わせた素子を作製すると12)、図10(b)に示すように、分光された左右の円偏光を同時に一つの光スポットの中に発生できることを実証した。これにより、まさに図6(c)に示す様な多波長における左右円偏光の同時利用が可能となり、円二色性スペクトルメータの高速化・ハイスループット化といった明示的な課題に留まらず、新たな光計測や情報処理応用の提案に発展すると期待される。
自然界では、天然キラル物質のほかにも、昆虫の甲殻やシャコの視覚といった円偏光に対する明確な機能性が発現している事例が確認されており、我々が未だ認知していない偏光機能性が他にも存在している可能性が高い。本研究のような偏光素子の開発が新たな偏光機能性の研究につながると期待される。
本研究の一部は、科研費(20H02767)の助成を受けたものであり、共同研究者および協力者の皆様に感謝の意を申し上げます。
5.おわりに
本稿では、我々が開発した偏光計測・画像計測技術およびこれに関連する偏光素子の開発について概要を説明した。改めて振り返ると、偏光というベクトル波の応用研究は、光源の普及した可視・近赤外波長領域であっても未だ現在進行形であり、その先には深紫外や赤外およびテラヘルツ波といった、次世代の波長領域が広がっていることに気付かされる。それぞれの波長領域は、電磁波という共通点を有しながらも、個々に多彩な特徴を有しており、その応用展開はまさに無限の可能性を秘めている。今後は、適用する波長領域の拡大も含めて研究を展開し、当該分野の更なる発展を目指す方針である。
参考文献
- H. Suzuki, A. Emoto, N. Furuso, D. Koyama, and M. Ishikawa, “Polarization information landscapes expanded from single-shot images of ring-like diffraction patterns,” OSA Continuum, 4(2021)2796-2804.
- http://cplmaterial.org
- 特願2021-097787
【著者紹介】
江本 顕雄(えもと あきら)
徳島大学 ポストLEDフォトニクス研究所(pLED) 特任講師
https://www.pled.tokushima-u.ac.jp/
■略歴
2006年長岡技術科学大学博士後期課程修了。博士(工学)。
物質・材料研究機構NIMSポスドク研究員、産業技術総合研究所特別研究員、同志社大学理工学部准教授等を経て、2019年4月より現職。
専門分野は、応用光学。偏光や分光等の光学物理と、液晶や高分子などの有機材料の相互作用を利用した、光計測・センシング技術・デバイス開発などの研究に従事。
【著者紹介】
福田 隆史(ふくだ たかし)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 センシングシステム研究センター
バイオ物質センシング研究チーム
■略歴
1996年 東京工業大学 理工学研究科 博士修了、博士(工学)。 日本学術振興会特別研究員、物質工学工業技術研究所 研究員、産業技術総合研究所 主任研究員、新エネルギー産業技術総合開発機構 主任研究員(転籍出向)等を経て、2021年4月より現職。過去に、応用物理学会 代議員、有機分子バイオエレクトロニクス分科会 常任幹事、日本光学会 理事などを歴任。
専門分野は、バイオセンシング・応用光学・光計測・光機能性材料/デバイス。近年では、工業分野以外にも、農業・医学・環境などの各分野における学際研究や企業連携を推進しており、社会で実際に活用される技術の開発に専念している。