偏光を利用した画像計測技術および偏光機能性素子の開発 (1)

徳島大学
ポストLEDフォトニクス研究所
江本 顕雄
産業技術総合研究所
センシングシステム研究センター
福田 隆史

1.はじめに

近年、偏光を利用した画像計測は、フラットパネルディスプレイ分野の製品検査を中心に、必須の技術となっている。これらの分野においては、高性能化および高機能化に加えて、製品製造現場での検査ラインに組み込むためのモジュール化の研究開発が望まれており、新規の検出原理から実践投入までを視野に入れたアプローチが必要となっている。
 本稿では、まず前半に我々が開発した「高速・高解像の2次元複屈折プロファイラ―」に関して紹介する。これは、偏光計測の分野でしばしば問題となる機械的な回転操作を排除した、ユニークな複屈折位相差のイメージング技術であり、高分子材料を用いた製品の検査等に有望であると考えられる。後半には、当該分野の更なる技術発展を目指して、我々が近年開発した2種類の偏光機能性素子に関して、その応用展開等を含めて紹介する。

2.回転操作不要の偏光顕微鏡「複屈折プロファイラ―」

2.1 複屈折プロファイラ―の原理

 一般的に偏光状態の測定とは、任意の偏光状態の楕円軌跡と回転方向を決定することに相当する。そして、その楕円の軌跡を特定するためには、少なくとも3つの方位角における光強度を測定する必要がある。しかしながら、同時にこの3つの方位角成分を抽出する検光子は存在しない為、結果として何らかの回転操作が必要となり、同時に測定時間が長くなる。この問題を解決するために、被測定光を分割したり1)、検光子の配置を工夫する2)などの多様なアプローチが提案されており、それぞれの方式の長所・短所を踏まえて、適材適所の応用が進んでいるのが実態と言える。我々は、偏光顕微鏡の原理に基づいた複屈折位相差の測定方式における、煩雑な回転操作と後段の情報処理の排除を目的とし、回転操作不要の偏光顕微鏡といえる、「複屈折プロファイラ―」を開発した。以下にその原理を示す。
 図1(a)に示す様に、分子配向やサブ波長格子等が発現する屈折率の異方性(複屈折Δn)において、その方向が面内で回転しながら周期性を形成するとき、これは特殊な偏光回折格子となる。これらの偏光回折格子は、主として光誘起異方性媒質中での偏光ホログラム形成として研究されている3,4)。この回折格子は、図1(b)に示す様に、入射光の偏光状態に依存した非対称な回折を生じる。例えば、+1次光に注目すると、左回り円偏光が入射した場合には回折光強度が最小となる。この状態から、入射光の位相差(あるいは楕円率)が変化すると、その変化量に応じて回折光強度が増加する。このとき回折効率は、入射光の楕円率のみに依存し、楕円の向きには依存しない。図1(c)のように、2枚のレンズを用いた結像系を構築し、レンズ系中央にこの回折格子を配置することで、その偏光特性を複屈折測定に応用することができる。

図1 (a)偏光回折格子と(b)回折特性および(c)複屈折プロファイラ―の基本構成
図1 (a)偏光回折格子と(b)回折特性および(c)複屈折プロファイラ―の基本構成

具体的には、まずレーザー光の偏光状態を左回り円偏光調整する。サンプル位置に何も置かない場合や等方性の媒質が置かれている場合には、偏光状態に変化は無いため、デジタルカメラで検出される像は暗いままである。一方で、サンプル位置に複屈折分布を持つ試料が置かれた場合には、図1(b)の特性に基づいて回折光強度が変化し、その複屈折位相差の分布に応じた回折像がデジタルカメラによって検出されることになる。即ち、複屈折の2次元分布を、光強度の2次元分布に変換して検出できることとなる。回折特性が楕円偏光の向きに依存しないことと、入射光に円偏光を用いていることから、試料面内のいかなる方向を向いた複屈折も、その複屈折位相差の大きさに対応した光強度として検出されるため、まさに「回転操作不要の偏光顕微鏡」であり、図1(b)の特性に基づいて定量的に位相差を測定可能な、高速・高解像の2次元複屈折イメージング技術となる5)

2.2 複屈折プロファイラ―構成

前述の光学系をより実践的に構築すると、例えば顕微鏡タイプの場合、図2のような構成が可能となる。この時、空間分解能は10µm程度であり、微小領域を高解像で観察できる。他にも多様な構成が利用できるが、ここで特筆すべきは、LEDのようなインコヒーレントな光源とカメラレンズによる結像系も利用可能な点であり6)、これにより利用用途や適用分野は大きく拡大できると予想される。

図2 顕微鏡型複屈折プロファイラーの(a)構成と(b)試作機
図2 顕微鏡型複屈折プロファイラーの(a)構成と(b)試作機

 また、図3(a)に示すようなフィルム検査向け用途を考えた場合には、スリット状の光源を備えた、図3(b)のような構成が可能となる。更に、前述のスリット状の光源を用いる場合には、偏光回折格子の回折角における波長分散を利用して、多波長同時計測が可能となる。複屈折の波長分散が無視できる測定対象の場合には、使用波長が、検出可能な位相差(リタデーション)のダイナミックレンジに直接的に関係する。結果として、短い波長の光による高感度測定と、長い波長の光による広ダイナミックレンジ測定が選択あるいは併用可能となり、全面に及ぶ機能的かつ高精度なフィルム検査が可能となる。

図3 (a)フィルム生産現場への導入イメージと(b)ミニチュア版ライン検査装置
図3 (a)フィルム生産現場への導入イメージと(b)ミニチュア版ライン検査装置

2.3 複屈折プロファイラ―のよる観察例

 身の回りには複屈折を有する多くの物質やこれによる製品があり、それらを観察あるいは検査する装置として複屈折プロファイラ―は有効的なツールの一つとなる。例えば、フィルムの検査においては、キズ・ブツおよび厚さのムラなどを検出可能である。また、近年のコロナ感染拡大で、必須の身の回り品となったマスクを構成する不織布も、繊維質の組み合わせやバインダーの有無に至るまで、鮮明なイメージングが可能となる(図4(a))。このほかにも、図4(b)に示す機能性繊維や、その他食品および結晶体など、実に多様な対象物を、高速・高解像にイメージング可能である7-9)

図4 (a)不織布および(b)機能性繊維素材の観察例 (カラーバーは複屈折位相差[rad]を表す)
図4 (a)不織布および(b)機能性繊維素材の観察例
(カラーバーは複屈折位相差[rad]を表す)

また、高速性を生かして、材料変化のダイナミクスを追跡する物性研究等にも適用可能と思われる。実際に我々は、図5に示す様に、グルタミン酸ナトリウムの高濃度溶液において、時間変化に伴って晶析が進行する過程を、in-situで追跡して実証している。本例は、比較的ゆっくりと進行する反応であるが、図1(c)に示した装置構成の通り、応答速度はデジタルカメラの撮像速度によって直接的に決まるため、高速カメラと組み合わせることで、多様なダイナミクスを捉えることが可能と考えられる。

図5 グルタミン酸ナトリウム水溶液からの晶析の観察例 (カラーバーは複屈折位相差[rad]を表す)
図5 グルタミン酸ナトリウム水溶液からの晶析の観察例
(カラーバーは複屈折位相差[rad]を表す)

2.4 まとめ

 特殊な偏光素子の回折特性を利用して、2次元の複屈折分布を2次元の光強度分布に変換する「高速・高解像の複屈折プロファイラ―」に関する概要を紹介した。簡便な構成で、顕微鏡のように直感的な観察・イメージングが可能となるため、高精度測定に限らず生産現場での品質管理等、多様な応用展開が期待できる。今後は、対応波長を拡張し更なる用途拡大を検討する予定である。
 最後に、本研究の一部は、著者の前所属である同志社大学と産業技術総合研究所との共同研究によるものであり、共同研究者および協力者の皆様に感謝の意を申し上げます。


次回に続く-



参考文献

  1. 特開2006-071458
  2. 特開2007-263593
  3.  L. Nikolova and P. S. Ramanujam, “Polarization Holography,”Cambridge University Press, 2009, Cambridge.
  4.  小野浩司“偏光伝播解析の基礎と応用”内田老鶴圃(2015).
  5. WO2016/031567
  6. 特開2019-100862
  7.  小川拓真,高橋尚暉,中島亮平,江本顕雄,福田隆史, “2次元複屈折分布の高速・高解像イメージング技術” オプトロニクス社,Optronics, No.7, pp.133-138, 2017.
  8.  小川拓真,宮坂建,江本顕雄,福田隆史, “フィルム検査向け2次元複屈折プロファイラーの実用化の検討” 加工技術協会,コンバーテック,vol. 538, pp.106-110, 2018.
  9.  福田隆史, 江本顕雄,中島亮平,小川拓真,“光学樹脂の屈折率、複屈折制御技術”技術情報協会 (2017) 12章2節.


【著者紹介】
江本 顕雄(えもと あきら)
徳島大学 ポストLEDフォトニクス研究所(pLED) 特任講師
https://www.pled.tokushima-u.ac.jp/

■略歴
2006年長岡技術科学大学博士後期課程修了。博士(工学)。
物質・材料研究機構NIMSポスドク研究員、産業技術総合研究所特別研究員、同志社大学理工学部准教授等を経て、2019年4月より現職。

専門分野は、応用光学。偏光や分光等の光学物理と、液晶や高分子などの有機材料の相互作用を利用した、光計測・センシング技術・デバイス開発などの研究に従事。




【著者紹介】
福田 隆史(ふくだ たかし)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 センシングシステム研究センター
バイオ物質センシング研究チーム

■略歴
1996年 東京工業大学 理工学研究科 博士修了、博士(工学)。 日本学術振興会特別研究員、物質工学工業技術研究所 研究員、産業技術総合研究所 主任研究員、新エネルギー産業技術総合開発機構 主任研究員(転籍出向)等を経て、2021年4月より現職。過去に、応用物理学会 代議員、有機分子バイオエレクトロニクス分科会 常任幹事、日本光学会 理事などを歴任。

専門分野は、バイオセンシング・応用光学・光計測・光機能性材料/デバイス。近年では、工業分野以外にも、農業・医学・環境などの各分野における学際研究や企業連携を推進しており、社会で実際に活用される技術の開発に専念している。