感動を測るーものづくりに活かす“感動指数”ー (1)

金沢工業大学
情報フロンティア学部
教授 神宮 英夫

1.“ひと・もの・こと”と感動

 企業や製品などのキャッチコピーで、「感動」という言葉がよく使われている。辞書では、「ある物事に深い感銘を受けて強く心を動かされること」となっている。物事は、“ひと・もの・こと”それぞれと人との間での関わりを意味している。そして、その人の心が動く、つまり何らかの変化がもたらされた結果が、感動である。
 もちろん、涙を流すような強く心が動かされる大きな感動から、製品と接して何となくその良さを感じて心が動く程度の小さな感動まで、感動には幅の広さがある。ここでは、この小さな感動を対象として、以下話を進めていくことにする。
 大きな感動は、当然、その心の動きを意識することができるので、言葉で表現できる。したがって、言葉での評価や涙のような明確な行動指標から、その感動を推測することができる。しかし、小さな感動は、“何となく”感じる心の動きであり、実は感じている本人自身もおそらく意識してない、言葉では表現しきれない、心の動きである。
 心の動きは、言葉で表現されることだけではなく、本人も気がつかない“何となく”感じていることが多くある。官能評価や調査のような言葉での表現だけでは捕捉しきれない部分である。潜在的な“何となく”に、わずかでも光を当てて見える化できれば、ものづくり・ことづくりの方向性が大きく変わることになる。
 潜在的な“何となく”の側面は、生理・脳機能などの生体測定で、ある程度知ることができる。この点について、この後、研究事例を含めて述べていく。また、インタビューデータの特別な解析や、言葉のデータであっても工夫した多変量解析、例えばグラフィカル・モデリングなどで、ある程度は“何となく”の見える化が可能である1)(図1)。

図1 心の動きの潜在性
図1 心の動きの潜在性

2.生理指標を有効に活用するために

 大きな感動では、その心の動きが意識され、言葉で表現できるとともに、生理・脳機能などの生体反応に明確に反映されることが期待できる。しかし、小さな感動では、“何となく”感じる心の動きのため、言葉はもちろん、生体反応に明確に反映されることはあまり期待できない。言葉で表現しきれない以上、何とか工夫して生体反応でその心の動きを補足できないかと考えることになる。つまり、“何となく”の見える化である。
 以前に、ある企業から次のような依頼を受けた。「頭の良くなる」香りを手に入れたので、本当に頭が良くなるかを調べてほしいというものであった。もちろん、香りを嗅いで頭が良くなることはありえないと思ったが、その会社の社員の人たちは、みんな仕事がはかどり、頭が良くなった気がするといっている、とのことであった。
 そこで、「頭が良くなる」ということは、おそらく何らかの脳活動が活性化することになるだろうと考え、NIRSを使用して主に前頭葉の脳機能測定を行なった。当該香料(脳活)、ラベンダー、ミネラルウオーター(香りなし)、の3種を嗅いだ時の脳機能を測定した。結果に全く違いはなかった。これは、香りを嗅ぐ、頭が良くなる、脳機能、というストーリー化での測定であった。
 次に、香りを嗅ぐ、集中力が増す、このことで頭がよくなった気がする、というストーリー化を考えてみた。このストーリーでは、脳機能というよりも自律神経系の測定を考えることになるであろう。そこで、香りを嗅いだときの顔面温を測定し、最低と最高の差を求めた(図2)。当該香料の顔面音の低下は、他の2つの香りに比べて10%の有意傾向で低下していた。おそらく、当該香料は、眠気を飛ばし集中力を高める効果があると考えられる。
 より明確な結果を得るためには、眠気を感じたり、リラックスしたりしている状況を設定して、香りを嗅ぐことで、より強調された測定結果が得られると考えられる。つまり、“何となく”の状態を際立たせる状況設定が、より明確な測定結果をもたらすということである。

図2 顔面温による香りの効果
図2 顔面温による香りの効果

 このように、“何となく”感じている心の動きを特定して、このことを生体反応で測定するために、どのように適切なストーリー化ができるかが、重要である。心地よさを明らかにしたいと考えたときに、心地よい時に人はリラックスしているとストーリーを立てて、リラックスしていれば、副交感神経の活性化を測定すればよいということになる。さらに、このことを際立たせるために、リラックスとは逆の状況を設定することで、より測定結果に反映される可能性が出てくる。もちろん、この状況は、なるべく日常性を担保したものである必要があろう。
 次に、“何となく”感じる感動を指数化しようとする試みを紹介する。

参考文献

1) 神宮英夫(2017). ものづくり心理学ーこころを動かすものづくりを考えるー 川島書店

次回に続く-



【著者紹介】
神宮 英夫(じんぐう ひでお)
金沢工業大学 情報フロンティア学部心理科学科
教授・文学博士

■略歴
1977年 東京都立大学人文学部心理学教室助手
1980年 東京学芸大学教育学部教育心理学教室助手
    同専任講師、同助教授
1998年 明星大学人文学部心理・教育学科心理学専修教授
2000年 金沢工業大学教授
2012年〜2015年 金沢工業大学情報フロンティア学部学部長
2016年〜2019年 副学長
2007年より 金沢工業大学感動デザイン工学研究所長. 文学博士