感性の計測 ―体感からひも解く評価および提示技術の紹介― (2)

宇都宮大学 工学部 准教授
石川 智治

4.空気流発生装置(AFGD)の開発

 空気流発生装置に関連する技術としては、空気の輪を放出させるエンターテイメント用の小型装置24)がある。しかし、多様な空気流を放出させる目的で設計された装置ではないため、多様な空気流に対するヒトの認知特性に関連する絶対閾値や感度特性に関する詳細な調査には至っていない(少なくとも結果の詳細は未公表)。更に、空気覚としての新しいメディアを確立するためには、多様な空気流に対する心地よさや温冷感などの感性評価に加えて、皮膚温度などの生理的特性も調査し、それらの相互関係を明らかにしておく必要がある。そのため、多様な空気流を発生させることができる空気流発生装置(AFGD)を設計開発した(図2)。

(a) 設計イメージ
(b) 開発装置

図2: 空気流発生装置

5.空気流による空気覚の認知特性

 開発したAFGDを用いて、多様な入力信号(正弦波およびインパルス状)による空気流を発生させて、各空気流による風圧特性および空気覚の認知特性を明らかにした25) 26)(※詳細は文献を参照のこと)。認知特性は、空気流刺激を認知する最小の値である絶対閾値と、空気流刺激の強度に対する感度特性を測定した。その結果、風圧は、正弦波空気流がインパルス空気流に比して高くなる傾向が示された。一方、感覚量は、インパルス空気流が正弦波空気流より高くなる傾向が示された。すなわち、インパルス空気流は小さい風圧でより大きい感覚量となることを明らかにした。また風速と感覚量の関係はスティーブンスのべき法則にしたがうことを明らかにした (図3)。

図3:風速と感覚量の関係の近似カーブ
図3:風速と感覚量の関係の近似カーブ

6.空気流に対する感性評価(温冷感、心地よさ等)・生理計測(皮膚温度)・物理特性(風速、放出周波数)の関係

 開発したAFGDを用いて、風速および放射周期の異なる多様な空気流を発生させ、その空気流を実験参加者(男女20名)の頬/手の甲/手のひら/後頸部の各部位に提示し、その際の感性評価および生理計測を実施して比較・分析した27)(※詳細は文献を参照のこと)。感性評価では、VAS(Visual Analogue Scale)による冷感評価および嗜好評価を行い、生理計測では、空気流を提示した身体の各部位における皮膚温度をサーモグラフィーで計測し、その温度変位を算出した。空気流提示実験の環境を図4に示す。

図4:空気流提示実験(恒温恒湿室:温度20±1℃(標準温度), 湿度65%、安静閉眼、ホワイトノイズ66dB提示)
図4:空気流提示実験(恒温恒湿室:温度20±1℃(標準温度), 湿度65%、安静閉眼、ホワイトノイズ66dB提示)

その結果、以下のことを明らかにした。

  1. 大きな風速の空気流を提示するほど、皮膚温度は大きく低下し、冷感評価は向上し、嗜好評価はネガティブ評価へと推移する。一方、放出周期の減少(周波数の増加)は冷感評価、および皮膚温度の変位⊿Tを増加させるが、嗜好評価には影響を及ぼさない。
  2. 性差としては、女性は男性よりも、冷感評価では高く、嗜好評価ではポジティブに評価する。逆に男性は、冷感評価では小さく、嗜好評価ではネガティブに評価する。すなわち、女性は男性に比して、高い冷感評価をより肯定的な嗜好評価と結び付けて捉えている可能性が示唆された。
  3. 部位差としては、冷感評価は、手の甲、手の平、頬、後頸部の順で高くなる。すなわち、手の甲で最も高くなり、後頚部で最も低くなることが明らかになった。また嗜好評価は、頬、後頸部、手の甲、手の平の順でネガティブ評価が高くなる(男性のみ)。すなわち、嗜好評価は、頬で最も高く、手の平で最も低くなることが明らかになった。
  4. 冷感評価は2点識別閾が小さい部位において高くなり、嗜好評価は圧覚閾が大きい部位で低くなる傾向が示された。

以上の結果は、空気流刺激が、快または不快刺激になり得ること、すなわち、空気流発生装置(AFGD)による空気流が、人間の心理・生理に作用する新しいメディアとなる可能性を示唆したといえる。

7.おわりに

 感性の計測は、ヒトの感性をセンシングするという観点から心理および生理計測技術を用いて、ヒトを計測する行為である。ただ、それはヒトが日常的に行うコミュニケーションの中で、他者の内面を理解する行為と同等であるといえる。つまり、ヒトは常に測定器となり、他者をセンシングしながら、日常を過ごしていると言い換えられるため、ヒトのセンシング技術を具現化した測定器を開発して計測することとも解釈できる。その意味で、感性の計測は、ヒトをセンシングすることと、ヒト自体を具現化することの両面を持った非常に面白い課題を解いているといえる。
 今回は、“体感”に基づく評価語を紹介した。心理生理的要素を含む体感評価語は身体性が要求される場面におけるセンシング技術の新しい発想を導く可能性を秘めていると考えている。また同様に“体感”に基づく空気流による空気覚について紹介した。多様な空気流を発生させる空気流発生装置(AFGD)、それを用いて発生させた空気流による空気覚の認知特性、冷感・嗜好の感性評価および皮膚温度変位の生理特性などの成果は、感性に関わる今後の新たな提示およびセンシング技術の萌芽となり得ると考えている。


参考文献

  1. R. Sodhi, I. Poupyrev, M. Glisson, A. Israr: AIREAL: interactive tactile experiences in free air, ACM Transactions on Graphics, Vol32, Issue 4, No.134, pp.1-10, 2013.
  2. 高橋陽香, 板東靜, 大岩孝輔, 野澤昭雄, 石川智治, 三井実:空気流刺激の認知特性評価, 電気学会論文誌C, Vol.137, No.7, pp.898-903, 2017.
  3. H. Takahashi, S. Bando, K. Oiwa, A. Nozawa, T. Ishikawa, M. Mitsui: Measurement of Psychophysical Quantities of Air-Flow Stimulus, Transactions on Electrical and Electronic Engineering, Vol.12, Issue S1, pp.5183-5184, 2017.
  4. K. Miura, T. Ishikawa, T. Itoigawa, M. Mitsui, A. Nozawa: Psychological and Physiological Responses to Airflow Stimuli: Differences in Responses based on Sex and Targeted Body Site, International Journal of Industrial Ergonomics, Vol.68, pp.176-185, 2018.


【著者紹介】
石川 智治(いしかわ ともはる)
博士(情報科学)
宇都宮大学工学部、基盤工学科・情報電子オプティクスコース、准教授

■略歴
2001年3月 北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科修了
2001年4月 日本学術振興会・未来開拓学術研究推進事業・RA
2001年11月 北陸先端科学技術大学院大学 助手
2008年10月 宇都宮大学大学院工学研究科 助教
2012年6月 宇都宮大学大学院工学研究科 准教授
現在に至る

■専門分野
感性情報学、多感覚認知、質感知覚、心理物理学

■学会活動
日本感性工学会 理事 (2021-)