シングルボードコンピュータの食品成分分析・環境測定への応用(2)

京都大学
大学院農学研究科 助教
小林 敬

3. QCM記録システムの製作と湿度計測への適用

QCM(Quartz Crystal Microbalance)は水晶振動子の振動数の変化を利用した微量天秤である2)。水晶発振器から発生するクロックの周期は水晶振動子の状態の影響を受ける。振動子に物質が吸着されると、重量増加により振動数が減少する。この減少の程度が吸着量に依存することから、ngオーダーの微量の物質の重量を計測できる。そのため、生体高分子(タンパク質など)の吸着現象の解析や相互作用の評価などに用いられる。

本装置も本格的なものは高価であり、容易な導入にはハードルがある。本稿では、SBCを用いて多チャンネルQCMを構築した例について紹介する。QCMは基本的には周波数カウンタである。そのため、単純な手法として1秒あたりのクロック数を数えることで結果が得られる。しかし、Raspberry Pi等のSBCを用いて直接これらの周波数を測定することは困難である。一般的なSBC上ではLinux系のオペレーティングシステム(OS)が実行されていることが多い。これらのOS上で実行されるプログラムはマルチタスクで実行されるため、OSの制御下にある。そのため、プログラム上で正確に1秒間を数えることは困難である。これは、OSによるタスク切替などにより、プログラム上で正確な時間経過を知ることが困難なためである。すなわち、OS制御の元では、周波数のカウントなど正確な時間計測を必要とするリアルタイム処理は行いにくい。

そこで、本稿ではその解決策の一つとして、ワンチップマイコンとSBCを併用する手法を採用した。ワンチップマイコンはマルチタスクなどが不可能であり、単機能である代わりに、正確な駆動クロックを与えるとクロック通りに時間に正確な動作をすることができる。すなわち、リアルタイム処理に向いている。そこで、両者の長所を生かし、マイコンで周波数をカウントし、SBCでカウントした周波数データをネットワークで取り扱える形に変換した。

以下で、システムの詳細を述べる。QCMは様々な測定に使用することができるが、ここでは、水分を吸着する湿度センサとしての可能性を検討した。ワンチップマイコンにはPIC12F675(Microchip Technology)を用い、周波数カウンタプログラムをアセンブラで作成して書き込んだ。なお、マイコンの駆動には、高精度の周波数で発振する恒温槽型水晶発振器(OCXO、SCOCXOVT-AV5、16.384000 MHz、多摩デバイス)を用いた。次に、QCM用水晶振動子(9 MHz、エッチング仕上げ、多摩デバイス)をQCM簡易発振回路(多摩デバイス)に接続し、センサ回路を構成した。センサからの発振信号をマイコンに入力し、発振周波数をカウントし、デジタルデータとした。これらを8チャンネル分用意することで、最大8個のデータを同時に取得することができるようにした。次いで、得られたデータをSBCでテキストに変換し、Webサーバによりネットワーク配信した。その際のデータフォーマットはHPLCと同様の形式とした。また、PCにおけるデータ収集は、上述のクロマトグラム処理ソフトを改変することなく流用した。

QCMを湿度センサとして動作させるために、水晶振動子にPVA含有活性炭懸濁液を塗布し、振動子上に十分量の水分子を吸着できる状態にした。この振動子を装備したQCMの発振器を環境試験器(SH-242、エスペック)中に設置し、庫内を25℃に保ち、相対湿度(RH)を30~70%の範囲で変化させた。その結果、湿度変化に応じて振動数の変化が観測できた(図3)。RH=30~50%においては、周波数変化は小さいものの、ノイズの少ないデータを得ることができた。一方、60%以上の湿度ではデータがばらつく傾向が確認できた。このように、特に低湿度においては再現性ならびに低ノイズのデータを得ることができ、QCMの湿度センサとしての特性を示すことができた。

図3 QCMによる湿度計測

4. おわりに

シングルボードコンピュータが安価で容易に入手できるようになった。一方で、分析機器のネットワークへの接続と運用は未だ発展途上にある。このような中、シングルボードコンピュータが新規開発機器にとどまらず、旧来からの機器のネットワーク対応に大いに貢献できると考えられる。そして、より広く、より多くのデータを容易に収集し、整理することができるようになれば、新たなデータ活用の展開が期待できる。



【著者紹介】
小林 敬(こばやし たかし)
京都大学 大学院農学研究科 助教

■略歴
1998年3月 京都大学農学部食品工学科 卒業
2000年3月 京都大学大学院農学研究科 修士課程修了
2003年3月 京都大学大学院農学研究科 博士後期課程修了
2003年4月 大阪市立工業研究所 研究員
2007年4月 京都大学大学院農学研究科 助教。現在に至る。
博士(農学)