海洋pH観測のセンサ開発とXPRIZEへの挑戦(2)

海洋研究開発機構
研究プラットフォーム運用開発部門
三輪 哲也

XPRIZEにおけるトーナメント結果

Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE では、次の課題が設定された。「海洋の酸性化を知る手段は、少数の科学者の研究結果からもたらされている。しかしこの分野での民間の投資はほとんどない。海洋pH計測は海の健康をはかる大事な指標の一つだが、大規模な展開をするには高価すぎる。操作が複雑で、専門家のメンテナンスと再較正が必要。イノベーションの速度が遅いので、年単位の変化に十分なほど対応出来ていないし、長く持続できていない。新世代の改良された経済的なpHセンサの作成を促進させることが必要で、より安価で正確で、すべての海洋深度で操作できるpHセンサの提供が、最終的な目標である。」そこで、Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZEには2つの賞が用意された。Affordability Prize (手頃な価格で使いやすく正確なpHセンサの開発)と、Accuracy Prize (最も正確で安定に機能するpHセンサの開発)である。これらを競うため、4つのフェーズをクリアし、勝ち抜き戦を繰り広げた。
 フェーズ1は書類審査で、世界中の企業や大学、高校まで含め77チームがエントリーした。HpHSチームも、2014年6月にエントリーを済ませ、モントレー湾水族館研究所の試験水槽でフェーズ2の作動試験を実施した。ガレージにて組み立て、水槽内に設置し、pHの変動をとらえられるかのトライアルが行われた。実に多様のpHセンサが試された。(図3)



図3 ガレージでのpHセンサ組み立ての様子。右端がHpHSチーム。組み立てたpHセンサは、試験水槽に吊るされ、水槽全体のエアバブリングによりpHを変化させたときの追従ができるかを評価した。
赤矢印にHpHSが吊るされている。(写真提供:XPRIZE財団)

フェーズ3においては、ワシントン州のシアトルにあるシアトル水族館において、ピアから海水をくみ上げ、水族館の来訪者に観覧されながら、数か月の長期計測が実施された。フェーズ2~3では、バッテリーの交換などのメンテナンスだけとし、同一の機体を用いた。ファイナルフェーズにおいては、2015年5月にハワイ沖のSatation Alohaの海域において、ハワイ大学の「キロモアナ号」を用いた観測試験を行った(図4)。この決勝戦には5チームが進出し、HpHSチームもファイナリストとして参加した。われわれのほかは、イギリス、アメリカ、ノルウェーのチームであり、海洋観測における世界的なメーカー2社からのチームも含まれていた。海表面から水深3,000mまでの鉛直観察を行い、同時に行った採水器からサンプリングした海水のpHデータと比較して、評価された。
 最終審査はフェーズ2~4の結果を総合的に判断し、決められた。観測値の正確性(審査側が定めた標準値からの誤差の小ささ)、繰り返し性(複数回計測時の値のバラつきの少なさ)などに加え、長期安定性(長時間の計測におけるドリフトの小ささ)、扱いやすさや丈夫さなどが評価され、Accuracy Prizeにおいて、HpHSチームは3位を獲得した。

図4 ハワイ港をでる「キロモアナ号」甲板の5チームのpHセンサ。ファイナルフェーズでは同一条件の競争をするため、5チームのセンサがCTD採水器に取りつけられている。HpHSはやや下につきだしているが、赤矢印の先に配置された。CTDセンサはカルーセルの左下に見える。CTDセンサに比べると、pHセンサはいずれも大きい。採水器で採取した海水を精密に測り、各チームのpHセンサのデータと比較した。(写真提供:XPRIZE財団)

XPRIZEでイノベーションは加速したのか

Accuracy(正確性)とAffordability(手ごろ感)の両方で勝者となったのは、モンタナ大学からのベンチャー企業であるSunburst Sensorsチームであった。彼らのpH計測法は比色法であり、海洋pH計測においては、比色法の信頼性が高いことがあらためて示された。2位についたのは、海洋機器の世界的大手メーカーからのDurafetチームであった。ISFET半導体電極法を採用し、丈夫さとともに、実用展開に最も近い海洋pHセンサを自負した。これらの2機体は、XPRIZEが開催される前から米国で著名な装置であり、より改良が進んできている。HpHSはガラス電極法としてはもっとも良い成績を示したが、比色法も採用しているため、データそのものはSunburst Sensorsチームと引けを取らなかった。何が評価を下げたのかをみると、装置全体の大きさや、製造価格などAffordabilityが至らなかったことであった。2つの異なるセンサをハイブリッドさせたため、どうしても装置が長くなり、また全重量が重くなったため外装などを省略していた。Sunburst SensorsチームとXPRIZE後に情報交流を行い、制御基板の整理・流路設計のコンパクト化や、試薬使用量の少量化など、特許部分に触れないところでの課題を抽出した。比色法と他の手法を組み合わせた私たちの海洋pH計測法は、無理なく安定した値が得られる方法として発展改良が可能であり、XPRIZE参加前に比較的軽視していた扱いやすさを大幅に改善した次世代型のHpHSの開発を進めており、将来的にマイクロ流路技術を取り入れていこうとしている。

JAMSTECは西太平洋亜寒帯域の時系列観測点Station K2の海洋酸性化研究を継続しており、2015年からHpHSを係留設置し、精度の高い高頻度のpHデータの取得を実施している。2016年には北極域で、2019年には南極底層水の生成過程の解明を目指して、南極沿岸に2台を係留し、観測を行っている。XPRIZEが目指していたイノベーションの加速という点では、次世代型のHpHS開発において、海洋酸性化研究の用途だけではなく、二酸化炭素の地層回収・貯留(CCS)における海底での二酸化炭素漏洩モニタリングや、海底熱水鉱床などの開発に伴う環境影響評価への活用も見込んでいる。また、二酸化炭素排出を吸収し、温室効果ガスの増大を止めるカーボン・オフセットを評価する指標とするためにも、人の行けない環境の状態をはかるため、様々な海洋や水中の現場で、高精度高頻度なpHデータを取得し、海洋研究に貢献していく。ゆくゆくは、養殖業や水産業など、科学研究目標以外のユーザーに、海洋pH計測の活用が広がっていくことを期待したい。
最後に、2015年にHpHSが 「Wendy Schmidt Ocean Health XPRIZE」で3位を獲得した際のリリース7)およびPR動画をYouTube公開8)しているので、ご覧いただければ幸いである。



【著者紹介】
三輪 哲也(みわ てつや)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 研究プラットフォーム運用開発部門
技術開発部 調査役

■略歴
愛知県名古屋市生まれ
1991年 東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻博士課程修了
同年 新技術事業団創造科学技術推進事業 永山たん白集積プロジェクト 研究員
1995年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻藤嶋研究室 助手
1998年 海洋科学技術センター 深海環境フロンティア 研究員
2008年 独立行政法人海洋研究開発機構 海洋工学センター先端技術研究プログラム グループリーダー
2019年 国立研究開発法人海洋研究開発機構 研究プラットフォーム運用開発部門 技術開発部 調査役 現在に至る。 博士(工学)。

明治大学大学院理工学研究科 客員教授
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 客員教授