pHセンサの動向と最近の話題(1)

(株)堀場アドバンスドテクノ
辻 皓平

1.pH測定の原理と多様な電極

pHは水溶液の酸性、アルカリ性の度合いを示す指標であり、水素イオン活量の対数で定義される。活量とは、周りのイオンや溶媒分子との相互作用を反映した量で、溶液が低濃度の場合には実質的には活量と濃度(mol/L)は等しいと考えることができる。pH7を中性、これよりpH値が小さいときは酸性、大きいときはアルカリ性と呼ぶ。現在はガラス電極を用いた電位差測定法(以下、ガラス電極法)が、JISでは標準法として定められている。ガラス電極法では、あらかじめpHが割り当てられた標準液を用いた校正が必要となり、JIS(Z8802)では6種類のpH標準液が定められている。ガラス電極法はpHに応答する作用電極と、溶液の濃度や組成に依らず一定の電位を示す参照電極との間に発生する電位差を測定し、pHに変換する(図1)。作用電極の主流はガラス電極であり、その応答機構はガラス膜表面相と試料溶液間での水素イオンの分配平衡に基づいている。一方、参照電極は、液絡部と呼ばれる試料溶液との接合部から、高濃度のKCl溶液を試料溶液側に絶えず流出させることで、試料溶液と参照電極の内部液の間の液間電位差を一定に保っている。近年は作用電極と参照電極が組み合わされた複合型電極が広く使用されている(図2)。

またアプリケーションの拡大に伴い、測定用途に応じた様々なタイプのガラス電極が開発されてきたが、その発展形としては大きく性能面と形状面に二分される。前者の例としては低電気伝導率サンプル向けやガラスを溶かす性質のあるフッ酸に対して耐久性を向上させた電極などが、後者としては突き刺し測定が可能なニードル形状や、平面測定を可能とするフラット形状となっている電極が挙げられる。ガラス電極以外の作用電極として他にもアンチモン電極や半導体技術を利用したISFET電極があり、それぞれ特長を生かせる分野にて使用されている。一方、参照電極も内部液を流出させる液絡機構や内部極構造においてその種類が多岐に渡り、作用電極との組み合わせ次第で非常に多様な電極構成が可能となる。しかしながら従来のpH電極は、参照電極において内部液の容量を確保するためにある程度の体積が必要なことから、電極の小型化およびコストダウンに課題を残していた。

図1 pH測定系模式図
図2 複合型ガラスpH電極の一例
(HORIBA Advanced Techno 9615S-10D)

2.課題解決に向けた近年のセンサ技術

小型で安価なpH電極の需要が高まる中、近年ではさらに応答物質材料は多様化し、従来のガラス電極やISFET電極、アンチモン電極以外にも、種々の金属あるいは金属酸化物系電極1)-5)、ポリアニリンを応答膜とした導電性高分子系電極6)などが報告されている。また特にここ数年、アプリケーションとしてウェアラブルデバイスへの搭載を見据えたフレキシブルセンサ形態での評価も盛んに行われている。導電性高分子は応答膜そのものが柔軟性を有していること、金属酸化物を応答材料とする電極は、導電性クロスの上に酸化物ナノ粒子を担持する方法5)や、酸化物ナノ粒子を導電性薄膜上にインクジェット印刷する7)方法が可能であることから、従来のガラス電極と比較し電極形状の自由度も向上している。センサの薄膜化・小型化という点においても、これらの新技術は作用電極部に内部液を必要とせず、その点で従来のガラス電極よりも小型化に適した構造となっている。
ガラス電極の場合には、応答膜の加工に繊細な感覚が必要なことから、職人の熟練した技術に頼って生産される場面が多く、製造工程という観点でも大量生産にも限界があった。上記に紹介した新技術ではセンサ部を機械的に生産できる可能性も有しており、大量生産による安価なpHセンサとしても期待できるものである。
ISFET電極は従来用いられていたセンサでもあるが、半導体プロセスを経て製造されており、微小なセンサを高密度に集積可能なことから、その特長を生かしてDNAシーケンサにも利用されている8)。DNAシーケンサでは1万個以上ISFETアレイが並列されており、DNAの伸長反応において発生するpH変化をそれらが同時並行で検出することで、DNA配列を高速で解読することができる。こちらは半導体プロセスによってセンサの大量生産が可能であることをうまく活用したアプリケーションとなっている。

一方、参照電極にも様々な技術が取り入れられ開発が進められている。例えば、イオン液体を液絡に用いた電極9)では、内部液である塩化カリウム水溶液をほとんど流出させずに測定を行うことが可能となっている。これにより、塩化カリウムと反応を起こすサンプルや、少量の塩化カリウムのコンタミネーションにも敏感な低電気伝導率のサンプルの測定を安定して行うことができる。またイオン液体に樹脂を混合して固体化させることで、完全に内部液が不要な技術も研究されている10)。この他にもフィルム基材上に薄膜状完全固体の銀/塩化銀電極を形成し、微小な参照電極とする手法もある11,12)。内部液が不要な参照電極は、現状、従来の内部液を有するタイプの参照電極と比較すると安定性などで劣っている面もあるが、今後さらなる発展が期待できるものとなっている。またpHに応答しないFETや金属電極を参照電極2)とする技術もあり、pH電極の小型化にとって重要な課題である参照電極の完全固体化に向けたアプローチも複数展開されている。これら参照電極の固体化・小型化技術を前述した作用電極の技術と組み合わせることで、さらに多種多様な電極が実現できるようになり、要求精度や使用形態に合わせたpH電極の選択の幅がより広くなるだろう。
また電気化学的手法以外にも、蛍光色素を利用しその発光強度や蛍光寿命をイメージングによってpHを解析する手法13)もあり、電極での測定が困難な細胞や臓器といった生体反応の分析に主に利用されている。

次回に続く-

参考文献

1) T.Hashimoto,M.Miwa,H.Nasu,A.Ishihara,Y.Nishio,Electrochim.Acta,220,699-704(2016)
2) K.Xu,Y.Kitazumi,K.Kano,O.Shirai,Electrochem.Commun.,101,73-77(2019)
3) M.Wang,S.Yao,and M.Madou,Sens.Actuators B,81,313-315(2002)
4) L.Manjakkal,K.Cvejin,J.Kulawik,K.Zaraska,D.Szwagierczak,G.Stojanovic,J.Electroanal.Chem.,705,81-85(2013)
5) J.Chou,J.Chiang,Sens.Actuat.B:chem,62,81-87(2000).
6) Y.Li,Y.Mao,C.Xiao,X.Xu,X.Li,RSC Advances,10,21-28(2020)
7) M.Jović,J.C.Hidalgo-Acosta,A.Lesch,V.C.Bassetto,E.Smirnov,F.Cortés-Salazar,H.H.Girault,J.Electroanal.Chem.,819,384-390(2018)
8) J.M.Rothberg et al.,Nature,475,348-352(2011)
9) M.Shibata,M.Kato,Y.Iwamoto,S.Nomura,T.Kakiuchi,J.Electroanal.Chem.,759,82-90(2015)
10) S.A.Chopade,E.L.Anderson,P.W.Schmidt,T.P.Lodge,M.A.Hillmyer,and P.Bühlmann,ACS Sens.,2,1498–1504(2017)
11) T.Kim,S.Hong,S.Yang,Sensors,15,6469−6482(2015)
12) A.Moya et al.,Anal.Chem.,91,15539–15546(2019)
13) 中林孝和、太田信廣,BUNSEKI KAGAKU,58,473-485(2009)



【著者紹介】
辻 皓平(つじ こうへい)
株式会社堀場アドバンスドテクノ 開発本部

■略歴
2016年 株式会社堀場製作所へ入社。
                   pH、イオンセンサの開発業務に従事。
2017年 株式会社堀場アドバンスドテクノへ転籍。
                   引き続きセンサ開発業務に従事し、現在に至る。