屋内Wi-Fi 測位の基本と最前線(1)

九州大学大学院
システム情報科学研究院
石田 繁巳

1.はじめに

スマートフォンを使っている人であれば、自分の今いる場所に基づいた道案内やお店の検索など、場所に依存したサービスを当たり前のように利用しているだろう。スマートフォンには衛星からの無線信号を使って測位を行うGPS (Global Positioning System)モジュールが内蔵されており、GPSで測位した結果に基づいて今いる場所を特定し、場所に依存したサービスを実現している。GPSよりも高精度な測位を実現する準天頂衛星システム「みちびき」の話題は、本稿執筆時点では記憶に新しく、屋外環境では容易に位置情報を入手できるようになったと言える。
一方で、道案内などを屋内環境において提供している例はあまり見かけない。屋内ではGPSのように広範囲で利用可能な測位システムが存在せず、各環境に測位システムを導入しなければならない。高い導入コストに見合うサービスを導入場所で実現しなければならないことから、誰もが簡単に無料で使える測位システムがほとんど導入されていないのが実情である。
屋内で利用可能な測位技術の研究開発は古くから行われており、研究開発は現在も活発に行われている。特に、屋内環境ではWi-Fi*1が広く普及していることからWi-Fi を用いて測位を行うWi-Fi 測位技術への期待は大きく、主に高精度化に向けて様々な研究開発が進められている。
本稿ではWi-Fi測位技術の基本を説明した後、近年報告された技術について概説する。
なお、紙面の都合上、近年報告された技術に関しては「このような技術がある」という紹介を目的として、基本アイデアの説明のみにとどめる。

*1 Wi-Fi Alliance の認証を受けた無線LAN 機器はWi-Fi 機器と呼ばれることから、「無線LAN」と「Wi-Fi」はしばしば混同されて使わ れている。本稿では無線LAN 機器のWi-Fi Alliance 認証の有無については考慮せず、無線LAN をWi-Fi と記述する。

2.Wi-Fi 測位のキホン

Wi-Fi測位技術はその測位方式の違いにより2種類に大別できる。1つ目は、多辺測位(multilateration)・多角測位(multiangulation)である。 Wi-Fi通信で得た距離や角度を用いて、いわゆる三辺測量・三角測量を行う。2つ目は、位置指紋測位 (fingerprinting)である。あらかじめ測位エリアの各所で何らかの物理量を測定しておき、測位対象端末で測定した物理量と近い物理量となる位置を探索することで測位を行う。
以下では各方式について説明する。

2.1 多辺・多角測位

図1にWi-Fiを用いた多辺測位、多角測位の概要を示す。いずれの方式も「位置が分かっている基準点」となるWi-Fi端末が必要であり、図はWi-Fiアクセスポイント(AP)が基準点であるものとして描いている。多辺測位では、3つの基準点と測位端末との距離r1~r3をそれぞれ測定し、基準点を中心とする半径r1~r3の円の交点を求めることで測位端末の位置を推定する。多角測位では、2つの基準点において測位端末の方位角ϕ1、ϕ2を測定し、方位線の交点を求めることで測位端末の位置を推定する。
端末間の距離や角度はWi-Fi通信によって推定する。測位端末が送信したWi-Fi信号は電波が伝搬するとともに減衰することから、APで受信したときの信号強度から減衰量を測定して距離を推定できる。また、複数のアンテナを用いてWi-Fi信号を受信すれば到来方向に応じてアンテナごとに信号受信時刻にわずかな差が生じることから、各アンテナが受信する信号間には到来方向に応じた位相差が生じる。このため、複数のアンテナを持つAPでWi-Fi信号を受信し、アンテナ間の位相差を測定することで電波の到来角を推定できる。

図1 多辺測位、多角測位の概要

現実環境では距離や角度を高精度に推定することは困難であるため、誤差を含む距離・角度を用いて多辺測位、多角測位を行う。例えば多辺測位であれば、基準点を中心として誤差を含む距離?̃1~?̃3を半径とする円を描いても1点で重ならないことが考えられる。このため、4つ以上の基準点からの距離を測定し、基準点を中心として誤差を含む距離を半径とする円が重なり合う点の中から「尤もらしい位置」を推定することで測位を行う。

2.2 位置指紋測位

図2に位置指紋測位の概要を示す。位置指紋測位においても多辺測位、多角測位におけるAPのような基準点が必要であるが、多辺・多角測位とは異なりAPの位置は分からなくても構わない。その代わりとして、測位に必要な情報を収集する「トレーニング」が必要である。トレーニングでは測位エリア内で各APの信号強度を測定し、測定した位置と対応付けて記録する。信号強度の測定は測位エリアの中のあらゆる場所で行い、測位エリア内の各所での信号強度情報を収集する。測位を行う場合には測位端末で各APの信号強度を測定し、トレーニング時に収集した信号強度情報の中から測位端末で観測した信号強度と似ている場所を探索し、その場所に測位端末があると推定する。

図2 位置指紋測位の概要

現実にはトレーニングにおいてAPの信号強度をすべての場所で測定することは困難であることから、数メートル角などに測位エリアを区切り、その中心点で信号強度を測定する。測位時には信号強度が似ている場所を複数箇所探索し、その重心などを求めることで測位を行う。

次回に続く-



【著者紹介】
石田 繁巳(いしだ しげみ)
九州大学 システム情報科学研究院 情報知能工学部門
先端情報・通信機構学講座 助教

■略歴
2006年 芝浦工業大学工学部卒業。
2008年 東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了。
2012年 同大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。
2008年 (株)アクティス入社。
2013年 米国ミネソタ大学客員研究員。
2013年より九州大学システム情報科学研究院助教。
無線通信、センサネットワークなどに関する研究に従事。
ICMU Best Paper(2016年)、山下記念研究賞(2016年度)、
電子情報通信学会通信ソサイエティ活動功労賞(2019年)など受賞。