光ファイバセンサの国際規格とモニタリングシステムのガイドライン(1)

東京大学
新領域創成科学研究科
教授  村山 英晶

1.はじめに

遠隔計測、分布・多点計測や耐電磁ノイズ性、耐久性といった光ファイバセンサの特長を活かした社会基盤・建築、資源・エネルギー開発、輸送機器、農業・水産業への適用・応用が進められている。例えば、シェールガスやオイルサンドなど非在来型資源の難易度の高い開発では、光ファイバに沿って分布的・連続的に温度を遠隔計測することができるDTS (distributed temperature sensing) が油井の状態監視に用いられ、資源抽出の最適化に役立てられている1)。また、船舶の構造健全性をひずみや加速度から監視・評価するための船体構造モニタリング (hull monitoring system) では、おもに長期計測やキャリブレーションの観点から、FBG (fiber Bragg grating) と呼ばれる光学デバイスから構成される光ファイバひずみゲージや加速度センサが一般的に使用されるようになってきた2)
近年、光ファイバセンサの普及が進む中で、質あるいは量のうえで大規模なシステムを開発するインテグレーターとの連携によりビジネスチャンスを狙うセンサ企業、様々な開発元のセンサを組み合わせて付加価値を高めたいシステムインテグレーターが、「標準」や「規格」に関心を持ち始めている(本稿では標準と規格は同義の用語として用いている)3)。なかでも、IEC (International Electrotechnical Commission) で光ファイバセンサに関する国際規格の制定が活発に進められている。
本稿では、IEC規格を中心に光ファイバセンサの国際規格の動向とその基盤となっている標準・規格について紹介する。また著者が関わる海上輸送機器(船舶)の構造モニタリングについて、国内外の動向と今後の展望について述べる。

2.光ファイバセンサの国際規格

光ファイバセンサの国際標準化はIEC TC86の下にあるSC86C、さらにその中にあるWG2において審議され、規格が作成・開発される。ここでTCとはTechnical Committeeで、TC86はファイバオプティクスを委員会名としてもち、おもに光ファイバ・ケーブル、光コネクタや通信装置とともに用いられる光ファイバシステム、モジュール、デバイスに関する標準を整備することを目的とする専門委員会である4)。またSCはSub Committee、WGはWorking Groupで、それぞれ小委員会、作業部会を表している。TC86/SC 86C/WG2は、光ファイバセンサに関係する用語、性能、インターフェース特性、試験方法、信頼性などに関する標準化を担当している。現在(2021年1月時点)、16か国から著者を含む68名のMemberが登録されている。ConvenorはドイツのWerner Daum氏が務めている。
現在まで、総則のIEC 61757:2018 Fibre optic sensors – Generic specification、FBGを用いたひずみ計測についての規格IEC 61757-1-1:2020 Fibre optic sensors – Part 1-1: Strain measurement – Strain sensors based on fibre Bragg gratings、ラマン散乱光やブリルアン散乱光を用いた温度の分布計測、すなわちDTSについての規格IEC 61757-2-2:2016 Fibre optic sensors – Temperature measurement – Distributed sensing、ファラデー効果を利用した光ファイバ電流計測に関する規格IEC 61757-4-3:2020 Fibre optic sensors – Part 4-3: Electric current measurement – Polarimetric methodの4つの規格が発行されている。規格の番号には、光ファイバセンサに関する規格として61757が、次に計測量を示す数字、計測技術を示す数字が付け加えられている。表1に光ファイバセンサのIEC規格の体系を示す。実業での利用が進んでいるDTSとFBGを用いたひずみ計測について規格が発行され、電流計測が続いた。現在、進展度合いはそれぞれ異なるが、FBGを用いた温度計測と傾斜計測、DSS (distributed strain sensing)、DAS (distributed acoustic sensing) およびDSV (distributed vibration sensing)に関する規格の作成が進められている。DSSはブリルアン散乱光やレーリー散乱光を用いたひずみの分布計測が対象で、パイプラインやケーブル、盛土のモニタリングなどに利用されている。またDASあるいはDSVは光ファイバに発生する微小な振動外乱を分布的・連続的に計測できるため、石油・ガス産業やセキュリティ、地震観測などの分野で近年の発展と注目が著しい技術である。

表1 光ファイバセンサのIEC規格の概要
IEC 61757 Fibre optic sensors – Generic specification
横軸:計測技術 (T)
縦軸:計測量 (M)
IEC 61757-M-1
Fibre Bragg grating
IEC 61757-M-2
Distributed sensing
IEC 61757-M-3
Faraday effect
IEC-61757-M-T
Strain measurement
ひずみ
IEC 61757-1-1:2020 Strain measurement – Strain sensors based on fibre Bragg gratings DSS    
Temperature measurement
温度
Temperature sensors based on FBG IEC 61757-2-2:2016 Temperature measurement – Distributed sensing    
Acoustic sensing
音響
  DAS/DVS    
Electric current measurement
電流
    IEC 61757-4-3:2020 Fibre optic sensors – Part 4-3: Electric current measurement – Polarimetric method  
Tilt measurement
傾斜
Tilt sensors based on FBG      

TC86/SC 86C/WG2では、新規にIEC規格を作成するプロジェクトを立ち上げる際、PL候補が規格の対象、技術、市場などについてプレゼンする以外に、内容のあるドラフトの準備が求められる。ドラフト作成にあたっては、これまでドイツVDI/VDEの規格、石油・ガス産業における光ファイバの利活用を促進する目的をもつ国際的な産業ジョイント・フォーラムであるSEAFOM™の文書、日本の光産業技術振興協会規格 (OITDA規格) などが参照されてきた。
標準化を「基本規格」、「製品規格」、「試験方法規格」、「プロセス規格」という観点で分けた場合3,5)、現状の光ファイバセンサに関するIEC規格は「基本規格」、あるいは「試験方法規格」と捉えることができる。前者は製造者とユーザー間、あるいは研究者・技術者間での正確なコミュニケーションを実現するため、用語、単位の統一を図ることをおもな目的としており、総則のIEC 61757がその役目を担っている。その他は試験方法規格であり、製品やシステムの性能・特性を正確に評価できる信頼性・汎用性の高い試験方法が示されている。
一般的な電磁気的な原理で作動するセンサとは異なる性能・特性を有する光ファイバセンサでは、それらを示す特徴的な専門用語が用いられ、またそれらを評価するための手法も独特のものとなり得る。例えばDTSのような分布計測において、光ファイバに沿って計測量を分離同定できる2点間の最小距離を空間分解能 (spatial resolution) は、最も重要かつ特徴的な性能指標と言えるが、用語、定義、評価手法がIEC規格によって標準化されたことは画期的であったといってよい。
計測システムをモジュール化された部品で構築することができるよう部品の互換性を高めたり、インターフェースを標準化したりすることは製品規格になる。また計測システムと他のシステムとのインターフェースやデータ形式を標準化することは、大規模なシステムを開発するインテグレーターにとって関心の高いものであろう。ただし、光ファイバセンサは高度に標準化された光ファイバ通信技術にもとづいて構築されるため、またシステムの構成要素として組み込まれる場合は、それぞれのシステムの仕様に合わせる必要があるため、今のところ光ファイバセンサのIEC規格で製品規格に相当するプロジェクトは議論されていない。製品開発に大きな影響を及ぼす可能性があるため、センサメーカーは動向をフォローしておく必要があるだろう。
具体的に光ファイバセンサを利用する場合、どのような製品を選べばよいのか、またどのようにセンサを設置・較正すればよいのか、といった問題は、徐々に普及が進み、一般的になってきたとは言え、ユーザーを悩ませることが多いと考える。このようなとき、製品製造やシステム構築・運用のための方法や管理などのプロセスを標準化するプロセス規格が心強い味方となってくれるだろう。
著者の知る限りでは、ASTM (American Society for Testing and Materials) Internationalが分布型光ファイバセンサを用いたトンネル等の工事の際に発生し得る地盤変動のモニタリングの実施方法について6)、SAE (Society of Automobile Engineers) Internationalが光ファイバセンサを航空機に使用する際のセンサシステムの選定ガイドラインを発行している7)。製品規格同様、プロセス規格についてもSC 86C/WG2でこれまで具体的な標準化活動は行われていないが、今後、様々な分野での正しい利用を支援するうえで、このようなプロセス規格は重要となると考える。例えば、橋梁の維持管理を目的としたモニタリングに光ファイバセンサを適用する場合、センサの設置位置、施工法、較正法、データ形式・処理・解析・評価などに対して標準化された手法が確立されると、互換性・共通化による初期費用・維持費の低コスト化や利便性の向上、体系的な知見の蓄積による利用価値の向上などが期待できるだろう。
著者自身は、海上輸送、海洋における再生可能エネルギー・資源開発における光ファイバセンサの適用拡大に資する標準化やガイドライン作成に関心を持っている。次章では、船舶の構造の健全性を監視する船体構造モニタリングについて述べ、光ファイバセンサおよびその標準化との関連について検討する。

次回に続く-

参考文献

1) T. Yamate, G. Fujisawa, Toru Ikegayami, Optical Sensors for the Exploration of Oil and Gas, Journal of Lightwase Technology, 35(16), 3538-3545, 2017.

2) 藤野陽三(監)、構造物のモニタリング技術、コロナ社、2020.

3) 村山英晶、特定非営利活動法人・光防災センシング振興協会の取り組み:標準化・啓発・開発、計測と制御、51(3)、293-298、2012.

4) 松井隆、荒木則幸、泉田史、IEC TC86 (ファイバオプティクス) における国際標準化活動状況、NTT技術ジャーナル、28(9)、56-59、2016.

5) 藤野仁三、江藤学、標準化ビジネス、白桃書房、2009.

6) ASTM F3079-14, Standard Practice for Use of Distributed Optical Fiber Sensing Systems for Monitoring the Impact of Ground Movements During Tunnel Utility Construction on Existing Underground Utilities, 2014.

7) AIR6258, Fiber Optic Sensors for Aerospace Applications, SAE International, 2015.



【著者紹介】
村山 英晶(むらやま ひであき)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 海洋技術環境学専攻 教授

■略歴
1996年 3月 東京大学工学部船舶海洋工学科卒業
1999年 1月~2001年3月日本学術振興会特別研究員
2001年 3月 特殊法人宇宙開発事業団宇宙開発特別研究員
2003年 5月 東京大学大学院工学系研究科環境海洋工学専攻講師
2006年10月 同助教授
2007年 4月 同准教授
2008年 4月 東京大学 大学院工学系研究科システム創成学専攻准教授
2013年 7月 – 現在 東京大学 大学院工学系研究科附属レジリエンス工学研究センター 協力教員
2015年 4月~2016年4月スウェーデン王立工科大学 School of Engineering Sciences 客員研究員を経て
2017年 6月より現職