非冷却赤外線イメージセンサ(2)

立命館大学
理工学部 特任教授
木股雅章

4. 発展段階にMEMS技術が果たした役割

イメージセンサにとって画素ピッチ縮小は最も重要な課題であり、非冷却赤外線イメージセンサでもこれまで画素ピッチを縮小するための技術開発に多大なリソースが投入されてきた。画素ピッチは、1992年に発表された非冷却赤外線イメージセンサでは50 μmであったが1)、2001年には25 μm、2007年には17 μm、2013年には12 μmに縮小されており2)、2016年には画素ピッチ10 μmの素子3)も発表されている。
画素ピッチを縮小すると高解像度化が可能になる。解像度は1992年のQVGA (Quarter Video Graphics Array, 320×240画素)から、1999年にはVGA (Video Graphics Array, 640×480画素)、2009年にはXGA (Extended Graphics Array, 1024×768画素)の非冷却赤外線イメージセンサが報告されており2)、現在ではフルハイビジョン対応の解像度を持った高解像度非冷却非冷却赤外線イメージセンサも開発されている4)
画素ピッチを50 μmから10 μmと縮小すると、画素面積は0.04倍となり、一画素で受光することができる赤外線放射束が0.04倍に減少する。放射束減少にもかかわらず、10 μm 画素でもNETD < 50 mK(F/1光学系を用いた場合)の性能を維持しており、1992年以降熱型赤外線検出器の感度は25倍向上した。

2で説明したように、熱型赤外線検出器の性能は、温度センサの高感度化または熱コンダクタンスの低減で改善することができる。図4は、これまで報告されている非冷却赤外線イメージセンサの熱コンダクタンスと画素ピッチの関係を示す5)。この図から熱コンダクタンスは画素ピッチの2.7乗に比例(一点鎖線)していることがわかる。画素面積の減少による赤外線放射束の減少を補うには、熱コンダクタンスを画素ピッチの2乗に比例するように設計すればいいが、これを超えて熱コンダクタンスが低減されており、これまでの性能改善が熱コンダクタンス低減によって達成されてきたことがわかる。

図4 画素ピッチと熱コンダクタンス。MEMS技術は画素ピッチ縮小による感度低下を熱コンダクタンス低減で補償し発展を支えた。

図5にピッチの小さな画素で高い断熱性(低熱コンダクタンス)を実現するために開発された画素の構造の例を示す6)。この構造は、支持脚と受光部を別の層として形成することで、開口率を減少させることなく支持脚を長くして熱コンダクタンスを低減できるもので、2層の犠牲層を使ったマイクロマシニングプロセスで作製される。また、支持脚とボロメータ層を一つの層とし、赤外線吸収層を別の層としたものも開発されている7)

図5 熱コンダクタンスの低減が可能な画素構造の例6)

MEMS微細加工技術を高度化すると、図3の画素構造のまま支持脚を微細化して熱コンダクタンスを低減することもできる。MEMS微細加工技術の高度化に関しては、50 μm画素では1.5 μm、25 μm画素では0.8 μm、17 μm画素では0.5 μm、12 μm画素では0.3 μm というMEMS最小設計寸法が採用されているという報告がある8)
以上のように1990年代から現在に至るまでの発展段階においても、画素ピッチ縮小で非冷却赤外線イメージセンサの進化を支えたのはMEMS技術であった。

5. 現状と今後

技術面では、画素ピッチは回折限界に近付いており、これ以上画素ピッチ縮小を進めると理論的な限界である熱的な揺らぎが感度維持に影響を及ぼす可能性も出てきている。そのため、これまでの技術をブラッシュアップして画素ピッチの縮小を進めることはかなり難しく、技術的には踊り場を迎えつつあると思われる。技術的には飽和状況にはあるが、現状の非冷却赤外線イメージセンサはほとんどの応用分野で十分な性能を有しているので、当面、現状技術を産業に繋げることが肝要と考えられており、最近はビジネス動向に注目が集まっている。
非冷却赤外線イメージング市場では数年前から応用分野拡大に向けて低価格下が進んだ。また、カメラコアのビジネスの活性化で赤外線技術の蓄積がない企業が非冷却赤外線カメラを搭載した製品を市場投入する例も増えてきた。現在、世界全体で非冷却赤外線イメージング市場の規模は140万台、$3Bまで成長している9)
非冷却赤外線イメージング市場を金額的に支えている応用分野は、これまでと同じセキュリティーや保守保全である。しかし、2014年にスタートしたスマートフォン用赤外線カメラの出荷数は、2018年には47万台に達しており9)、現在、スマートフォン用赤外線カメラが数量で市場をけん引役する状況になっている。多くの赤外線関係者が今後を期待している自動車搭載赤外線ナイトビジョンシステムについては、立ち上がりが遅れているものの、単なる画像表示装置からADAS用あるいは自動運転用のセンサの一つとしての注目が高まっており、今後が期待できる。すでにGM傘下のCruise Originが自動運転車に赤外線ナイトビジョンシステムの搭載を決定しているとの報道もある10)

6. おわりに

以上のように、非冷却赤外線イメージセンサの発展にはMEMS技術が非常に重要な役割を果たした。非冷却赤外線イメージセンサでMEMS技術の導入が成功したのは、それ以外の技術では不可能な性能を実現できる技術であり、実用化した後の画素ピッチ縮小にも対応できる技術であったことによる。すでに10 μmの大きさの画素を200万画素以上集積化した非冷却赤外線イメージセンサが開発されていて、ビジネス面でも市場拡大の兆しが見え始めており、今後が期待される。

1) R. A. Wood, et al., Tech. Dig. IEEE Solid-State Sensor and Actuator Workshop, pp. 132-133 (1992).

2) 木股, 赤外線センサ 原理と技術, 科学情報出版 (2018).

3) G. D. Skidmore, Proc. SPIE, Vol. 9819, pp. 98191O-1-98191O-9 (2016) .

4) A. Kennedy, et al., Proc. SPIE, Vol. 9451, pp. 94511C-1-94511C-10 (2015).

5) 木股, 応用物理, Vo. 87, pp. 648¬-654 (2018).

6) D. Murphy, et al., Proc. SPIE, Vol. 4721, pp. 99-110 (2002).

7) H. Jerominek, et al., Proc. SPIE, Vol. 4028, pp. 47-56 (2000).

8) J. J. Yon, et al., Proc. SPIE 6940, pp. 69401W-1-69401W-8 (2008).

9) 株式会社テクノ・システム・リサーチ, 2019年非冷却赤外線イメージング市場のマーケティング分析 (2020).

10) https://www.youtube.com/watch?v=TGe4sOHYiXc (2020年8月16日)



【著者紹介】
木股 正章(きまた まさふみ)
立命館大学 理工学部 特別任用教授

■略歴
1976年 名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了。同年 三菱電機株式会社入社。
2004年 三菱電機株式会社退社。同年 立命館大学理工学部教授。1980年より現在まで赤外線イメージセンサの研究開発に従事。
2009年よりJAXAのType-II超格子赤外線センサの開発に参画。電気学会、日本赤外線学会、応用物理学会、IEEE会員、SPIEフェロー。
2013~2014年 日本赤外線学会会長。
2016年 立命館大学退職。同年 立命館大学理工学部特任教授。

1988年 市村賞貢献賞、1993年 全国発明表彰内閣総理大臣発明賞、2016年 日本赤外線学会業績賞などを受賞。工学博士。