MEMS技術との融合により実現する人工細胞膜センサ(1)

神奈川県立
産業技術総合研究所
大崎寿久
東京大学 大学院
情報理工学系研究科
教授 竹内昌治

1.はじめに

細胞膜は、細胞の内外を隔てるだけでなく、細胞内小器官を形作るなど、細胞の主要な構成要素の一つとなっている。細胞膜は、主に脂質二重膜と膜タンパク質からなる(図1)。脂質二重膜は両親媒性の脂質分子からなり、疎水性の炭化水素鎖を向かい合わせた膜構造をとることで、特にイオンや親水性分子に対する隔壁となっている。一方で、膜タンパク質は脂質二重膜中に存在し、膜を介した情報伝達や物質輸送の役割を担っている。細胞膜を人工的に再構成する試みは、古くは1960年頃から行われてきたが、近年、MEMS技術の利用により簡便に再現良く脂質二重膜を形成できるようになってきた。また、そうしたデバイスは細胞膜機能の解明に使われ、さらに細胞膜機能を活用するセンサの研究へと発展している。本稿では、MEMS技術を利用した人工細胞膜の作製方法と、そのセンサ応用の現状に関して、筆者らの研究を中心に紹介する。

図1 細胞膜模式図。

2.MEMS技術を利用した脂質二重膜形成デバイス

脂質分子は親水基と疎水基をもつことから、気液界面や油水界面で脂質単分子膜を自発的に形成する。脂質二重膜は、こうした脂質分子の自己組織化を利用することで作製できる。旧来は、微小孔を設けた疎水性高分子フィルムを水相に設置しておき、微小孔に刷毛で脂質分散油を塗布することで脂質二重膜を得る刷毛塗り法や、気液界面に形成した単分子膜に高分子フィルムを沈めることで、その表裏に単分子膜を転写して微小孔に脂質二重膜を形成するMontal Mueller法などが用いられていた。しかしながら、これらの方法は実験者の技量に頼るところが大きく、工学的に広く脂質二重膜を利用するには至らなかった。
2000年代以降、MEMS技術を利用した脂質二重膜形成デバイスが提案されるようになった。例えば、2つのマイクロ流路の交差する部分に微小孔を設けたデバイスでは、片側の流路には水溶液を満たし、もう片側に脂質分散油と水溶液を逐次導入することで、脂質二重膜を形成できる。マイクロ流路における層流の効果を利用することで、連続して流れる油相と水相が混合することなく、また微小孔周辺のみに油相が残留して、刷毛塗り法の要領で膜が形成される。片方の流路はマイクロウェル形状でもよく、ウェルをアレイ化すれば一度にたくさんの脂質二重膜を形成することもできる(図2)1-3)

図2 (a-c) マイクロ流路を利用した脂質二重膜作製デバイス。(d) ウェル-流路間の微細孔に形成された脂質二重膜の顕微鏡写真。(e) イオンチャネル(膜タンパク質)の計測を行うための銀塩化銀電極。
Reprinted with permission from Ref. 1. Copyright 2009 American Chemical Society.

より簡便な方法として、竹内らは脂質を分散した油中水滴2つを接触させるとその界面に脂質二重膜が形成されることを報告した4)。液滴同士の接触を保つため、2つの円筒ウェルが重なった「8」字型ウェルを準備し、まず脂質を分散したデカン溶液を、続いて水溶液を滴下する2段階のピペット操作のみで脂質二重膜を安定的に作製できる(図3)。この液滴接触法は、液滴サイズと距離を規定することで容易に再現良く脂質二重膜を形成できる方法として、世界的にも広く普及している5,6)

図3 液滴接触法による脂質二重膜の作製。
Adapted from Ref. 5, Copyright 2013, with permission from Elsevier.

MEMS技術は、脂質二重膜形成法のみではなく、その安定性に関しても貢献している。脂質二重膜は、疎水性相互作用(非共有結合性)による脂質分子2層からなる。厚さは5 nm程度であり、物理的・電気的刺激により容易に破壊されることが知られている。脂質二重膜の安定性を向上させる方策として、形成される膜面積と、膜を保持する微小孔の材料特性・形状の制御が考えられる。旧来は、熱した針を使って穿孔することによりテフロンなどの高分子フィルムに微小孔を作製していたが、現在はフォトリソグラフィプロセスを利用することで、直径100 μm以下の微小孔に対してもサイズや形状を精度良く制御可能となり、膜安定性向上に寄与している7)。一方で、微小孔の縁部分の厚みを脂質二重膜の厚さに近づけることによって安定性を向上させる研究も行われている。平野らは、シリコンの微細加工によって、微小孔の縁をナノメートルスケールのテーパーをもつ滑らかな形状とすることで、形成される脂質二重膜の機械的強度を高めることに成功した8)
別の観点として、脂質二重膜に接する水溶液の振動が、膜破壊に及ぼす影響についても研究がなされている9)。脂質二重膜の安定性は、機械的振動に対する膜破壊率を観測することによっても評価することができる。竹内らは、形成された脂質二重膜が理論的予測とは異なる周波数域で破壊されることに着目し、その原因が、膜が接する液滴の振動にあることを見出した。低周波数域で液滴の振動を抑制するには、液滴の共振周波数を高周波数域に変化させるための微小化や、液滴との界面張力を上昇させるためのウェル表面の撥水撥油処理が重要であることを明らかにした(図4)。

図4 周波数30 Hz、振幅0.3 mmの振動を与えた際に生じる液滴のスロッシング現象。表面の撥油処理(右)によって振動を抑制できることが分かる。ウェルは円筒形で直径4 mm、深さ3.5 mm。油中液滴はデカンと純水により作製。左は無処理のアクリル、右は撥油処理(ウェルと油中水滴との接触角を併記)。
Adapted from Ref. 9, Copyright 2018, with permission from Elsevier.

手振れや移動など環境要因で発生する振動は100 Hz程度以下であるとされる。以下の節で紹介する人工細胞膜のセンサ応用では、脂質二重膜そのものに加えて、上記のように膜に接する溶液の安定性の観点も必要になる。

次回に続く-

1) T. Osaki, H. Suzuki, B. Le Pioufle and S. Takeuchi, Anal. Chem., 2009, 81, 9866-70.

2) S. Ota, H. Suzuki and S. Takeuchi, Lab Chip, 2011, 11, 2485.

3) R. Watanabe, N. Soga, D. Fujita, K. V Tabata, L. Yamauchi, S. Hyeon Kim, D. Asanuma, M. Kamiya, Y. Urano, H. Suga and H. Noji, Nat. Commun., 2014, 5, 4519.

4) K. Funakoshi, H. Suzuki and S. Takeuchi, Anal. Chem., 2006, 78, 8169-8174.

5) D. Collard, S. H. Kim, T. Osaki, M. Kumemura, B. Kim, D. Fourmy, T. Fujii, S. Takeuchi, S. L. Karsten and H. Fujita, Drug Discov. Today, 2013, 18, 552-559.

6) M. J. Booth, V. Restrepo Schild, F. G. Downs and H. Bayley, Mol. BioSyst., 2017, 13, 1658-1691.

7) R. Kawano, Y. Tsuji, K. Sato, T. Osaki, K. Kamiya, M. Hirano, T. Ide, N. Miki and S. Takeuchi, Sci. Rep., 2013, 3, 1995.

8) D. Tadaki, D. Yamaura, S. Araki, M. Yoshida, K. Arata, T. Ohori, K. Ishibashi, M. Kato, T. Ma, R. Miyata, Y. Tozawa, H. Yamamoto, M. Niwano and A. Hirano-Iwata, Sci. Rep., 2017, 7, 17736.

9) Y. Izawa, T. Osaki, K. Kamiya, S. Fujii, N. Misawa, S. Takeuchi and N. Miki, Sensors Actuators B Chem., 2018, 258, 1036-1041.



【著者紹介】
大崎 寿久(おおさき としひさ)
神奈川県立産業技術総合研究所 人工細胞膜システムグループ サブリーダー

■略歴
2002年 東京工業大学大学院理工学研究科 博士課程修了
2002年 ライプニッツ高分子研究所 博士研究員
2006年 産業技術総合研究所 特別研究員
2007年 東京大学生産技術研究所-LIMMS/IIS-CNRS CNRS博士研究員
2009年 神奈川県立産業技術総合研究所 サブリーダー、現在に至る
専門は界面物理化学、高分子材料科学。2007年より、細胞膜をマイクロチップ中で再構成するためのプラットフォーム技術に関する研究に従事。近年は膜タンパク質機能解析やそのセンサ応用について実用化研究を進めている。

竹内 昌治(たけうち しょうじ)
東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授

■略歴
2000年 東京大学大学院工学系研究科 博士課程修了
2000年 日本学術振興会 特別研究員
2001年 東京大学生産技術研究所 講師
2003年 同 助教授(2007年より准教授)
2014年 同 教授(2019年より兼務)
2019年 東京大学情報理工学系研究科 教授
この間、2004-2005年 ハーバード大学化学科 客員研究員、ほか
専門はバイオハイブリッドMEMS。3次元組織構築、体内埋め込み型デバイス、人工細胞膜、培養肉などのプロジェクトに従事。