弾性波フィルタとは何か-FBARやSMRをわかりやすく、詳しく解説(1)

東北大学 大学院
工学研究科ロボティクス専攻
教授 田中秀治

1. 最大のMEMS製品:BAWフィルタ

 フランスのエレクトロニクス市場・技術調査会社Yole Développmentが、毎年、MEMS売上企業ランキングを発表している。最近3年の首位は米・Broadcomである[1-3]。Broadcomの製造しているMEMSは、唯一、BAW(Bulk Acoustic Wave)フィルタである。最新の2019年のランキング[3]では、5位に米・Qorvo、19位に米・Qualcomm-RF360、21位に太陽誘電が入っているが、これらの企業のMEMS製品もほぼ全てBAWフィルタだと言ってよい。なお、この種の調査報告で「RF MEMS」と書かれているものは、ほぼ全てBAWフィルタである。BAWフィルタはMEMSとして聞き慣れないかもしれないが、押しも押されもせぬ最大のMEMS製品である。ここでは、このBAWフィルタについて説明しよう。

BAWフィルタがMEMSとして慣性センサや圧力センサほど知られていないのも無理はない。ここで私は(Yole Développmentもだが…)BAWフィルタをMEMSとして扱っているが、実はこれはMEMSコミュニティで発案、開発されたものではない。主に超音波コミュニティの貢献によるものだ。BAWデバイスが最初に発表されたのは1980年であり、本学の中村僖良先生ら、米・United Technologies Research CenterのThomas W. Grudkowski氏ら、および当時、米・University of Southern CaliforniaにいたKenneth Meade Lakin先生(2012年に他界)らから独立に発表された。ただ、中村先生のBAWデバイスは、センサイト・プロジェクト委員長である江刺正喜先生の支援があって試作されたことを付記しておこう。

2. FBARとSMR:2種類のBAWデバイス

上述の3つのグループにから最初に発表されたのは、FBAR(Film Bulk Acoustic Resonator)と呼ばれるものである。図1 (a)に示すように、FBARは金属電極で挟まれた圧電膜が自己支持された構造を有し、膜厚方向に共振する。BAWデバイスにはもう1つ、図1 (b)に示すSMR(Solidly Mounted Resonator)と呼ばれるものがある。これは、金属電極で挟まれた圧電膜が膜厚方向に共振することは同じであるが、それが自己支持される代わりに音響ブラッグ反射器(音響インピーダンスの高い膜、低い膜を交互に積層したもの)で支えられている。ちなみに、Broadcomと太陽誘電はFBARを、QorvoとQualcomm-RF360はSMRを採用している。

図1 BAWデバイスの構成:(a) FBAR、(b) SMR

FBARは基板への振動エネルギーの漏れを抑制しやすく、Q値を高くしやすい。一方、SMRは基板への熱放散がしやすく(Txフィルタにはワット級のパワーが入る!)、また、微小隙間と脆弱な構造がないため、DFR(Dry Film Resist)を用いた低コストパッケージングが適用できる[4]。なお、DFR(Dry Film Resist)を用いたパッケージングはSAW(Surface Acoustic Wave)フィルタにも適用されている。

3. BAWフィルタに求められる性能

BAW・SAWフィルタは、図2に示すように複数の共振子を梯子状に繋げて構成できる。これはいわゆるラダーフィルタと呼ばれるものである。とにかくフィルタであるから、通したい周波数域ではできるだけ損失(挿入損失)が少なく、それ以外では信号をできるだけ通さない(減衰量が大きい)方がよい。挿入損失と減衰量は原理的に共振子の性能による。図2を見ればわかるように、共振子の共振時と反共振時のインピーダンスの比(インピーダンス比)が大きいと、良い特性のフィルタを実現できる。つまり、通すところと通さないところの差が大きい方がよいということである。インピーダンス比は、共振子のQ値をQ、電気機械結合係数をk2effとすると、r(k2eff Q)2と表されるから(比例係数rはFBARではr=(8/π2 )2)、k2effとQが大きい共振子が必要になる。

図2 BAWフィルタの構成と性能指標

その他の性能指標はどうだろうか。スマートフォンなどに用いられる通信用バンドの数は50を下らない。バンドによってその通過域の幅(バンド幅)が異なるが、図2からわかるようにバンド幅は、おおざっぱに言うと、共振と反共振の周波数差によって決まる。そして、共振と反共振の周波数差はk2effに比例するから、バンド幅に応じた適当なk2effが必要である。実際には、k2effが大き過ぎて困るというより、足りなくて困ることが多い。バンド幅の広いバンド、たとえば、5Gバンドのn77(3.3~4.2 GHz)、n78(3.3~3.8 GHz)、およびn79(4.4~5.0 GHz)では、弾性波デバイスだけでは足りない分をインダクタで補ってやらなければならない。もちろん、その分、性能は劣化する。

カットオフの急峻さも大事である。たとえば、バンド2はTx(1.85~1.91 GHz)とRx(1.93~1.96 GHz)の間の余裕(ガードバンド)はたった20 MHzしかない。ガードバンドが狭いPCSバンド2とバンド3は、1990年代、実用化されたばかりのFBARフィルタの応用先に最適で、FBARの躍進をもたらした。バンド25(1.85~1.995 GHz)に至っては、ガードバンドは15 MHzしかない。そして、カットオフ急峻さを決めているのはQ値である。

4. BAW共振子の性能指標

以上のことから、まず、BAW・SAW共振子のk2effQを高くできればよいということになる。BAW共振子に限って言えば、k2eff2は圧電薄膜の圧電性によって決まる。使われている圧電薄膜は最も一般的にはAlNであり、広めのバンド幅を要するときにはScAlNが用いられる。Scの量を増やしていくと、Al + Scに対するScの比が40%強に達するまで、圧電性は強くなる。現在、Sc 20%程度までは技術的に問題なく、Sc 30%程度の成膜もOrbotech-SPTSやEvatecの量産スパッタ装置で可能である。なお、ScAlNは産業技術総合研究所九州センターの秋山守人さんら、デンソーの加納一彦さん、勅使河原明彦さんらが見出した材料で、その特許はこの分野でとりわけ価値の大きいものとなっている。

一方、Q値は振動エネルギーの損失によって決まる。そもそもQ値は、蓄えられたエネルギーを周期毎に失われるエネルギーで割っものと定義される。FBARを考えると、振動膜は宙吊りにされているものの周囲で基板に支持されており、そこから振動エネルギーが漏れる。空中浮遊のマジックのようにはいかないからだ。これをアンカーロスと呼ぶ。今、仮にアンカーロスを十分に小さくできたとしよう。そのとき、振動膜の外周では振動エネルギー、つまり音響波が反射しているはずである。そうすると、反射波と進行波が干渉して、定在波が生じうる。その結果、図3に示すように、共振と反共振以外の不要なピーク(スプリアス応答)が生じる。図2からわかるように、スプリアス応答があると、それがフィルタ特性の乱れとして現れてしまう。

図3 FBARのスプリアス応答

次回に続く-

[1] 田中秀治, BroadcomをMEMS売上高トップにしたデバイスとは, 日経xTECH, 2018/07/09, https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/00727/

[2] 田中秀治, 2018年MEMS売上高ランキング、トップ30には日本の11社, 日経xTECH, 2019/6/14, https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/02364/

[3] 田中秀治, 2019年MEMS売上高ランキングTOP30、日本企業は9社に減少, 日経xTECH, 2020/9/1, https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04517/

[4] 田中秀治, MEMSのウエハーレベルパッケージングの基礎 第3回 スマホで激増のBAWフィルター、両面実装や2階建化が必須に, 日経xTECH, 2020/8/24, https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01267/00060/



【著者紹介】
田中 秀治(たなか しゅうじ)
東北大学 大学院工学研究科 ロボティクス専攻 教授

■略歴
1999年3月 東京大学大学院工学系研究科産業機械工学専攻博士課程修了
1999年4月 東北大学大学院工学研究科助手
2013年8月 同教授
2004年1月~2006年3月 JST研究開発戦略センターフェロー
IEEE Fellow 日本機械学会フェロー