液体金属を用いた伸びるバイタル検出センサの開発(1)

横浜国立大学 工学研究院
准教授 太田 裕貴

1. 背景

近年、数多くのフレキシブルセンサ及びシステムが報告されている。特に、フレキシブルデバイスの一番の利用方法として期待されていることの一つが、ウェアラブルデバイスとしての利用である。現在までに、Electric skinなどフレキシブルセンサを用いたウェアラブルデバイスが数多く提案されている。しかしながら、肌に密着したウェアラブルデバイスを考慮したうえで、必要不可欠な特性の一つはストレッチャビリティであると考えられる。そのストレッチャビリティを克服するために、Waver状の電極を用いたシステムなどがこれまでに提案されている。その中の一つが、究極のフレキシビリティとストレッチャビリティを持つガリウム系液体金属(Galinstan)を用いたセンサとシステムである。このようなelectronicsは、従来のSolid-state electronicsを超えたLiquid-state electronicsとなると考えている。本論では、これまで、我々の研究室で開発してきた液体金属による伸縮可能なセンサと加工及びシステム開発に関して論ずる。

2. 加工方法

デバイスを構築するためにリソグラフィ及び3次元プリンティングによるマイクロ流路を元に電極形成を行った(図1, 2)1,2。実際にはフォトリソグラフィ技術及び3次元プリンティングにより流路を基板内に作製し、その流路内に電極にあたる液体金属を導入することでデバイスを構築する。フォトリソグラフィを用いれば数µmレベルでの配線構造を作製することが可能である。ただし、液体金属を流路形状に注入しているため流体抵抗が発生し、過度に細く長い電極を作製することは困難である。一方、3次元プリンティングによる電極作製を利用することで容易に3次元回路を作製することが可能である。

通常、薄膜を用いた回路では層ごとに回路を作製し、アライメントを行いVIA(Vertical Interconnect Access)を形成するという工程が必要である。液体金属の場合は注入することだけで3次元の回路を作製することが可能となる。3次元プリンティングの精度に関してはまだ改善する必要があるが、非常に強力な加工ツールになる。基材としてPDMS(ポリジメチルシロキサン)やPU(ポリウレタン)が使用可能である。我々の研究室では、以上のようなマイクロ流体を利用することでゲルの中に配線しかつ3次元のコイル形状を構築することに成功している(図3)3。このように、液体金属を利用し最適な加工方法を選択することで自由自在に電極配線を行うことが可能である。

図1:リソグラフィを用いたセンサの構築方法。
Copyright © 2014 Springer Nature
図2:3次元プリンティングを用いたセンサの構築方法。
Copyright © 2016 Wiley
図3:液体金属とハイドロゲルを用いたコイル形状の液体金属配線の作製とコイルを利用したアクチュエータの作製。
i)液体金属コイル、ii) アクチュエータの動作部分、iii) 液体金属を用いたゲルアクチュエータ
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3. センサ

3.1 圧力センサ

PDMS内に作成した2つのマイクロ流路内にGalinstanを注入することで、圧力センサを開発している(図4)4。センサには、中心部に圧力が加わると中心部の引張と、外縁部の圧縮が作用する。その結果、ホイートストンブリッジ回路構造を用いることで圧力を検出できる。作製した圧力センサを対象の手首に装着すれば心拍を計測できる(図5)。更に、我々は図4の小型の圧力センサをPDMSで作成したグローブ内に埋め込むことで図6のような圧力グローブを実現した。実際に、果物をつまんだ時に、その圧力を検出できる(図6)。

図4:液体金属による圧力センサ。
a) 実際に作製したデバイス、b, c) デバイス設計とそのメカニズム、d, e) シミュレーション
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図5:圧力センサを利用した脈拍センサ。
a-c)圧力センサの装着方法、d) 実際の圧力センサ、e) 計測した脈拍の推移、f, e)脈拍検出
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図6:果物を握った時の圧力の変動
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3.2 温度・湿度・光センサ

イオン液体をセンシング材料として用いることで温度・湿度センサを開発した(図7)1。実際の構成は三つのマイクロ流路の二つに液体金属による配線を施し、残りの一つの流路にイオン液体を導入する。本研究において、温度センシングの実験では1-ethyl-3-methylimidazolium trifluoromethanesulfonate ([EMIM][Otf])を用い、湿度の実験では[EMIM][Otf]、1-butyl-3-methyli-midazoliumhexafluorophosphate([BMIM][PF6])と1-butyl-1-methylpyrrolidinium bis(trifluoromethylsulfonyl) -imide([BMPYR][NTf2])を用いた。実際には電極間のイオン液体の電気特性をPotentiostatを用いて、Nyquist plotを作成し、そのプロットから、Constant phase elementを持つコンデンサと抵抗からなる等価回路を想定した。その等価回路を用いてコンダクタンス及びキャパシタンスを計測することで各外乱(温度、湿度)のセンシングを行った。

本センサの測定感度は通常の金属の温度・湿度センサに比べて約10倍の感度があり、超高感度センサを確立することができた。更に、アゾ系のイオン液体を用いることで光に対して感受性を有する液体光センサを実現した5。このイオン液体に有機溶媒を混合することで、センシングによる持続時間を変更することが可能である。この技術を用いることで光メモリも実現することができた。

図7:液体センサを変形した時のセンサの状態。
a-d)液体センサを伸縮した時の状態、e-l)の各変形の差異のセンサの様子
Copyright © 2014 Springer Nature

次回に続く-

参考文献

1) H. Ota et al., “Highly-deformable liquid-state heterojunction sensors.”, Nature Communications, 5(5032), pp. 1-9, 2014.

2) H. Ota et al., “Application of 3D printing for smart objects with embedded electronic sensors and systems.” Advanced Materials Technologies, 1(1), 1-8, 2017.

3) K. Matsubara, et al., “Hydrogel actuator with a built-in stimulator using liquid metal for local control”, Advanced Intelligent Systems, 2000008, 2020.

4) Y. Gao et al., “Wearable Microfluidic Diaphragm Pressure Sensor for Health and Tactile Touch Monitoring.”, Advanced Materials, 1701985, 2017.

5) T. Kozaki et al., “Liquid-state Optoelectronics Using Liquid Metal”, Advanced Electronic Materials, 1901135, 2020.

【著者紹介】
太田 裕貴(おおた ひろき)
横浜国立大学 工学研究院 准教授

■略歴
2011年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。同年博士(工学)取得。日本学術振興会特別研究員(PD)にて東京女子医科大学先端生命医科学研究所に所属。
2013年から海外特別研究員、Project scientistとしてカリフォルニア大学バークレー校に所属。
2016年から特任助教として大阪大学産業科学研究所に所属。2017年3月より横浜国立大学大学院工学研究院システムの創生部門にて准教授として研究室を主宰。
2018年に一般社団法人日本機械学会新分野開拓表彰。
2020年に文部科学省表彰若手科学者賞等を受賞。専門は機械工学・電気電子工学。
近年は、液体金属をもちいたストレッチャブルデバイスおよび新生児用スマートデバイスの開発を行っている。