視線計測による似顔絵を上手に描くためのスキル抽出および
集中レベルの評価(1)

広島国際大学 健康科学部 心理学科
准教授 大西 厳

1 はじめに

今日の科学技術の発達は、私たちの暮らしに多大な恩恵をもたらしている。人工知能、ディープラーニング技術は、一昔前では難しかった手書き文字認識や音声認識を日常でストレスなく使えるレベルにまで押し上げている。コンピュータのユーザーインタフェースも、コマンドプロンプトからグラフィックユーザーインターフェースへ、さらには、音声入力や手書き文字入力が付加されることが当たり前の時代となってきた。近未来では、脳波や視線を用いたインターフェースが登場する可能性もある。1) また、人間でしか対応できなかった保険サービス分野では、AI保険アドバイザーが実用化されてきている。コンピュータの応答は正確になってきたものの、その一方で「冷たい」「優しさが無い」「人間味が無い」「気持ちを理解してくれない」という問題は、未だ解決されていない。人の感性や心を理解したり熟練者のスキルを分析したりする技術は、AIだけでは不十分であり、人から発せられるそれらに結び付く情報を計測・評価する技術の確立が強く求められている。

2 似顔絵描画スキルと感性計測

絵を描くなどの趣味は、仕事や対人関係によるストレスを発散させて心を落ち着かせてくれる。小学校低学年の頃は絵を描くことが好きだったのに、高学年になると苦手意識を持つ子供が増え始める。特に似顔絵は、がんばって描いてもあまり似ていなかったりして、次第に敬遠するようになる。また、小中学校の教育では、絵を上手に描く技術や表現方法などについてはほとんど触れない。その理由として、これらの技術や教育方法は漠然としていて、まだ確立されていないことが挙げられる。デッサンなどにおいて人物や物体の形状を表現する方法は、いくつか提案されている。2), 3) しかし、これらの多くが個人の経験やアンケートなどの主観で述べられているため、生体情報を用いた客観的評価によるその根拠が必要とされている。現在、この生体情報として、視線、鼻部表面温度、脳波、心拍、筋電位などが脚光を浴びている。
「目は口ほどに物を言う」ということわざにもあるように、ここでは、アイトラッキング(注視線計測)を用いて、被験者の似顔絵描画時の特徴量を抽出し、似顔絵の上手な人と下手な人の違いを客観評価した研究事例を紹介する。4) アイトラッキングは、赤外線を用いて非拘束・非接触の状態で、被験者の注視線座標を獲得するため、肉体・精神的負担が生じない。5) 似顔絵描画中に獲得した注視線情報と、完成した似顔絵に対するアンケート評価を用いて、似顔絵を上手に描くためのスキルおよび特徴量を抽出し、その根拠を数値化・可視化する。

3 実験方法

この研究では、絵の上手・下手を問わず、40名の被験者(20~40歳、男性22名、女性18名)に似顔絵を描いてもらい、そのときの視線の動きを計測した。図1に実験の様子を示す。被験者に対して事務作業をする照明光下、タッチパネルセンサー内蔵の21.5型液晶モニター(IO DATA, LCD AD221FB-T)の画面左側半分に少女の顔を表示する。画面右側半分に表示されたAz Painter(Free software)のキャンバス上に、静電式タッチペンを用いて、被験者に似顔絵を描いてもらう。似顔絵描画時間は6分30秒から7分30秒とした。似顔絵描画時の被験者の視線の動きを、アイトラッキングシステム(Tobii, X1-light)を用いて、サンプリング周波数30Hzで計測する。獲得した注視線データを、Gaze plot(60ms以上の停留点を順にプロットし、その間を直線で補間した図)とHeat map(60ms以上の停留点を総和して、その時間の長さを色温度で示した図)にして比較・検討した。

図1 実験の様子

4 評価・分析方法

被験者40名にそれぞれ似顔絵を描いてもらい、8名の専門家による評価アンケートより、それらを上手、下手に分類する。それぞれ40作品を「上手-下手」「似ている-似ていない」の7段階尺度で評価してもらった。
ここでは、似顔絵が上手であることの定義を、「顔のバランスが取れていて顔として成立し、かつ描画対象モデルの特徴を捕えて似ていること」とした。上手ならば7点、下手ならば1点、似ているならば7点、似ていないならば1点とし、両項目の点数を合計した8名の総得点によって、高評価群の似顔絵10作品と、低評価群の似顔絵10作品を決定した。 似顔絵を描いたときの対象モデルと描画キャンバス上の似顔絵間の1分あたりの平行な視線移動回数および描画視線率(描画時間全体の視線移動に対する有効な視線移動の割合)を比較する。またHeat mapにおいて、描画対象モデル側の注視時間およびその部位を比較し、描画時の集中レベルを推定する。
Gaze plotにおいて、視線の移動距離が300dot(75mm)以上の線で、かつ線の傾きaが-0.3 < a < 0.3の範囲にあるものを、対象モデルと描画キャンバス上の似顔絵間の視線移動に使ったものとした。その個数Mを、視線の移動距離が100dot(25mm)以上の線の本数Aで割ったものを、描画視線率Cとし、作業時に用いた全体の視線の動きに対して、対象モデルを正確に描画するために使用した視線の動きの割合とした。6)

次回に続く-

参考文献

1) ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)が切り開く新しいニューロテクノロジー,吉峰俊樹,平田雅之,栁沢琢史,貴島晴彦,脳神経外科ジャーナル,Vol.25, No.12, pp.964-972, (2016).

2) 誰でもすぐに絵が上手くなる 魔法の塗り絵 Vol.1,小野日佐子,神宮館, (2014).

3) “Drawing on the Right Side of the Brain: The Definitive, 4th Edition”, Betty Edwards, Penguin Group Inc., (2012).

4) 注視点計測による似顔絵を上手に描くための特徴量抽出,大西厳,柏尾俊樹,依藤周,河内綾香,正司強,日本感性工学会論文誌, Vol.15, No.4, pp.553-561, (2016).

5) “Examination of Musical Effects on Gaze Patterns in Portrait Drawing”, Gen ONISHI, Ayaka KOCHI, Hiroshi ARAO, et.al., Research and Surveys, Innovative Computing, Information and Control, Part B: Applications, Vol.9, No.6, pp.501-507, (2018).

6) アイトラッキングによるレモン芳香効果についての検討,依藤周,浅雛翔太,八木冴香,大西厳,第16回日本感性工学会大会,on USB-Memory, (2014).

【著者紹介】
大西 厳 (おおにし げん)
博士(工学)
広島国際大学 健康科学部 心理学科 准教授

■略歴
1996年 大阪電気通信大学大学院 修士課程 修了
1996年 徳山高専 機械電気工学科 助手
2004年 長岡技術科学大学 技術開発センター 講師
2006年 広島国際大学 心理科学部 感性デザイン学科 講師
2013年 広島国際大学 心理科学部 臨床心理学科 准教授
2020年 広島国際大学 健康科学部 心理学科 准教授
現在に至る。

■専門分野
心理・感性計測、感性工学、生体情報計測、知能情報工学