マイクロ流体技術による新たな海洋計測技術の展開(2)

海洋研究開発機構(JAMSTEC)
東京大学生産技術研究所
福場 辰洋

3 海洋計測の新潮流

従来、海洋環境に関する計測は主に海洋研究船など、設備の整った船舶を用いて行われてきた。CTDプロファイラなどの計測装置類も船上からウインチを使用して海中に投入されるのが一般的である。しかしこの方法では計測点に限りがあるうえ、天候にも左右されやすく、多大なコストも必要となる。さらに近年では海洋計測活動によって排出される二酸化炭素等の排出削減も求められるようになってきた。一方でより高度化したサイエンスの現場からは、より広く、深く、高頻度な海洋計測が要求され、また目的の多様化に伴い、計測項目も多様化してきた。
そこで注目されているのが、自律型のプラットフォームを用いた海洋計測である。例えば小型の自動浮沈漂流ブイ「アルゴフロート」を用いたアルゴ計画では、現在4,000台近いフロートが世界の海に分散して水温・塩分などの計測をおこなっている3)。さらに自由に移動できるプラットフォームとして、近年海上保安庁でも採用されている自律航走型海洋プラットフォーム4)、海中を昇降しながら移動する海中グライダー5)、そして海中を自由に移動できる自律型海中ロボット6)が新たな海洋計測の牽引役となっている。このような現状において、プラットフォーム技術開発には小型化・省電力化とそれに伴う低コスト化、低環境負荷を指向した展開が期待されている。プラットフォームが小型になると、当然ながら大型の機器は搭載できなくなる。そこで求められるのが海中で使用されるセンサ、分析装置の小型化である。

3.1 現場分析装置の小型化とマイクロ流体技術

例えば、海水に溶解した二酸化炭素の動態を把握する上で重要なパラメタである海水の水素イオン指数(pH)などの計測では、海中において長期間安定した計測を可能にする様に均圧構造をもたせた小型ガラス電極が実現され、センサシステム全体に耐圧性を付与した上で改良を繰り返しながら用いられてきている7)。また近年ではISFET(イオン感応性電界効果型トランジスタ)を用いることで、さらに小型・堅牢でpH変動に対する応答のよいpHセンサが実用化されている8)。 この様に、陸上で使用可能なセンサデバイスは、防水、耐圧などの対策を施すことで海中の環境計測に適用可能なものもある。
一方で、例えば試薬とサンプルの混合とそれに続く化学・生化学反応を用いた複雑な分析操作が必要となる微量金属イオン濃度や生体関連物質濃度などについては、小型のセンサデバイスを用いた計測は困難であった。そこで、試薬や海水サンプルの送液に必要なポンプ、加熱混合のための反応容器やヒータ、反応産物の検出・定量等を行う光学系等の機能要素を集積化した、小型の現場分析装置を実現するために応用されはじめているのがマイクロ流体技術である。従来型のトップダウン式の微細加工技術に加え、ボトムアップ的なマイクロマシン技術、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術を応用することによって、微小な反応容器やマイクロポンプなどを集積化した「マイクロ流体デバイス」を中核とした分析装置の実現が期待されている。
2000年代から本格的に研究開発規模が拡大したマイクロ流体デバイス、またはその応用によって実現された装置システムは、マイクロ流体システム、Lab-on-a-Chip、またはmicroTAS (Total Analysis Systems)などと呼ばれ、主に医療診断、創薬、細胞生物学等の分野で応用されている9)。我々はこれまで、マイクロ流体システムによる新たな海洋計測の実現を目指して研究開発を展開してきた10)(図2)。

図2 マイクロ流体技術とそれを用いた海洋計測

3.2 マイクロ流体システムによる海洋計測

我が国近海の深海底に点在する海底熱水鉱床は、新たな鉱物資源として期待されている。海水中の鉄やマンガン等の金属イオンは、熱水噴出を伴う活動的な鉱床を探索するためのトレーサーとして用いることができる。そこで我々はマイクロ流体システムを用いて、触媒金属イオンの濃度に比例した発光強度が得られるルミノール反応を原理とした、マンガンイオンの現場定量分析装置を開発した。
この装置の中核は、フォトファブリケーションプロセスによってマイクロ流路が形成された透明シリコーンゴム(PDMS:Polydimethylsiloxane)製のマイクロ流体デバイスである。数センチメートル角のデバイス内に、溶液切り替えのためのマイクロバルブ、流量レギュレータ、試薬混合のためのミキサが集積化されており、中心部には光検出のために2次元的に展開されたマイクロ流路が配置されている(図3)。

図3 マンガン濃度計測用のPDMS製マイクロ流体デバイス10)

これにマイクロポンプと小型熱式流量センサからなる送液系、そして耐圧容器に格納されたPMT(Photomultiplier Tube)を組み合わせることで、µM(マイクロモル/リットル)以下レベルのマンガンイオンを検出できる装置を完成させた。その装置を海洋研究開発機構の無人探査機「ハイパードルフィン」に搭載して、沖縄本島沖合の水深約500mの深海底で探査を行った結果、マンガンイオン濃度の異常を現場で検出することに成功し、新たな規熱水活動サイトの発見に貢献することができた11)
同様に、生化学反応の一種であるルシフェリン・ルシフェラーゼ反応による微弱光を検出することで、微生物の生物量の指標であるATP(Adenosine Triphosphate:アデノシン3リン酸)の濃度を現場計測できる装置も開発された(図4)12)。現在は深海域での微生物量分布の可視化と資源探査や資源開発に関わる環境影響評価への応用に向けて、実海域評価を繰り返しながら改良を進めている。図5では、海面付近ではATP濃度が高く、海底付近では低くなることが示されている。また、水深200m程度の深海底においてATP濃度の現場計測の結果が、採水サンプルの船上分析結果とよく一致していることが示されている。

図4 現場型ATP定量装置 (文献12)を一部改変)
図5 現場型ATP定量装置によるATP定量の結果(文献12)を一部改変)

さらに複雑な生化学分析操作が遺伝子解析である。特に微生物やウイルスなど目に見えない生物の検出や群集構造解析には遺伝子解析が有効である。そこで、東京大学生産技術研究所では、1ミリリットル程度の海水サンプルを対象として、微生物細胞の破砕から遺伝子の精製、PCR(Polymerase Chain Reaction)による遺伝子の高感度検出までを海中の現場で行うことができるマイクロ流体システムを構築し、深海域にて評価を行っている。その結果、現場に生息する微生物に由来する遺伝子の増幅産物を確認することができた13)
ここに示したように、マイクロ流体技術を用いることで、複雑な化学・生化学分析操作を海中の現場に持ち込んで行うことが可能になる。他にも、英国立海洋学センターおよびサザンプトン大学のグループなどでは植物プランクトンの増殖に欠かせない栄養塩濃度などを現場計測できるマイクロ流体システムを開発し、小型の海中グライダーに搭載して自動計測に成功するなど14)新たな海洋計測の実現に向けた研究開発が加速している。

3.3 マルチスケール流体システムへ

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の一つに「海の豊かさを守ろう」が掲げられた今、生物資源に関連する海洋計測で注目を集めているのが環境DNAである。光学的な見通しの効かない海中に生息する生物は小さな微生物でなくとも可視化が困難で、身近な漁獲対象種についてさえ、生態や資源量など不明な点が多い。そこで、環境中に放出された海洋生物由来の細胞や排泄物に含まれる「環境DNA」を採取し分析することで、これまでにない感度と精度で海中生物の動態を明らかにすることが可能になってきている15)
しかし、環境DNAはしばしばその環境水中の濃度が低く、サンプル量としては時に1リットル以上の海水を濾過・濃縮処理する必要がある。また、近年クローズアップされている環境問題に海洋プラスチック問題があるが、これも分析対象とするプラスチックのサイズによっては数十〜数百リットル、さらにそれ以上の海水を濾過して採取することが必要になる。
そこで我々は、大量の環境水サンプルの処理と、微量の液体を扱い分析するマイクロ流体システムのインターフェースとなる流体技術の開発が重要であると考えている。具体的には、数リットル以上の海水に含まれる分析対象を、ミリリットルオーダーへ、そしてマイクロリットルオーダーへとスケールダウンすることが求められる。これは、既存のマイクロ流体技術のみでは効率的に実現することができない。また、複数サンプルを並列または連続的に処理する場合、サンプル同士のクロスコンタミネーション(汚染)の防止が必須である。
そこで現在我々は、主に環境DNA分析をターゲットとして、数リットルの海水から数マイクロリットルレベルの液量を扱うPCRによる遺伝子検出までを完全自動化可能な現場型装置の開発を進めている。ここでは、3Dプリンタを用いて構築した流体制御系とマイクロ流体デバイスを組み合わせることで、汚染のないクリーンな採水と、サンプル濃縮と処理、遺伝子検出までのマルチスケールな流体制御が可能な装置システムの構築を進めている。
3Dプリンタを用いた流体システム構築の利点はミリメートル以下の微細な構造から、数十センチメートルオーダーのマクロな構造までを一度のプロセスで製作できることにある。また、MEMSプロセスでは得られるマイクロ構造が原則2次元的であるため、デバイスの設計や機能要素の配置に制約が生じうるが、3次元的な構造製作が可能な3Dプリンタ技術を用いることで、これまでより複雑な流体システムを実現することが可能である16)
微少流体を対象とし、特定用途に特化したマイクロ流体システムから、現場での実用性と多様な実ミッションへの対応可能性が付与されたマルチスケール流体システムへと進化を遂げることで、新たな海洋計測の時代が始まろうとしている。

参考文献
3) Japan Agro, http://www.jamstec.go.jp/J-ARGO/sitemap_j.html

4) 西村一星, 増田貴仁, 糸井洋人, 土屋主税, 加藤弘紀, 松坂真衣, 佐藤勝彦, 田中友規, 野坂琢磨, 石田雄三, “自律型海洋観測装置 (AOV) の運用に向けて” 海洋情報部研究報, 54, pp. 74-83, 2017

5) 中村昌彦, 小寺山亘, 吉村浩, 浅川賢一, 百留忠洋, “水中グライダーによる海洋観測” 海洋理工学会誌, 17(2), pp. 137-145, 2011

6) 巻俊宏, “AUV: 自律型海中ロボット (< 特集>「地球環境の変化を知る―技術はどのように貢献するか―」)” 日本機械学会誌, 121(1199), pp. 24-27, 2018

7) K. Okamura, T. Noguchi, M. Hatta, J. Ishibashi, “Improvement of in situ glass electrode pH sensor for seawater by rapid response glass electrode and removable Ag/AgCl electrode with solid reference junction using vycol glass” In 2016 Techno-Ocean, pp. 410-414., 2016

8) 下島公紀, “ISFET-pH 電極を用いた海洋の現場計測用 pH センサの開発” Readout HORIBA Technical Reports, 30, pp. 16-19, 2005

9) The 23rd International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences (µTAS2019), https://microtas2019.org/

10) 福場辰洋, “マイクロ流体技術による海洋化学・生化学計測 (< 特集>「地球環境の変化を知る―技術はどのように貢献するか―」)” 日本機械学会誌, 121(1199), pp. 28-31, 2018

11) C. Provin, T. Fukuba, K. Okamura, T. Fujii, “An integrated microfluidic system for manganese anomaly detection based on chemiluminescence: Description and practical use to discover hydrothermal plumes near the Okinawa Trough” IEEE Journal of Oceanic Engineering, 38(1), pp. 178-185, 2012

12) T. Fukuba, T. Noguchi, K. Okamura, T. Fujii, “Adenosine triphosphate measurement in deep sea using a microfluidic device” Micromachines, 9(8), 370, 2018

13) T. Fukuba, A. Miyaji, T. Okamoto, T. Yamamoto, S. Kaneda, T. Fujii, “Integrated in situ genetic analyzer for microbiology in extreme environments” RSC advances, 1(8), pp. 1567-1573, 2011

14) A. G. Vincent, R. W. Pascal, A. D. Beaton, J. Walk, J. E. Hopkins, E. M. S. Woodward, M. Mowlem, M. C. Lohan, “Nitrate drawdown during a shelf sea spring bloom revealed using a novel microfluidic in situ chemical sensor deployed within an autonomous underwater glider” Marine Chemistry, 205, pp. 29-36, 2018

15) 源利文, 山本哲史, 笠井亮秀, 近藤倫生, “環境 DNA を用いた沿岸域における魚類モニタリング” 沿岸海洋研究, 53(2), pp. 173-178, 2016

16) T. Fukuba, Y. Sano, “Application of 3D-Printed Microfluidic Device and Miniature Photodetection Technology Towards Photometry Based Biochemical Analysis in Deep Sea” In the 23rd International Conference on Miniaturized Systems for Chemistry and Life Sciences (µTAS2019), pp. 1158-1159, 2019

関連サイト
先端深海計測技術研究会(http://www.rc91domat.iis.u-tokyo.ac.jp/

【著者紹介】
福場 辰洋(ふくば たつひろ)
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC) 副主任研究員 博士(工学)
東京大学生産技術研究所 特任准教授

■略歴
平成13年 3月 広島大学大学院博士課程(前期)修了 修士(農学)
平成15年 4月 日本学術振興会 特別研究員
平成16年 3月 東京大学大学院博士課程修了 博士(工学)
平成17年 4月 東京大学生産技術研究所 特任助手
平成19年 4月 同特任助教
平成20年 8月 同特任准教授
平成24年 4月 独立行政法人(現国立研究開発法人)海洋研究開発機構 技術研究員
平成30年11月 東京大学生産技術研究所 特任准教授(兼務)

■受賞歴
平成22年10 月 テクノオーシャンネットワーク(TON) 海のフロンティアを拓く岡村健二賞