次世代型養殖の開発と新たな海洋産業の創出に向けた取り組み(2)

長崎大学
海洋未来イノベーション機構
  征矢野 清

3.次世代型養殖に必要が技術開発

我々が考えるべき養殖システムとは、種苗(養殖をするための仔稚魚)の生産から商品サイズまでの飼育、出荷、加工、流通、販売までを包括したものであるが、この中心となるのは水産生物の種苗生産と飼育に他ならない。そこで解決しなければならない課題は、「低環境負荷」と「低コスト・低労働力」であり、それを両立させる養殖システムの確立である。前者を達成するためには、現在の内湾・沿岸域において行われている養殖を、少しでも水交換の良い沖合に出すことが望まれる。ここでいう沖合とはあくまでも現在養殖場として使用されている比較的穏やかな内湾・沿岸域から見た沖合という意味であり、大海原のど真ん中という意味合いではない。将来的にそのような場所での養殖もあり得るが、現況からすると実現まではほど遠い。現在養殖に使用されている海域の多くは、潮の流れも風も比較的穏やかであり、海面生簀や飼育生物への影響が少ない。しかし、水代わりが悪いことから、残餌や糞による水質悪化・富栄養化を起こしやすく、赤潮や魚病の発生などを誘導しやすい。それに比べ、流れの強い沖合では富栄養化は起こりにくく、病原虫やバクテリアの定着、有害プランクトンなど爆発的増殖を免れる。そのため、抗生物質などの使用も抑えられる。

一方、風や波による生簀の損傷や崩壊が懸念されることから、これを回避するために海に沈めて使用する浮沈式(沈下式)の生簀が必要不可欠となる。すでに浮沈式生簀の技術開発は各国で進められているが、大規模沖合養殖への本格的な活用には至っていない。このような沖合での養殖は、2つ目の課題「低コスト・低労働力」に反する養殖形態である。沿岸から養殖施設までの距離が伸びれば、船の燃料費がかかる上、労働時間が増す。また、生簀は通常海中に沈んでいることから、給餌や魚の状態を確認するのに手間と時間がかかる。沿岸に設置した場合よりも沖合生簀での作業はより天候に左右される。このように、デメリットも非常に多いことから、それを克服する技術開発が必要である。餌料の管理や給餌を制御するシステム、生簀内の魚の健康状態や成長をモニタリングするシステム、生簀の補修や汚れを遠隔で落とすシステムなどの開発が求められているが、それには最新の計測技術やロボット技術の導入が欠かせない。また、その情報を陸上にいる漁業者や管理者に伝える情報送信技術も必要である。つまりIoTやAIを導入した飼育生物を高度管理することのできる「インテリジェント養殖」を抜きにして、これからの養殖は成り立たない(図2)。

図2 IoTやAIを活用した高度管理型インテリジェント養殖

4.養殖と海洋産業に未来

これらのインテリジェント養殖は、低炭素社会に適応した養殖形態とすべきであり、そのためには、再生可能エネルギーの活用なども検討課題として挙げられる。たとえば、沖合養殖生簀を統合管理する組織体が、生簀のメインテナンスや餌料の補給を行う際に、オペレーション用のプラットフォームとしてバージ船などの活用が考えられるが、そこに洋上風力発電や潮流発電によって得られたエネルギーを貯留し、自動航行可能な電気船などを各生簀に走らせ、上記作業を無人で行うことができれば、低環境負荷・低炭素化は大いに前進する。また、それによって再生可能エネルギー産業との連携や新たな海洋工学技術の創造が期待できる。加えて、養殖環境をリアルタムでモニタイリングすることは、養殖魚の健全性を保ち効率的な成長を促す上で必要である。たとえば、水温や潮流変化、塩分や波浪の状況などをモニタリングし、それを養殖施設の沈下深度の決定や給餌量等に反映させることが可能である。環境情報をモニタリングし、それをAIと連結させることができれば、自動で養殖施設全体を管理できるのではないか。「人と環境に優しい次世代型の養殖」を目指す上で、これらの工学技術をいかに有効に活用するかが求められているのである。

5.長崎から日本へ、そして世界へ

ここまで、日本の水産業の復活のために必要とされる取組について触れてきたが、これを成功させるためには、漁業者を中心に、産官学が連携した技術開発の体制整備を進めなければならない。しかし、残念ながらこれまで日本の水産業の未来を考え、新たな取り組みを生み出す場は十分に用意されていなかった。そこで、長崎大学では10年後、20年後の水産業を明るいものとするため、新しい視点を持って養殖業のあり方を考え、革新的な養殖技術の開発と養殖を軸とした海洋産業の創出を目指し「次世代養殖戦略会議(Strategic Enabled Aquaculture Forum: Sea-forum)」を設立した(図3)。

図3 次世代養殖戦略会議の目的

この会議は、現在の養殖が抱える課題を多角的に抽出しながら、それを解決するための養殖技術の開発、さらには未来の養殖を支える新たな産業システムの開発に向けて積極的な意見交換と論議を行う場であり、水産と環境・工学・情報・医薬・経済などの異分野連携による斬新なアイデアを生み出す場である。そして、このプラットフォームから、多くの新しい技術を創出するとともに、それを活用した新しい水産業を立ち上げることを目指している(図4)。

図4 養殖を基軸ににおいた総合海洋産業:次世代養殖戦略会議のビジョン

長崎大学では、海洋生物資源を持続的に永続的に利用するため、そして、水産業が我が国の基幹産業としてあり続けるため、このような活動を開始した。
(次世代養殖戦略会議 連絡先:sea_forum(a)ml.nagasaki-u.ac.jp)

【著者紹介】
征矢野 清(そやの きよし)
長崎大学海洋未来イノベーション機構
環東シナ海環境資源研究センター
教授・副機構長・センター長
次世代養殖戦略会議会長

■略歴
1993年 北海道大学大学院水産学研究科博士後期課程修了 博士(水産学)
1993年 長崎大学水産学部助手
2008年 長崎大学環東シナ海環境資源研究センター教授

■所属学会
日本水産学会、日本水産増殖学会、日本内分泌かく乱化学物質学会(環境ホルモン学会)、日本動物学会

■主な研究・活動
主な研究テーマは「魚類の卵子や精子はどのようなメカニズムでつくられるのか」、「卵子・精子形成に与える水温・日長・月周期の影響を解析」、「ハタ類やブリ類など有用魚種の種苗生産・養殖技術の開発」、「魚類の繁殖の及ぼす環境中に存在する化学物質や医薬品の影響解明」などである。また、2020年4月に「次世代養殖戦略会議」を立ち上げ、水産業の発展と海洋環境の保全に関わる活動を積極的に行っている。

■著書など
ハタ科魚類の水産研究最前線(恒星社厚生閣)/ 魚の形は飼育環境で変わる(恒星社厚生閣)/ 水産ハンドブック・内分泌(生物研究者)など