CMOSアンテナ型THzイメージャ(1)

北海道大学
量子集積エレクトロニクス研究センター
  教授 池辺 将之

1.まえがき

テラヘルツ波はミリ波と赤外光の中間に位置する電磁波である.テラヘルツ波はミリ波よりも波長が短いため空間分解能が優れており、また、電磁波としての透過性も併せ持っている.さらに、テラヘルツ帯には物質固有の吸収スペクトルが存在するため、物質同定を行うことも可能である.そのため、この性質を利用して、従来の電波天文や分析科学のみならず、超広帯域通信、医療、薬物・食品分析、危険物探知など幅広い分野での応用が期待されている。(図1)世界市場は2022年に3億3510万ドル、2027年に13億ドルに成長する予測である1)。テラヘルツ光を発生検出するためには、多くの方法が開発されているが、それらのほとんどは大掛かりなレーザー・光学系を必要とする、低温動作が必要な場合もあり、テラヘルツ波利用の促進を妨げている大きな要因の一つとなっている。このため、室温で動作し、小型・低価格の固体テラヘルツデバイスの実現が切望され、グラフェンなどの新材料やプラズモン共鳴などの新動作原理に基づくデバイスが提案されている。現在までに、単体素子を用いたイメージングでは、共鳴トンネルダイオード(RTD)を発光・受光素子を1個ずつ用いたスキャン方式のイメージングシステムが開発されている2)。本解説では、テラヘルツ光イメージセンサにおいて、特にCMOSプロセスを用いたアンテナ型テラヘルツセンサについての設計要素について述べる。

図1 テラヘルツ帯の特徴

ここで、テラヘルツ光センサの感度において、受光感度(Responsivity)と雑音等価電力(NEP: Noise Equivalent Power)を提示する。受光感度は、振幅(Vpp)/入力パワー[V/W]である。NEPは、信号対雑音比(S/N)が 1 となるときの入射光量パワーで示される。そのため、雑音量に埋もれる入射光量の限界を知る指標となる(デバイスが受光できる最小の入射光量)。NEPは式(1)で表される。

ここで、Pは入射光のエネルギー[W/m2]、Aは受光領域の面積[m2]、Sは信号出力[V]、Nはノイズ出力[V]、Δfは雑音帯域幅[Hz]である。ResponsivityとNEPは以下の関係がある(式(2))。

2.CMOSアンテナ型テラヘルツ光センサの構成

この構成では、マッチング回路を介して、アンテナとデバイスを接続し、2乗検波の概念で変調されたテラヘルツ光を検知するものである(実際には、検波原理は自己ミキシングによるものである:後述)。現在、CMOSプロセスに適合するよう、ショットキーバリアダイオード(SBD:Schottky barrier diode)を用いた構成の開発が進んでいる3-5)。MITにおいてアンテナピッチ450μmのピクセルにより0.3 THz帯の受光に成功している6)(NEP: 数10 pW/Hz1/2)。また、MOSFETにより構成される検出器についても同時集積するアンテナにおいて、比較的帯域の広いbow-tieアンテナ7)、リングアンテナ8)、パッチアンテナ9)、差動パッチアンテナ10)を用いた構成の研究が進んでいる。

シリコンCMOSの微細化により電流遮断周波数fTと最大発振周波数fmaxは数100 GHzまで著しく向上しているが、fTとfmaxがテラヘルツに達しなくてもトランジスタの非線形特性を利用した包絡線検波方式によりテラヘルツ光の強度を検出できる。トランジスタによる検波モデルは、浅野らによって解析されており、統合電荷制御モデルで記述される。自己ミキシングにより、チャネルのソース端で存在していたテラヘルツ波のAC成分が減衰し、ミキシング後のDC成分としてドレイン端で取り出せる。そのチャネル内の変化は、拡散およびドリフト電流成分で異なり、この成分の重ね合わせで、最終的に取り出せるDC成分が決まる。DC成分に変化した後は、チャネルは検波に寄与せず、寄生抵抗として働く11)

この構成で、最も重要な課題は、解像度とI/Fである。アンテナアレイによる画素ピッチは、数100 μmにも及び、高解像度撮影を阻む要因となっている。通常のスキャンに加えて、高解像度化を担う技術として、「超解像手法」が挙げられ、複数枚、または一枚の画像を利用して対象画像のナイキスト周波数を超える再構成画像への利用が望まれる。筆者らもアンテナアレイ構成の高速な応答性を活かし、高速撮像による超解像化の適用を検討中である。

次回に続く-

参考文献
1) K. Kawase, Y. Ogawa, Y. Watanabe and H. Inoue, : Optics express, 11(2003), 2549-2554.
2) 深澤 亮一「分析・センシングのためのテラヘルツ波技術」日刊工業新聞社
3) J.L. Hesler et al.: in Proc. 18th Int. Symp. Space Terahertz Techn(Pasadena, 2007)
4) E.R. Brown et al.: in Proc. SPIE, 6212, 621205(2006)
5) Z. Zhang, et al., : IEEE Microw. Wireless Compon. Lett., 21(2011)267-269
6) B, Assim, et al.: “A Low-Noise CMOS THz Imager Based on Source
7) Modulation and an In-Pixel High-Q Passive Switched-Capacitor n-Path Filter”, Sensors, 16, 3, p.325(Mar. 2016)
8) A.H. Richard, et al.: “A 1 k-pixel Video Camera for 0.7-1.1 Terahertz Imaging Applications in 65-nm CMOS”, JSSC, 47, 12, pp.2999-3012(Dec. 2012)
9) K.D. Yeon, et al.: “Design and Demonstration of 820-GHz Array using Diode-Connected NMOS Transistors in 130-nm CMOS for Active Imaging”, IEEE Trans. Terahertz Science and Technology, 6, 2, pp.306-317(Mar. 2016)
10) S. Kiryong, et al.: “A CMOS 300-GHz 7 by 7 detector array for THz imaging”, RFIT, Sep. 2017)
11) H. Kojima, D. Kido, H. Kanaya, H. Ishii, T. Maeda, M. Ogura and T. Asano: “Analysis of square-law detector for high-sensitive detection of terahertz waves”, Journal of Applied Physics, 125, 17, 174506(2019)

【著者紹介】
池辺 将之(いけべ まさゆき)
北海道大学 量子集積エレクトロニクス研究センター 教授

■略歴
1998年 4月 日本学術振興会 特別研究員 「知的イメージセンサの研究」に従事
2000年 3月 北海道大学 大学院工学研究科 博士後期課程修了 (電子情報工学専攻)(博士(工学))
2000年 4月 大日本印刷㈱ 半導体製品研究所 勤務
2002年 8月 豊橋技術科学大学 知識情報工学専攻 受託研究員
2003年 4月 大日本印刷㈱にて 電子デバイス研究所 勤務 「無線・画像処理システムの研究・開発」に従事
2005年 4月 北海道大学 大学院情報科学研究科 准教授 「画像処理アルゴリズム/システム/センサLSIの研究・無線システム開発」に従事
2018年 4月 北海道大学 量子集積エレクトロニクス研究センター 教授 「イメージセンサ・高速画像処理(AIアルゴリズム・ソフト/ハードウェア)の研究」に従事