赤外線センサの内、感度(高速性)や検知の対象や環境に応じた最適化につながる波長選択性に優れた量子型の基礎と最近のトピックスを、特に撮像用センサについてご紹介する。
1. 量子型赤外線センサの基礎
量子型赤外線センサの基礎を述べる。具体的なセンサの説明に入るに先立ち幾つかあった方が理解が進むと思われる予備知識を説明する。
1.1. 予備知識
センサ説明の理解に資する予備知識として、赤外線の分類、赤外線画像の表示手法、赤外線イメージング・センサの構成およびセンサ冷却手段について述べる。
1.1.1. 赤外線の分類
一口に赤外線と言っても、近赤外、中赤外とか、長波長赤外線といった微妙に異なる表現を聞かれることがあると思う。他の分野でも散見されるが、赤外線分野においてもコミュニティによって異なった用語がされたり同じ用語に対して異なる定義が適用される事例が見られる。
ISO(国際標準化機構)、天文学、CIE(国際照明委員会)、光通信分野等の定義があるが(図1)1)、事物のセンシングという観点からは、後述する「大気の窓」と目標の放射(自ら出す自発放射と外部放射の反射があり、後者は外部放射源にも依存)の組合せ特性の特徴を的確に反映している防衛分野の分類(図2)2)が最適と思われる。
1.1.2.赤外線画像の表示手法
赤外線そのものは目に見えない電磁波である。それを介して得られた情報はどのように表現するべきであろうか? 可視ではないので所謂「色」を見ることはせず、強度情報を画像化することが多い。すなわち、強度が高いほど白く、低いほど黒く表示するモノクロ画像とする(図3)3)-6)。
強度を階層化して色を割り振る擬似カラー表示が使われることもある(図4)7), 8)。サーモグラフィ等で測温値が分かり易い場合もあるが、一般的に温度表示分解能が低下する。
1つあるいは少数の波長帯の画像は波長帯に1つの画像を用意すればよいが、多数の波長に分けて詳細な分光特性をセンシングするマルチスペクトルやハイパースペクトルのセンサでは、画像ではなく、x: 走査方向視野角、y: 波長、z: 強度から成る3次元グラフで「データキューブ」を表示する場合もある。
1.1.3. 赤外線センシング関与因子と影響
赤外線センサ技術を語るに当たり、赤外線センシングに関与する因子とその影響について議論しておきたい。というのも、赤外線センシング能力はセンサ特性だけで決まるのではなく、センシング対象であるシーンにおいて、その背景の放射強度、検出したい目標と背景とのコントラスト、目標側の妨害を含めた目標の検出を邪魔する事物、目標からセンサ開口までの伝播路における余計な放射の生成と目標コントラストの低下、等が複雑に関わり(図5)、それらを左右する環境条件や運用条件を考慮して最適な特性配分をすることが重要だからである。そこでも波長毎の特徴を踏まえた検知波長選択が重要となる。
シーン構成品となる諸事物の赤外放射に関しては連続放射体と選択放射体があり(図6)9)、前者ではプランク(Planck)の法則、ウィーン(Wien)の法則、温度自発放射と太陽光散乱(検知を邪魔するもの: グリント)の関係等が重要である(図7)。
目標からセンサ開口までの伝播路の影響に関しては、大気の分子吸収(図8)とエアロゾル(浮遊粒子)散乱(図9) 9),10)によるコントラストの低下の他、周囲事物からの放射を散乱して信号蓄積や露光時間に制約をもたらす影響にも留意する必要がある。
1.1.4. 赤外線イメージング・センサの構成
センシング・システムのキー・デバイスはセンサ(赤外線検知器)だが、他にも能力に大きな影響を及ぼす構成品がある。光学系、クーラ、周辺回路等のハードウェアの他、適切な信号を収集し、的確に有用情報を抽出する信号処理と、それを支えるシステム設計と情報処理アルゴリズムも影響大である(図10)。
ハードウェア個々の特性は技術進展が進んで理論限界にかなり近づいているものも多く、能力進展の余地は信号種の選択と不要情報を切り捨て、有用情報をより効果的に抽出するよう組合せる信号処理のウェイトが増している。
その能力を大きく進展させる可能性のある構成品にはROICのディジタル化がある。センサ直後にDX(Digital transformation、ディジタル革新)をもたらし、エッジ・コンピューティング能力の飛躍的増大をもたらすことが期待されている。
1.1.5. センサ冷却手段
量子型赤外線センサは、センサ自体が発する赤外線も検知してしまうので、基本的に充分低い温度まで冷却しないと検知対象からの赤外線が埋もれてしまうことになる。「基本的に」と言ったのは、PbSやPbSeという例外的に室温動作が可能な材料と、内部に自身の熱に起因して流れる電流を阻止する障壁層を持つ構造で動作温度を高めるHOT(High Operating Temperature、高動作温度)技術があるためである。
代表的な量子型赤外線センサの冷却手法には、冷媒充填、J-T(Joule-Thomson)効果利用、冷却サイクルを利用する循環冷却、および熱電効果を利用するサーモエレクトリック冷却がある(図11)。
また、近年、研究開発が行われている技術にレーザ冷却があるが、実用化は未だ先なので回折は別の機会に譲ることにする。
1.2. センサの種類と検知原理
予備知識の説明を以上で終えて、量子型赤外線センサの種類と各々の検知原理の説明に入る。主要な検知原理には真性半導体直接遷移、不純物半導体間接遷移、超格子漁師閉じ込め効果、ショットキ・バリア効果および高温超電導の5種類が挙げられる。
1.2.1. 真性半導体直接遷移
真性半導体直接遷移は、価電子帯と伝導帯の間(禁制帯)のバンドギャップ・エネルギーが赤外線のフォトン・エネルギーに相当するほど小さい半導体を用いる。そのようなHgCdTeをはじめとする半導体化合物においては、入射した赤外線のフォトン・エネルギーを受取った価電子帯の電子が直接、伝導帯へ励起する(図12)。
1.2.2. 不純物半導体間接遷移
不純物半導体間接遷移は、価電子帯上端より高い(伝導帯の直ぐ下の)エネルギー準位の電子を供給する不純物(ドナー)または、伝導帯下端より低い(価電子帯の直ぐ上の)エネルギー準位の正孔を供給する不純物(アクセプタ)をドーピングすることによって、ドナー準位と伝導帯の間または、価電子帯とアクセプタ準位の間に赤外線のフォトン・エネルギーに対応するエネルギーの小さなバンドギャップを形成するものである(図13)。
1.2.3. 超格子量子閉じ込め効果
超格子量子閉じ込め効果とは、バンドギャップ・エネルギーが大きいが差の小さな2種類の半導体をnmオーダの厚さで積層すると、差に対応するような小さなバンドギャップ・エネルギーを形成するエネルギー準位が生成される効果である。一方の半導体の価電子帯または伝導帯の中にサブバンドが形成されるタイプⅠ、一方の半導体の価電子帯と他方の半導体の伝導帯の間にミニバンドが形成されるタイプⅡがある。タイプⅡはさらに、一方の価電子帯上端が他方の伝導帯下端よりは下にあるスタガード型と、前者が後者より上になるブロークン・ギャップ型若しくはミスアラインド型に分かれ、ブロークン・ギャップ型はタイプⅢとも呼ばれる。近年は、タイプⅡ超格子と言えばブロークン・ギャップ型の方を指すことの方が多い(図14)。
量子閉じ込めには次元があり、面内の所謂積層による1次元閉じ込めを行ったものを量子井戸、線内に2次元閉じ込めを行ったものを量子細線、点に3次元閉じ込めを行ったものを量子ドットと呼ぶ。閉じ込められていない方向の電場には反応しないので、量子井戸は積層面に垂直入射する赤外線には感じず、これを検知するセンサとするには、積層面に平行に進む赤外線にする散乱面等を設ける必要があり、その分変換効率が低い。量子ドットはどの方向から入射する赤外線にも感じる(図15)。
1.2.4. ショットキ・バリア効果
ショットキ・バリア効果とは、金属と半導体を接触させた時に、半導体の界面でのエネルギー準位が持ち上がる現象で、相対的に界面から離れた伝導帯のエネルギー準位が下がり、金属において小さなフォトン・エネルギーに対する光電効果で励起した電子がトンネル効果で半導体の伝導帯へ流れることができる(図16)。金属と半導体の適当な組合せを選んで、赤外線フォトンを検知するセンサを構成できる。
1.2.5. 高温超伝導
高温超伝導体の中に形成される電子のクーパー対には赤外線に対応するような小さなエネルギー・ギャップが発生する。これによって生ずる励起電子をトンネル効果で読み出すことにより赤外線センサとして使用することができる(図17)。
次回に続く-
参考文献
1) http://en.wikipedia.org/wiki/Infrared
2) J. Byrnes, “Unexploded Ordnance Detection and Mitigation,” Springer, pp. 21-22 (2009)
3) https://www.youtube.com/watch?v=a8FqUWV9G8g
4) https://www.fujitsu.com/jp/group/labs/resources/tech/techguide/list/vein/p04.html
5) D. Acton et al., “Large Format Short Wave Infrared (SWIR) Focal Plane Array (FPA) With Extremely Low Noise and High Dynamic Range,” Proc. of SPIE Vol. 72983E (2009)
6) http://www.sensorsinc.com/applications/military/photonic-mast/
7) https://en.wikipedia.org/wiki/Infrared#/media/File:Human-Infrared.jpg
8) http://www.physics.umd.edu/news/photon/Archives/Issue20.pdf
9) R.D. Hudson, Jr., “Infrared System Engineering” (1969)
10) J.A. Curcio, “Evaluation of Atmospheric Aerosol Particle Size Distribution from Scattering Measurements in the Visible and Infrared,” J. Opt. Soc. A. Vol. 51, No. 5 (May, 1961)
【著者紹介】
中里 英明(なかざと ひであき)
株式会社 富士通システム統合研究所 研究企画部
■略歴
1980年03月 東北大学理学部天文および地球物理学科第1(天文)卒
1980年04月 富士通(株)入社。無線事業部・特機技術部に配属。宇宙・防衛用赤外線機器開発に従事
1981年01月 (株)富士通システム統合研究所に出向。防衛用赤外機器研究・開発に特化。以来、防衛用光波システムの研究・開発に従事。
2011年度~ 防衛装備庁電子装備研究所研究試作「遠距離探知センサシステム」に参画。
2012年度~ 「戦闘機の概念設計および3次元デジタル・モックアップ」等将来戦闘機関連事業に参画。
2004年06月~(一財)防衛技術協会「防衛用赤外・ミリ波技術研究部会」および後継の「赤外・ミリ波センシング研究部会」幹事。
2016年06月~(一社)日本赤外線学会執行役員。
2016年12月 富士通(株)退職、(株)富士通システム統合研究所に再雇用。継続して光波センシング・システムの研究・開発に従事。
2019年05月 (一社)日本赤外線学会理事副会長。