「計測工学(センシング技術)を駆使した感性の定量化技術の活用事例」 ―デザインと機能を融合させたFlotation tub―(2)

TOTO(株)
加藤 智久

3.湯水内の入浴姿勢を捉えるとりくみ

一方、浮力によって体重が軽減されるといった免荷の影響のみが入浴感を左右するのであれば、浴槽の形状に関わらず、湯水を張りさえすれば入浴したときの感覚が変わらないことになる。しかし、クレイドル浴槽を筆頭に、これまで先人たちの開発してきた浴槽形状を鑑みると、首、背中、そして脚部や臀部の当たる浴槽壁面の形状が変わることでお客様からの評価が変わることも報告されていた。そこで、我々はこれまで開発者・デザイナーの経験によって作られてきた浴槽形状を、ヒトと浴槽の関係を詳細に調査するために計測系、入浴感を捉えるための生体力学モデルの両方を構築することを目指して研究に取り組んだ。
その結果、湯水中でのヒトの三次元的位置座標や力点に生じる三次元的力情報を捉える独自の計測システムを大型水槽内に構築するに至った。加えて、3Dプリンターを活用し、上記計測システム内において試作された各パーツを組み上げ、任意の浴槽形状を再現して計測することを可能にした。得られたヒトの三次元座標情報と各力点における三次元的力情報をもとに入浴姿勢保持時の生体力学モデルを構築した3-5)。上記モデル式には、各セグメントに働く浮力の影響、陸上では十分影響が小さいと無視されてきた、受動抵抗の影響を考慮した。これによって、入浴姿勢と浴槽形状の関係を可視化し、浴槽によって誘導される入浴姿勢を各関節に働く関節トルクによって評価した。(図2)浴槽毎にヒトが感じる脱力の程度を代用特性(トルク量)によって議論することが可能になったことで、「脱力感」を満足する目標値を定め、ものづくりの仕様に反映させることに繋げた。

図2 力学モデルの概念図(左図)、入浴姿勢と浴槽形状中(央図)、関節トルクの変化量(右図)(4改変)


4. 入浴感を脳神経科学の視点から可視化する

湯水浸かる入浴行為に関しては、静水圧や温熱効果が安全面に与える影響を自律神経の視点から議論する報告が多くなされている。しかし、浴槽内で身体が受ける力学的変化と脳神経系を紐づけて議論した研究は少ない。そこで、浴槽形状を変形させて力学的に身体を脱力させた(脚部の関節トルクが低く抑えられた)入浴状態と脱力できていない窮屈な(脚部の関節トルクが増加した)入浴状態において、ヒトはどのような脳活動変化を取るのか?を脳機能計測技術を用いて定量的に評価した。(図3)

図3 脳血流の計測領域(左図)と測定条件間での変化の典型例(右図)(6改変)

結果、関節への力学的負担が減った状態(脱力した状態)に導くことで、大脳左半球の言語関連領域(腹外側前頭前野)の脳活動が抑制されることが示唆された6)。これらの結果は、入浴したときに体と心をリラックスするといった我々日本人が日常的に感じている経験を、定量的に示している。よって、湯に浸かる経験の少ない海外のお客様に向けて、浴槽での入浴の良さを、例えば禅のように心を落ち着かせることができる浴槽といった具合に、お客様のイメージしやすい訴求で価値をお伝えできるようになった。

5.おわりに

日常生活の中で気にも留めず、入浴時の快適さを体感してきた。そうした日本の生活文化に浸透した湯に浸かる行為について、改めて最新のセンシグ技術を駆使して可視化することに挑戦し、知見を商品に実装した。活動を通じて、上述したセンシング技術や学術領域の知見を取り入れる活動は、外部有識者の協力が不可欠と感じている。TOTOにおける感性工学等の学術的知見は信州大学の上條先生をはじめ、多くの大学有識者から指導を受けて獲得・実現している。ヒトの感覚といった曖昧な情報を正しく捉えて、商品開発、訴求に繋げていく活動は今後もセンシグ技術を切り口として様々な学問領域と連携する必要があると感じている。新しいセンシング技術を取り込むことで、TOTOはこれからもお客様の感性に訴える新しい価値を提案し続けていきたい。

参考文献
3) Fuji T, Kamada A, Nakamura R, Kato T, Nakashima M., Development of an algorithm to estimate reaction forces from bathtub during soaking in the bathwater, Mechanical Engineering journal, 4(5), 17-00243, (2017).
4) Nakamura R, Kato T, Sato M, Fujii S, Nakashima M, Evaluation of soaking postures in bathwater using a biomechanical model considering buoyancy and passive elastic joint moment, Mechanical Engineering journal, 5(3), 18-00006, (2018).
5) Nakamura R, Yoneda T, Kato T, Nakashima M, Development of an algorithm to estimate soaking posture in the bathwater, Mechanical Engineering journal, 6(4), 18-00532, (2019).
6) Kato T, Sato M, Matsushita H, Nozawa T, Kawashima R., Effects of sitting posture in bathtub bathing on joint torque and brain activities, Journal of Japanese Society for Medical and Biological Engineering (in Japanese), 54(1), 22-27, (2016).

【著者略歴】
加藤 智久(かとう ともひさ)
TOTO(株)ビジネスイノベーション推進部

■略歴
2005年 TOTO株式会社へ入社
同社総合研究所の主席研究員を経て
2019年10月から、同社ビジネスイノベーション推進部
ビジネスイノベーション推進グループに在籍

■専門分野
制御工学、生体工学、神経生理学
生体医工学会、人間工学会の各会員
現在、米国シリコンバレーにて新技術・新事業の探索活動に従事
博士(工学)