テキスタイルの外観評価における感性計測の活用(1)

信州大学 繊維学部
先進繊維・感性工学科
准教授 金井 博幸
栃木県産業技術センター
繊維技術支援センター
技師 丸 弘樹

1.テキスタイル分野における感性計測の役割

テキスタイルは実に多様である。綿、麻、羊毛、絹などの天然繊維、ナイロンやポリエステルなどの化学繊維の中から用途や目的に応じて、単一、またはこれらを組み合わせて作られる。繊維の形状を観察すると、天然繊維は不揃いであるし、化学繊維は円形、楕円形、三角形、星形など、太さも形状もユニークである(図1(a)-(c))。糸の構造も様々で、フィラメントと呼ばれる連続した繊維を同じ方向に引きそろえて使う場合や、ステープルと呼ばれる短い繊維を撚り合わせて、紡績糸を作った後、これを素材として布を作ることもある。布の構造も多様で、平行にそろった糸(たて糸)に対して垂直方向から別の糸(よこ糸)を交絡させる’織物’や、1本の糸でループを作り、ループ同士を絡めながら編みあげる’編物’がある。たとえ織物であっても、交絡のさせ方によって外観や手触りが全く異なってくる。図1(d)-(f)は、婦人服用の織物で、梨の皮にみられるようなきめの細かい凹凸模様に似た’梨地織’やはっきりとしたうね模様が特徴の’グログラン織’など趣向を凝らした素材が作られている。染色も様々な材料と方法がある。織物を黒色に染める場合は、青味のある黒や赤味のある黒など、使用する染料によって仕上がりが異なる。このように、材料、糸構造、布構造、染色工程、加工技術を巧みに組み合わせることによって、多様なテキスタイル製品を提供することができる。

図1 繊維製品の素材となる織物の外観

一方、テキスタイル製品を使用する消費者側の目線に立つと、素材には高級感や上品さなどの付加価値が求められる。また、季節に応じた触感も重要である。すなわち、夏用衣服の素材には、清涼感やサラッとした感覚が求められ、冬用衣服の素材には、柔らかさやふくらみのある素材が求められる。
これまでの購買パターンでは、消費者が店頭に出かけて、テキスタイル製品を直に見て、触れて、気に入ったものを購入するのが一般的であった。しかし、最近では、従来とは異なる購買パターンとしてインターネットを通じた電子商取り引き(E-comas)が急速に普及してきており、インターネット人口一人あたりの年間利用額は、平均15万円に相当する。E-comasにおける消費者の購買行動は、タブレット端末やスマートフォンを通じて商品取引運営サイトに掲載された商品画像や説明を確認し、気に入った物があれば購入するというものである。この場合、消費者は、直に商品を見たり、触れたりして確認することができないため、手元に届いたときに、商品がイメージと異なってがっかりした経験をもつ消費者も少なくないのではないだろうか。

このような商品取引運営サイト側(もしくは、生産者側)と消費者側の間に齟齬が生じる原因の一つは、情報伝達手段となる商品説明の表現が主観的であること、写真表現の加工技術が容易であること、伝達手段も限られることが挙げられる。従って、商品取引運営サイト側と消費者側の間で齟齬が生じないE-comasの実現のためには、客観的な科学データに基づく格付けシステムの導入などが必要ではないかと考える。この意味から、消費者が製品を見て、触った時の ‘外観の印象’や’触り心地’、すなわち、’風合いの計量化技術’への需要が高まっていると言える。
人が布を見て、触れたときに感じる感覚は’風合い’と呼ばれる。この風合いは、正確には人の感覚ではなく、布の性質のひとつであるから、先に述べた設計の各要素を様々に組み合わせることでコントロールすることができる。問題は、それを感じ取る側の人間の感覚、特に消費者の感覚が、主観的であり、曖昧で、状況依存性があり、なによりも非常に多様性があることである。従って、過去に行われてきた風合いの研究の多くは、十分に訓練された熟練技術者やデザイナーを対象としている。なぜなら、彼らは、「好ましい風合いとはなにか」という点について、比較的一致した価値観を共有しているからである。しかし、あくまで購買者は消費者であるから、たとえものづくり側が、自信をもって好ましい風合いの織物を提供したとしても、消費者がそれに共感するとは限らない。従って最終的な目標としては、消費者が感じる風合いを計測・評価する技術の開発が目標となる。
私たちの研究室では、紳士・婦人フォーマル素材の織物を対象として、見た目の風合いを計測・評価する方法に取り組んだので、その成果の一部を本誌で紹介する。

2.布の見た目の風合いを計測・評価する取り組み

2.1 見た目と触覚の風合いの違い[1]
同じ布を見たときと触れたときでは、人が感じ取る風合いが異なるかというテーマで実験を行った。
実験に用いた布は、市場に流通するブラックフォーマル用の黒色織物20種類である。
実験1では、評価者に目隠しさせて視覚情報を遮断し、触知覚で風合いを評価させた(図2 ( a ))。実験2では、布に触れないようにさせて触知覚情報を遮断し、視覚で風合いを評価させた(図2 ( b ))。
評価者は、消費者を想定して、性別が偏らず、幅広い年齢層となるように大学生9名(年齢≦23),大学院生11名(23≦年齢≦26),大学事務職員10名(年齢<63)の計30名(男女各15名)の協力を得て実施した。

(a)触ったときの評価評価(実験1)
(b) 見た目の風合い評価(実験2)

図2 風合い評価の様子

風合い評価に用いた形容語は、様々な材質感の評価で用いられる4つの感覚(a.温冷感,b.硬軟感,c.粗滑感,d.乾湿感)とした。つまり、温冷感は「つめたい-あたたかい」,硬軟感は「かたい-やわらかい」,粗滑感は「滑らかな-粗い」,乾湿感は「乾いた-湿った」である。
実験1および実験2の結果、a.温冷感(図3 ( a )参照)、b.硬軟感については、見た目と触れたときに感じる風合いの評価が一致した(r=0.869、r=0.661)。つまり、見た目で「あたたかい」と感じられる織物は、実際に触ったときも「あたたかい」と評価されたことを意味しており、「やわらかさ」についても同様であった。ここで,「あたたかい」と評価された布は、羊毛繊維でつくられた織物であり、「やわらかい」と評価された布は、「細い糸」で作られた織物であった。
一方、c.粗滑感(図3 ( b )参照)、d.乾湿感については、見た目と触れたときに感じる風合いの評価が一致しなかった(r=0.220、r=0.003)。つまり、見た目で「粗い」と感じられる織物が、触ったときに「粗い」と評価されるわけではなかったことを意味しており、「湿った」についても同様であった。ここで,触ったときは、たて糸とよこ糸の交絡数が多い織物が「粗い」と評価されたが、見た目では、太い糸で作られた織物が「粗い」と評価された。
この実験を通じて、温冷感や硬軟感を判断する手掛かり(評価基準)は、見た目と触ったときで一致するが、粗滑感や乾湿感では異なっていることが分かった。

(a)温冷感(あたたかい‐つめたい)
(b)粗滑感(粗い‐滑らか)

図3 触ったときと見た目の風合い評価の結果

2.2 布を見て高級と感じる仕組みを探る[2‐3]
小林[4]は、私たちが風合いを感じる仕組み(評価構造)は3階層(第1層:上位層、第2層:中位層、第3層:下位層)に区分され、このとき、より上位層に含まれる概念はそれよりも下位層に含まれる概念を含んでいると説明している。たとえば、上位層に区分される’高級感’は、中位層に区分される’こし’や’ぬめり’などの概念を含むし、中位層に区分される’こし’は、下位層に区分される’しなやかさ’や’まげやすさ’などの概念を含むというわけである。この考え方に基づけば、見た目の風合いも3層(上位層、中位層、下位層)に区分され、各階層にどのような概念が当てはまるのか、そして上位層と下位層の概念間のつながりの強さが分かれば見た目の風合いを感じる仕組み(評価構造)が明らかになったといえる。ここでの我々の最大の関心事は、見た目の風合いについて、生産者側と消費者側の評価者の評価構造が一致するのか、しないのかを知ることである。

表1 視覚的風合いの評価項目

そこで実験では、生産者側の評価者として、ブラックフォーマル織物の開発、または、設計、製造、流通、販売のいずれかの業務に8年間以上従事した経験をもつことを条件に13名(以下、専門評価者)の協力を得た。一方、消費者側の評価者として、専門的な知識を有しない大学生10名(以下、一般評価者)の協力を得た。
評価に用いた織物は、市場で流通する婦人用ブラックフォーマル織物の中から、繊維素材(絹繊維、トリアセテート繊維、ポリエステル繊維)と組織(梨地織、二重織)が異なる6種類を選定し、これらの試料を統一した光源環境で観察し、外観の印象を主観評価した。
専門評価者、および一般評価者における視覚的風合いの評価構造を図4 ( a )、および( b )に示す。専門評価者の評価構造は、中位層に4つの概念(「巨視的な明るさ感」、「硬軟感」、「微視的な明るさ感」、「粗滑感」)が区分された。また、4つの概念のうち3つ(「巨視的な明るさ感」、「硬軟感」、「微視的な明るさ感」)が見た目の風合いの善し悪しに影響を与え、「巨視的な明るさ感」を強く感じる織物では「高級感」を感じにくいが、「硬軟感」や「微視的な明るさ感」を強く感じる織物では「高級感」を感じやすいことがわかった。これは、使い込んだ学生服の織物に鏡面的な光反射(テカリ)が観察されると低級に感じるが、深みのある黒色の中にきらめくような輝きをもつ布には高級感を感じるという我々の経験則と一致する。

図4 視覚的風合いの評価構造

一方、一般評価者の評価構造は、中位層に3つの概念(「明るさ感」、「硬軟感」、「粗滑感」)が区分された。また、3つの概念のうち「巨視的な明るさ感」だけが見た目の風合いの善し悪しに影響を与え、「明るさ感」を強く感じる織物では「高級感」を感じにくいことがわかった。これは、深みを強く感じる低反射率の織物には高級感を感じるという我々の経験則と一致する。
それぞれの評価構造を比較すると、専門評価者は一般評価者と比較して、より多くの観点から見た目の風合いを評価しており、このようなものづくりに対するこだわりが今日の黒色織物の品質維持・向上につながっていると考えられる。その反面、生産者側と消費者側の見た目の風合いに関する評価には多少なりとも違いがあるといえる。この点は、我々が別途実施した紳士用ブラックフォーマル用織物の視覚的風合い評価においても同様の傾向が伺えた[5]。すなわち、一般評価者では、「明るさ感」に対する評価が「高級感」の評価基準と一致していたが、専門評価者では、「明るさ感」の評価に加えて、「赤みのある黒色」や「青みのある黒色」の評価が「高級感」に強く影響しており、より多くの観点から外観の印象を評価していることがわかった。以上のように、ものづくり側や消費者側という立場の違いで外観の印象の評価構造や価値基準が異なることが示唆された。

次回に続く-

参考文献
1) 丸弘樹,長島有一,金井博幸,西松豊典,視覚・触知覚的風合い評価を誘引する織物の性質に関する基礎的研究,Journal of Textile Engineering,63(5),2017
2) 丸弘樹,齋藤奨司,金井博幸,西松豊典,黒色織物における視覚的風合い評価プロセスの客観的表現,Journal of Textile Engineering,63(5),2017
3) 丸弘樹,齋藤奨司,金井博幸,西松豊典,専門家および非専門家における黒色織物の視覚的風合い評価構造モデル,Journal of Textile Engineering,62(6),2016
4) 小林茂雄,風合いの評価法,繊維工学,26 ( 2 ), 16-22, 1973
5) Hiroyuki Kanai, Mika Morishima, Kentaro Nasu, Toyonori Nishimatsu, Kiyohiro Shibata, Toshio Matsuoka, Identification of principal factors of fabric aesthetics by the evaluation from experts on textiles and from untrained consumers, Textile Research Journal, 81 ( 12 ), 1216-1225, 2011

【著者略歴】
金井 博幸(かない ひろゆき)
信州大学 繊維学部 先進繊維・感性工学科 准教授

■略歴
2003年4月より信州大学繊維学部助手
2005年博士(工学)
2007年4月助教
2009年4月講師を経て,
2011年12月より准教授となり現在に至る。
感覚計測工学に基づく繊維製品設計法に関する研究に従事。
繊維学会、日本繊維機械学会、日本繊維製品消費科学会、日本感性工学会の会員

丸 弘樹(まる ひろき)
栃木県産業技術センター 繊維技術支援センター 技師

■略歴
2017年3月信州大学大学院総合工学系研究科修了 博士(工学)
2017年4月より栃木県産業技術センター繊維技術支援センター技師となり現在に至る。
繊維に関する試験研究業務および中小企業等の新技術・新製品開発を支援する業務に従事。
繊維学会、日本繊維機械学会、日本繊維製品消費科学会、日本人間工学会の会員