日常生活行動に関する感性工学的研究(2)

信州大学 繊維学部 教授
吉田 宏昭

3.寝姿勢は立位姿勢のS字に近い方がよいのだろうか?[4]


3.1 はじめに
1日の睡眠時間を8時間とすれば、人生の3分の1という時間を睡眠に費やしており、その間、寝具に触れていることになる。それだけ寝具は重要である。しかし、実際に寝具を購入した後に、自分には合わないという経験をされた方もおられるでしょう。その原因のひとつとして、自分の曖昧な基準で寝具を選ぶことが挙げられる。そこで、寝姿勢を定量的に計測できないかと考えた。そこで、共同研究先の櫻道ふとん店(静岡県御殿場市)とエヌ・ウェーブ(長野県白馬村)と協力して、体圧分布と沈み込み量をリアルタイムに計測できる新たな4D寝姿勢計測装置を開発した。現在、この装置を活用して、その人に合った個人対応型寝具の販売を目指して、研究を推進している。本コラムでは、この4D寝姿勢計測装置を用いた研究事例を紹介する。
これまで寝姿勢については様々な見解があり、通説では、立位姿勢のS字型が良い寝姿勢とされている。本当にそうだろうか?寝姿勢と立位姿勢では重力方向が異なるため、立位姿勢がそのまま良い寝姿勢になるとは限らないと予想される。そこで、寝姿勢と立位姿勢を比較することによって、その姿勢変化と寝心地との関係を検証した。

3.2 方法
寝姿勢の計測は4D寝姿勢計測装置、立位姿勢の計測は背面形状計測装置を用いた(図4)。被験者は20代の女子大学生10名とし、服装は指定したジャージとした。
4D寝姿勢計測装置は、縦2400mm・横幅600mmの部分に約19000本のバネが入ったプローブピンとこのプローブピンの下に圧力センサが設置されている(図4:左)。人が横たわると、圧力センサによって体圧分布が、プローブピンによって沈み込みが同時に計測できる。リアルタイムに寝姿勢変化も計測でき、”4次元”で定量的に寝姿勢を分析できる。本研究では、沈み込み量を計測し、背面形状の寝姿勢データを取得した。
背面形状計測装置は、高さ1040mmの測定部に9mm×300mmの棒が51本設置されている(図4:右)。棒を横にスライドすることで、頭頂部から臀部にかけて立位時の背形状を計測した。

図4 4D寝姿勢計測装置(左)と背面形状計測装置(右)

櫻道ふとん店から、「敷き布団は腰を硬く打て」という教えがあるとお聞きしたことがある。これは、敷き布団の臀部周辺を硬くすると、寝た際の臀部の沈み込みが抑えられ、寝返りがしやすくなるためだと予想される。そこで、臀部周辺の硬さのみが異なる敷き布団を用意して、寝心地を評価することにした。硬さの異なる3種類の試料(160N、220N、300N:220Nが標準的な硬さ)を用いた。ここで、Nはニュートンであり、JIS規格に基づくウレタンフォームの硬さの指標である。試料のサイズは長さ400mm・幅970mmで、試料5枚(頭部・背中・臀部・脚部・踵部)で1組の敷き布団となる。160Nと220Nの硬さをベースとし、臀部に相当する部位の硬さを3条件で変化させ、計6パターンとした。被験者にこの6パターンの敷布団に関して寝心地を評価してもらった。評価項目は嗜好度(快適性、沈み込み、硬さ、フィット感)と全体に関する項目(寝心地、寝返り、好き、フィット感、利用したい)について7段階評定とした。被験者は計測を実施した同じ20代女子大学生10名とした。

3.3 結果と考察
寝姿勢と立位姿勢の姿勢変化が大きい群と小さい群の2群に分類できた。
寝姿勢と立位姿勢の姿勢変化が小さい被験者群の特徴は、寝姿勢では背中の沈み込みが大きい。臀部の嗜好度は、220×160の評価が全体的に高く、160×300の評価が全体的に低くなった。よって、臀部が柔らかいと好まれ、硬いと嫌われる傾向があり、寝具が柔らかいと寝心地の評価も高くなると考えられる(図5)。この群に所属していた被験者の立位姿勢は腰の反りが比較的大きかったので、体型は骨盤が前傾しているタイプであると推察される。欧米人は柔らかめの寝具を好む傾向にあるが、骨盤が前傾していることが寝具の嗜好度を決定している理由のひとつであると推察している。この群に属する人は、通説通り、寝姿勢は立位姿勢のS字型に近いといえるだろう。

図5 姿勢変化が小さい被験者群の寝心地評価
図6 姿勢変化が大きい被験者群の寝心地評価

寝姿勢と立位姿勢の姿勢変化が大きい被験者群の特徴は、寝姿勢では臀部の沈み込みが大きい。嗜好度は、全体的に160×220の評価が高く、姿勢変化が大きい群は、臀部周辺が少し硬い寝具が高評価になると考えられる(図6)。この群の立位姿勢はいわゆる猫背に近く、骨盤が後傾ぎみのタイプであるといえ、寝ると臀部が沈み込みやすいといえる。その臀部周辺の沈み込みを支持するために、臀部周辺の寝具を少し硬くして、寝姿勢を保持する必要があると考えられる。臀部の沈み込みを保持すれば、寝姿勢が直線的になり、寝返りがしやすくなると考えられる。多くの日本人は骨盤が後傾しており、布団作りの教えのように、臀部周辺が硬めの寝具が適していると考えられる。この群に属する人は、寝姿勢は立位姿勢のS字型とは異なっているといえる。

総括すると、骨盤の前傾と後傾の程度によって適した敷き布団の硬さが異なり、多くの日本人の寝姿勢は立位姿勢のS字型になっていないと考えられる。

参考文献
4) 吉田宏昭、上條正義。「寝姿勢計測に基づいた寝心地評価」、第18回日本感性工学会大会予稿集、東京、2016

【著者略歴】
吉田 宏昭(よしだ ひろあき)
信州大学 繊維学部 先進繊維・感性工学科 教授

■略歴
1995年3月  京都大学工学部卒
1997年3月  京都大学大学院工学研究科修士課程修了
2000年3月  京都大学大学院工学研究科博士後期課程研究指導認定退学
2000年4月  京都大学再生医科学研究所研修員
2001年3月  京都大学 博士(工学)
2001年9月  京都大学再生医科学研究所研究機関研究員(講師)
2003年4月  Johns Hopkins University ポスドク
2005年1月  産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター研究員
2007年6月  信州大学繊維学部感性工学科助教
2010年12月 信州大学繊維学部先進繊維・感性工学科准教授
2019年4月  信州大学繊維学部先進繊維・感性工学科教授

■専門分野
感性工学、バイオメカニクス