感性をはかる(2)

信州大学 繊維学部 教授
上條 正義

4.表情から眠気を早期に検知する感性計測の研究事例

4.1 はじめに
人は、人と対話する際に、相手の表情から相手が関心を持っているか否か、理解しているか否かなど、相手の状態を推察して対話する。受ける刺激に対して快適感を感じれば、笑顔となり、不快を感じれば嫌悪な表情となる。表情は、人の心理・生理状態を示す良い指標であり、対話を支援する要素の一つである。楽しそう、眠そう、具合が悪そうと相手の表情を見ることによって、相手の状態を察することができる。しかしながら、なぜ、そう推察できるのかを明確に説明できる人はいないであろう。表情という幾何学情報を視覚から得て判断しているわけであるが、そのどんな特徴が人の推測を発現させているかは明確ではない。表情は、ネガティブとポジティブな心身状態両方を評価できる指標となる可能性を持つことから感性計測のための評価方法を検討する研究題材として興味深い。以下に、表情から心身状態を計測する研究の一つとして、自動車ドライバーの眠気を表情から早期に検知する方法について研究した内容を紹介する。

居眠り運転検知システムの自動車への装着率が年々高まりつつあるが、多くのシステムが居眠りを検知するものである。眠ってはいけない状況にある自動車運転において、眠気を早期に検出し、眠気を早期に解消する働きかけを自動車が行えると居眠り運転や漫然運転による自動車事故が軽減できる可能性がある。ここでは、表情を作り出す筋活動の計測から眠気を早期に検出する方法を紹介する[2,3]

4.2 実験
高速道路での操縦を想定したドライビングシミュレータを用いて、走路に沿ってゆっくり左右に操舵する単純作業によって、覚醒が低下して眠気を誘発する過程における研究対象者の顔画像と顔面筋電図を採取した。取得した顔画像を顔表情評定によって6段階の眠気レベルに分類し、各眠気レベルの表情における顔面筋の筋電位を求めた。眠気レベルと顔面筋の筋活動から眠気を誘発することに伴って変化する顔面筋の活動を調査した。

研究対象者は20~40代の健常者17名であった。研究対象者は眠ってはいけないと指示し、ドライビングシミュレータでの操舵タスクを60分間実施させた。タスク中の頭部全体の正面動画像を暗視用CCDカメラで撮影し、顔画像を採取した。タスク開始直後から居眠り状態に至るまでの顔画像を5秒毎に区切り,17inch液晶ディスプレイに提示した直後に評定者3名に評定してもらった。評定基準は、北島ら[4]の評定基準に「眠っている」を追加した6段階:0:全く眠くなさそう、1:やや眠そう、2:眠そう、3:かなり眠そう、4:非常に眠そう、5:眠っている、とした。

筋電図は、右顔面および頸部の11筋部位:(前頭筋、眼輪筋(上下)、大頬骨筋、笑筋、咬筋、口輪筋(上下)、オトガイ筋、胸鎖乳突筋(左右)の筋電図を導出した。筋電図は電極(外径6mm,電極部の直径は3mm)を顔面に貼付し、テレメトリ筋電計(MARQ)を介してサンプリング周波数は1000Hzでコンピュータに記録した。生体増幅器の時定数と高域フィルタはそれぞれ16ms、1000Hzであった。心身への負担を評価するために胸部双極誘導により心電図をテレメータ(GE横河メディカルシステムズ社製,MT-11)を介してサンプリング周波数500Hzで導出した。心電図および筋電図ともに6段階の眠気レベル毎に5秒間の区間をそれぞれ15区間ずつ選択し、計90区間を解析区間とした。心電図からは心身への負担を評価するために瞬時心拍数を求めた。筋電図は、カットオフ周波数15Hzのハイパスフィルタ(HPF)を施して,DC成分を除いた後,各解析対象区間において2乗平均平方根(RMS)を求めた。覚醒状態であるタスク前の無表情区間の筋電図についてもRMSを同様に求め、各解析区間のRMSを無表情区間のRMSで除して基準化RMSを求めて、これを評価指標とした。

図1 顔面筋筋電図の導出

4.3 結果
各眠気レベルに応じた顔面筋活動を顔面筋電図により求め、17名の研究対象者のデータを解析した結果、前頭筋の筋収縮活動が,17名中16名(94.1%)に観察された。他の筋については表1に示したように前頭筋に比べて少ない人数の発生割合であった。

 
表1 顔面筋の活動の人数割合(%)
顔面筋(被験筋) 収縮 弛緩 筋活動変化なし
前頭筋 94.1 0.0 5.9
眼輪筋上部 70.6 11.8 17.6
眼輪筋下部 29.4 64.7 5.9
大頬骨筋 23.5 76.5 0.0
笑筋 23.5 64.7 11.8
口輪筋上部 17.7 64.7 17.6
口輪筋下部 25.0 62.5 12.5
咬筋 29.4 52.9 17.7
オトガイ筋 47.1 41.2 11.7
胸鎖乳突筋・左 47.1 23.5 29.4
胸鎖乳突筋・右 41.2 35.3 23.5

眠気の亢進に伴って前頭筋の収縮が生じた16名について眠気レベルごと前頭筋の基準化RMSの平均値と標準偏差を求めた結果を図2に示す。クラスカルウォリス検定とシェッフェの多重比較を行った。前頭筋の筋活動は眠気レベル上昇に伴い凸型に変化した。覚醒状態である眠気レベル0と眠気レベル2~4の筋活動には1%水準で有意差が認められ、眠気レベル2~4の筋活動が高く、眠気レベル2~4と眠っているの眠気レベル5の筋活動には有意差があり、眠気レベル5の筋活動が低い値を示した。

図2 眠気レベル毎の筋活動

前頭筋は,眉を引き上げるはたらきをする。眠気が亢進すると上眼瞼が重くなるもしくは下がるような感覚を持ち、眠ることが許されない環境下では目を見開くために上眼瞼を引き上げる意識が働くことによって、前頭筋を収縮させ「眉上がり」の表情が発生したと考えられる。眠気が更に亢進し、睡眠に至ると前頭筋を収縮し続けることは困難になり、筋収縮が弱まり閉眼に至ると考える。
「眠ってよい」と研究対象者に指示して、同様の実験を実施した結果、眠ってはいけないと指示した実験と眠っても良いと指示した実験での前頭筋を比較すると有意差(t検定、p<0.01)が認められ、眠っても良いと指示した実験での前頭筋の活動が小さかった。

これらのことから、眠気の亢進によって生じる前頭筋の収縮による「眉上がり」の表情は、眠気に対する抵抗を表していると考えられる。
さらに、眠ってはいけないと指示した実験と眠っても良いと指示した実験での瞬時心拍数の平均値を比較すると有意差(t検定、p<0.01)が認められ、眠っても良いと指示した実験での心拍数が低かった。眠気に対する抵抗が生じると副交感神経活動が抑制され、心拍数が上がることが確認され、眠気を我慢することは身体的負担となっていることが明らかになった。
この研究の成果から、覚醒が保てている表情に対して、「眉上げ」の表情が増えた場合には、眠気が生じていることが計測でき、眠気を解消するような働きかけを自動車から行うことで、安全性が確保するシステムの開発につなげることができた。

5.おわりに

感性をはかる・・・「はかる」には、測る、計る、図る、諮る、謀るなど多様な「はかる」の意味を込めた。感性をどのような活用して新しい価値を持つモノづくりにつなげていくかの工夫が現在求められている。「性能が良い、品質が良いのになぜ売れないのか」と考えるのではなく、「人はなぜ購入したいと思わないのか、購入したいと思わせるにはどうしたら良いのか」を考えることが大切である。「心の仕組みを知り、心の形を学び、心の喜ぶモノをつくる」これは、信州大学繊維学部の感性工学発足当時からの理念である。まず、相手のことを良く知ることからはじめて相手にいたわりを持ってモノを作れば、相手が喜ぶモノづくりができるということである。相手のこと、そして自分自身のことを知り、相互理解するために感性計測が用いられる。訴求対象者に合わせたモノづくりは、高度成長以前の社会では当たり前のことだったのではないだろうか。相手と対話し、相手の身体的特徴や使い方を把握して上でモノを作って供給することは当たり前のことである。孫子の兵法「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」。現代の高度な計測装置はなくても、先人は人のこと、自然の摂理を把握できていた。様々なことが見えなくなっている現代人には、感性計測や感性工学が必要になっている。

参考文献
2) Kenji Ishida Asami Ichimura, Masayoshi Kamijo, A Study of Facial Muscular Activities in Drowsy Expression. Kansei Engineering International Journal, Vol.9, No.2, p.57-66 (2010)
3) 市村麻実,石田健二,上條正義、眠気に対する抵抗として生じる前頭筋収縮活動の実験的検証,日本感性工学会論文誌,Vol.9, No.3,pp.567-572(2010)
4) 北島洋樹,沼田仲穂,山本恵一,五井美博:自動車運転時の眠気の予測手法についての研究(第1報),日本機会学会論文集(C編),Vol.63,No.613,93-100,1997

【著者略歴】
上條 正義(かみじょう まさよし)
博士(工学)
信州大学繊維学部、先進繊維・感性工学科、教授

■略歴
1989年 信州大学大学院繊維学研究科修了
1990年 東京理科大学諏訪短期大学 生産管理工学科 助手
1996年 信州大学 繊維学部 感性工学科 助手
2001年 信州大学 繊維学部 感性工学科 助教授
2009年 信州大学 繊維学部 感性工学科 教授
現在に至る
■専門分野
感性工学、感性計測、計測工学、繊維工学
■学会活動
日本感性工学会 理事・副会長 (2019-)
日本繊維製品消費科学会 理事 (2019-)