センサ技術は何を変えたか? 未来に向かって何を変えるのか?(2)

(公財)野口研究所 学術顧問
柴﨑 一郎

§3 ハイブリッドホールIC

高感度磁気センサは薄膜ホール素子だけでは終わらなかった。更に、応用を拡げる事も、拡げやすくすることも必要であり、回路技術との組み合わせ、即ち、集積回路と磁気センサのハイブリッド集積による新規磁気センサ機能の実現も求められた。

3.1 デジタル出力のハイブリッドホールIC
1980年代初頭、当時のハードデスクドライブのモータに使う磁気センサはSiの集積回路で製作された磁界をON-OFF検出するホールICが使われていた。SiのモノリシックホールICは、電子移動度の小さい(InSb薄膜の1/50~1/60程度)Siのn型導電層のホール素子を使うので、感度の低い物しか市販されておらず、ホール素子と比較して一桁以上高価格であった。この為、ハードデスクの普及のために、低価格で供給できる高感度のデジタル磁気センサ、ホールICが求められた。こうしたニーズに応えるために、筆者らは、磁気センサである高感度InSb薄膜ホール素子とSiの集積回路(IC)増幅器を組み合わせ、1パッケージで集積化したハイブリッドホールICを実用化した。Fig.6はハイブリッドホールICの写真である。(a)は市販の樹脂パケージ製品、(b)はSi集積回路(IC)増幅器と高感度InSb膜ホール素子がワイヤー接続された写真である。この最初に開発されたハイブリッドホールICは、磁界の検出―非検出に対応して、ヒステリシスループを有し、駆動電源電圧レベルの増幅されたON-OFF信号が得られるデジタル磁気センサである。市販品では、増幅出力は、駆動電圧によるが6~24V程度あり、増幅された大きなセンサ出力は、電磁ノイズの大きい家電製品やエアコンや家電製品駆動用パワーモータの回転検出には極めて好都合であった。

Fig.6 ハイブリッドホールIC、(a)樹脂パケージ製品、
(b)Si集積回路チップと高感度InSb膜ホール素子がワイヤー接続された写真

このハイブリッドホールICは、磁気センサとして、非接触スイッチ、非接触センサとしてホール素子応用を大きく拡げた。更に、センサと集積回路のハイブリッド集積の有効性を示した例でもあった。

3.2 リニア―出力のハイブリッドホールIC
薄膜ホール素子とSiの集積回路との組み合わせによる磁気センサの高度化は、デジタル磁気センサに留まらなかった。更に、磁界比例の増幅出力が得られるハイブリッドホールIC(LHHICと略記)も開発されている。LHHICの磁気センサ出力は、駆動電圧の中点を起点とした、検出磁界に比例するレシオメトリックに設計されている。Fig.7には、磁気センサとしてInAs量子井戸(DQW)ホール素子を使ったLHHICの例が示されている。Fig.7の左上は、パッケージされた磁気センサとSiのリニアアンプのイメージで、左下の写真は、実際のパッケージ製品である。中央は、InAsDQWホール素子のチップとSiの集積回路チップ(リニア増幅器)がワイヤー接続された写真である。右上の図は、回路イメージである。リニアハイブリッドホールICの応用は、各種の非接触センサの他、非接触電流検出センサ等に広く使われる。

Fig.6 リニアハイブリッドホールIC、パッケージされたホール素子とSiのリニアアンプのイメージ(左上)、製品(左下写真)、InAsDQWホール素子のチップとSiの集積回路チップ(リニア増幅器)がワイヤー接続された写真(中央)、回路図のイメージ(右上の図)

§4 高感度薄膜ホール素子の応用と未来

高感度薄膜ホール素子は、モータ応用と共に、非接触センサ、非接触スイッチとして、また、非接触の電流センサ等に広く使われており、快適な社会生活と地球環境を守る省電力化等にいまや大きく貢献している。以下、応用を紹介する。
高感度薄膜ホール素子の最初の大きな応用は、【角速度が自由に可変制御できる超小型電子制御モータ、ホールモータを実現】である。そして、ホールモータはPCやVTR等の駆動に応用された。現在は、PC等の駆動に使われる超小型モータ、所謂マイクロモータ分野のみでなく、我々の身の回りで、家電製品やエアコンなどの駆動のパワーモータにも今や広く使われている。車載のセンサも大きな応用分野である。Fig.8は、PCやVTRカメラ、自動車等、戦後日本人が描いた豊かな社会生活の夢を叶えた良く知られた製品の例である。

Fig.8 身の回りで使われる高感度薄膜ホール素子の応用例

ところで、ホールモータは、回転子の電力消費や角速度制御によりブレーキロスの無い、本質的な省エネルギーモータである。国内の総発電量の50%以上は、動力モータが消費している。モータの省電力による発電所のCO2排出や放射性廃棄物の削減は、環境負荷低減上極めて重要である。この為、家電製品やエアコン等の駆動モータのホールモータ化やインバータ駆動による省電力化が急速に進んでいる。特に、動力モータの省電力駆動に広く使われるインバータには、ホール素子を使う非接触電流センサが必須である。

高感度薄膜ホール素子は、最大のモータ応用の他、電力分野の計測でも必須の非接触電流センサ、更に、非接触スイッチ、非接触センサ、普通車は勿論、HV、EV等の車載センサ等にも多数使われる。Fig.9には、高感度薄膜ホール素子の応用の年次推移の一部を示した。1997年以来、30年以上にわたり、毎年10億個を超えて使われてきた。2017年には史上最高の16億個、開発以来の累積では350億個を超えて使われ、応用は今も拡がる。

Fig.9 高感度薄膜ホール素子の応用の分野別年次推移

こうした事から、2014年、社会貢献の大きい電気技術を顕彰する、電気学会第7回「でんきの礎」顕彰では「電子制御モータを生んだ高感度InSb薄膜ホール素子」として顕彰された。
この顕彰は、磁気センサが、動力技術のイノベーションに貢献し、人類社会のライフスタイルの変革、進歩に貢献した証である。それだけではなく、21世紀の中葉、未来へ向けた磁気センサへの更なる期待のメッセージである。

§5 まとめと未来への期待

21世紀は、世に言うAI、IoT時代である。高感度InSb薄膜ホール素子は、未来に向けて、磁気を利用した超小型の非接触センサを自由に使える時代を招来した。開発以来、VTRやPC等、時代を象徴する映像、電子情報産業の発展と普及、インターネットに象徴される豊かな情報化社会の実現を支援し、今も続く。

以上述べたような高感度薄膜ホール素子の研究開発は、強力な志と粘りで、多くの曲折と困難を乗り越え実用化する迄頑張ることが必要であった。キーワードは、
①先輩がやらなかったこともやる、
②学会の話題にない事にもイノベーションのシーズがある、
③やれば出来る。やらなければ出来ない。
であった。

工学研究は、実用化し、社会で役立てることが目標である。研究開発では、若い人の出番がある。成功も失敗も挫折もある。困難は知恵を絞り乗り越えればよい。科学や技術は常に味方である。科学が足りなければ自ら創る。夢を決して忘れない事である。科学を創り、科学を応用(創理応用)が大切である。科学を大切にした研究が成功に道を拓く。失敗に学び、科学を見つけることが成功の基になる。若いセンサ研究者、技術者の皆さんに、【未来に向かって何を変えるか?】への挑戦を期待したい。

謝辞
最後に、筆者がホール素子研究を始める15年前、東京工業大学の酒井善雄先生、大下正秀先生が実施した InSb蒸着ホール素子の研究、また、当時の電気試験所の片岡照栄博士とそのグループのホール素子の研究があり、ホール素子研究をスタートした筆者にとっては貴重な情報であった。こうした先見性ある先駆的研究の大切さを述べ、心より感謝と敬意を申し上げる。
また、ホール素子の研究開発と物造りは、旭化成(株)の多くの先輩、後輩の協力と努力、チームワークで実現した事を述べ、筆者の心よりの謝意としたい。

【著者略歴】
柴﨑 一郎(しばさき いちろう)
(公財)野口研究所 学術顧問

■略歴
1942年生まれる。
1966年東京理科大学理学部物理学科卒業
1971年、東京教育大学(現 筑波大学)大学院博士課程修了、理学博士
物理教室教務補佐(ポスドク)をへて、1974年旭化成工業株式会社(現 旭化成株式会社)
入社、ホール素子の研究開発を担当、技術総合研究所室長などを経て、
2003年旭化成のグループフェロー就任(2004年より柴﨑研究室長兼務)、2008年旭化成退職
2009より、公益財団法人 野口研究所学術顧問(現在に至る)
豊橋技術科学大学特命教授(2009-2016)、福岡大学客員教授(2019~現在)

1988年大河内記念生産賞(社名表彰)、1995年科学技術庁長官賞、2005年発明協会会長奨励賞、2017年電気学会業績賞、2018年山崎貞一賞を受賞。2003年には紫綬褒章を受章した。

専門分野:化合物半導体薄膜技術と薄膜磁気センサ応用